第24話 祖父と孫

 夕食時。

 長屋宅の食卓には、歓迎の意味も込めて豪華な料理が並んだ。

 野菜はほとんどが長屋家の畑で採れたもので、調理したのは祖母の清子だ。

 夏斗にとっては、慣れ親しんだ家庭の味というやつである。


「それじゃ、ばあさんに感謝していただくか」


 侘助の一言で、食卓を囲む4人は手を合わせた。

 霜乃木邸の夕食は足の長いテーブルに椅子だが、ここでは低いテーブルで床にあぐらなり正座なりで集っている。


「いただきます」

「「「いただきます」」」


 侘助に続いて3人も声をそろえ、最初の夕食が始まった。

 まずは、たくさん並んだおかずを、思い思いに取り皿へ盛っていく。


“こんなに品数があるの久しぶり……! それもすごく美味しそう……!”


 唐揚げやら卵焼きやら煮物やらをよそいながら、澪は心をわくわくさせていた。

 いくら料理が得意とはいっても、ひとりで食べる分にはそんなにたくさんの品数を作る気にはならない。

 だから、これほどたくさんのおかずでテーブルが埋め尽くされているのは、久しぶりの光景だった。

 そしてそれは夏斗も同じで、これでもかとばあちゃんの手料理を盛り付けていく。


“夏斗くんもすごく楽しそうだな……。”


 自分とは違って、ワクワクを前面に出している夏斗を横目に、澪は冷やしトマトを口に運んだ。

 少し表面に傷のついた真っ赤なトマトは、商品として売ることはできなくても味は別格だ。


“美味しい……!”


 甘味と酸味のバランスが絶妙で、ドレッシングやらマヨネーズやらをかけなくても、十分に美味しく食べられる。

 むしろ、余計な手を加えない方が良いまであるかもしれない。


「んー、やっぱばあちゃんの煮物は美味いわ」

「嬉しいねぇ。たんとお食べ」

「もちろん」


 和やかな会話を交わしながら、夕食のひと時が進んでいく。

 そのゆったりとした空間に、澪は夏斗に触れた時に感じるような温かさを感じていた。


“夏斗くんはこういう場所で育ったから、あんなに温かいのかな……。”


 ふと、そんな考えが澪の頭をよぎる。

 しかしその考えは、あながち間違ってはいないものの、かといって正解でもなかった。

 茂も知っていた昔の夏斗は、この家で暮らしていたが決して今のような温かい夏斗ではなかったからだ。

 しかし、澪はそんなことなど知るはずもなく、そして自分の思ったことを口に出すこともできずに、ただ会話の流れに身を任せた。


「澪ちゃんと夏斗は、高校のクラスメイトなのか?」

「そうだよじいちゃん」

「澪ちゃん、学校での夏斗はどうだ? 楽しくやれてるか?」

「ちょっとじいちゃん」

「じいちゃんとしては、孫が心配なんだよ。どうかな、澪ちゃん」

「あ、えっと……」


“どうしよう……。”


 澪にとって、学校で夏斗と深く関わったことといえば、階段から落ちてきた時に助けられたことくらいだ。

 普段からあえて他人への関心を排除してきた澪は、普段の夏斗の様子を良く知っているわけでもない。

 ただ「分からないです」などと言えば、侘助を心配させてしまうことになる。

 嘘をつかず、かつ侘助や清子に余計な心配をかけることが無いよう、澪は慎重に言葉を選んだ。


「夏斗くんは、すごく優しくて温かいです。困っている時は助けてくれますし」

「そうかそうか」


 侘助が安心したように笑ってビールをあおったので、澪もほっと胸をなでおろす。

 そんな彼女に、こっそり夏斗が視線を向けた。


 ――ありがと。


 口パクで伝えられた感謝に、澪も気にしないでという思いを込めて頷く。

 そしてまた、清子の手料理を口に運ぶのだった。




 ※ ※ ※ ※




「夏斗、いたのか」


 夕食後。

 夏斗が洗面所で歯を磨いていると、隣に侘助がやってきた。

 そして自分の歯ブラシを取り、同じく歯を磨き始める。


「ひほひゃんほふぁほんほうひふひはっへはひんは」

「何て? 歯磨きしながらしゃべられても分かんないんだけど?」

「澪ちゃんとは本当に付き合ってないんか」

「あー、そういう関係ではない。これはまじ」

「そうか。そうだろうな」

「納得するのかよ」


 澪は清子を手伝って、寝る部屋の準備をしている。

 今この場所は、夏斗と侘助だけの空間だ。


「澪ちゃん、昔のお前によく似てるな」

「……まあね」

「ずーっと冷めたような面して、何か聞かれたら嘘にならない程度の当たり障りのないこと答えて。本当にそっくりだ」

「さすが。よくお分かりで」

「実際のところどうなんだ? 彼女はお前と出会った時からずっとあの感じなのか?」

「いや、ちょっとは変わってきてると思う。本当にちょっとずつだけど」


“本当に小さな変化かもしれないけど、俺のエゴかもしれないけど、少しは力になれているはず……。”


 そんな気持ちを込めた夏斗の返事を聞いて、口をゆすぎ終えた侘助はニカッと笑う。


「それなら思うように頑張ってみろ。簡単じゃねえだろうけどな。まあ、それはお前が一番よく分かってるだろうが」

「うん。ありがとう」

「ちょっと話は変わるけどよ」

「何?」

「壮一たちのことは……お前の両親のことはどう思ってる」

「……」


 唐突に振られた親の話題に、夏斗は一瞬固まる。

 しかしすぐに、ぼそっと答えた。


「特には」


 答えになっていないような呟き。

 それを聞いた侘助は、感情をあえて抑えて言う。


「そうか。変なこと聞いたな」

「いや、大丈夫だよ」

「とにかく、明日からは手伝いを頼んだぜ。おやすみ」

「うん、おやすみ」


 祖父と別れて。

 夏斗は暗い廊下を、澪が待つ寝室へと歩き始めたのだった。

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