第27話 軽トラに乗って
「それじゃ、2人とも荷台に乗ってくれ」
「はいよ~」
「え、ここに乗るんですか?」
軽トラを目の前に、澪は瞬きを繰り返す。
長屋家から侘助の畑までは、車で10分くらい。
そこへ移動するのに、夏斗は軽トラの荷台に乗って移動するのに慣れていたのだが、澪にとっては全く初めての体験だった。
「はい」
先にひらりと荷台に乗った夏斗が、澪に向かって手を差しだす。
その手を掴むと、澪は人生で初めて軽トラックの荷台に立った。
床には木の板が敷かれていて、踏みしめるとパキパキと音がする。
「しっかり掴まっとけよ」
運転席に乗り込み、窓から顔を出して侘助が声を掛ける。
夏斗はグーサインを出すと、ゆったり床に腰掛けた。
多少の土埃はついているが、今から畑仕事をするのだ。
そんなことは気にしていられない。
今日は澪もシンプルなジャージ姿で、汚れても構わない服装をしている。
清子に借りた麦わら帽子が、長い黒髪とよく似合っていた。
「出発するぞ」
やたら大きな音を立てて、軽トラのエンジンがかかる。
澪はぎゅっと荷台のふちを掴み、夏斗の隣に足を伸ばして座った。
敷地内の砂利を抜けて、車は舗装された道路を走り始める。
しかし、すぐに畑へと続くデコボコの道へと変わっていった。
“変わってないな……ここの景色も。”
4か月そこらしか経っていないのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、やけに浸ってしまう夏斗。
小さい頃は、よくじいちゃんと畑に行く時に荷台に乗っていた。
そしていつからか、ちゃんと助手席に座るようになった。
こうやって荷台で風を受けるのは久しぶりだ。
排気ガスばんばんの都会では最悪の席だが、のどかな田舎道ではかえって空気が気持ち良い。
進行方向から風が吹いているので、軽トラの排ガスはまるで影響してこないし。
「んんっ……」
気持ち良さを感じているのは、夏斗だけではない。
澪もまた、揺れに慣れてきたところで伸びをして新鮮な空気を吸い込む。
爽快な気分がすっと胸を満たしていった。
「着いたぞ」
2人が流れていく田舎の景色を静かに味わっていると、あっという間に夏川家の畑へと到着する。
軽トラがキキッとブレーキ音を響かせて止まり、2人は荷台から地面へと降りた。
夏の暑さにも負けず青々と葉が茂っている場所もあれば、少し枯れているように見える場所もある。
育てている植物の特性によって、その見た目は様々だ。
ただ澪にとってみれば、実際に生で見る広い畑は壮観の一言だった。
「これ……全部、侘助さんがやってらっしゃるんですか?」
「おうよ。まあ、夏斗がいた時は手伝ってもらってたけどな。でも夏斗が大きくなる前は1人でやってたわけだし、その時に戻ったと思えば大したことはない」
「いやいや、ひとりでバリバリやってたのなんて何年前の話だよ」
侘助の強がりに、夏斗の的確なツッコミが入る。
ただ夏斗としても、侘助を1人にしてしまったことに、多少の引け目は感じていた。
祖父母の熱烈な後押しを受けて、都会の高校に進学したはいいが、やっぱり心配なものは心配なのである。
「とりあえず、じいちゃんはきゅうりの方をやってくる。夏斗と澪ちゃんは、トマトの方を頼んだ」
「オッケー」
「分かりました」
侘助はきゅうり畑の方へ、夏斗と澪はトマトの方へと歩き始める。
畑自体がかなりの広さなので、二手に分かれたその間にはそこそこ距離があった。
大声で叫んで、ようやく会話ができるくらいだ。
「じゃあ、始めよっか」
「うん」
澪は、自分を取り囲むように一面に生えているトマトへ目を向ける。
昨日、夕食で味わった大きなものとは違って、ここの畑に植わっているのはミニトマトだった。
「真っ赤だね」
一粒のトマトに顔を近づけて、澪が呟く。
夏斗はひとつ頷くと、近くにあった良く熟したトマトを摘んで口に運んだ。
太陽にさらされて、決して冷たいとは言えない。
むしろぬるくて、普通だったら美味しいとは感じないはずの口触り。
それでも、もぎたてを畑で食べるという環境と、間違いのない甘さが、そこらのスーパーで買ってきた冷たいミニトマトの何倍も美味しく感じさせる。
「大丈夫なの? 勝手に食べちゃって」
「平気平気。澪も食べてみる?」
そう言うと、夏斗は真っ赤に染まったトマトを摘んだ。
そしてそれをつまんで、澪の方へ差し出す。
“あ、手が汚れちゃってるな……。”
澪はふと自分の手を見て、軽トラから降りる時についた汚れに気付く。
しかし、差し出された美味しそうなトマトはぜひ口にしたい。
ちょっと考えてから、澪は口を開けて夏斗の手に近づいた。
そしてパクっとミニトマトを口にする。
ほんのり、唇が夏斗の指をかすめた。
「……!?」
少し驚く夏斗だったが、澪は美味しそうに何度か頷いた。
そしてようやく、自分の行動を冷静に振り返る。
「あ、いや、ほら、でも風邪の時とかはあーんしてもらったし……」
「そ、それは確かに」
言い訳になっていない言い訳と、フォローになっていないフォローを述べ合って、2人は赤く染まる。
ふと夏斗が顔を上げると、澪は唇に軽く手を当てていた。
その口角が、少しだけ上がっている気がする。
熱く太陽が照り付ける夏空の下、夏斗の温かさが少しずつ氷を溶かしていることは疑いようがなかった。
“この旅の間に、もう少しはっきり笑顔が見られるかな……。”
ふと、そんな期待を抱く夏斗だった。
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