第17話 かき氷の中で

「暑ぅ……」


 夏斗は汗を拭うと、雲一つない青空を見上げた。

 太陽がこれもかと照りつけてきて、じりじりと肌を焦がしていく。

 霜乃木澪の執事改め、澪の友達になってから1週間。

 夏斗は庭の草取りをしていた。

 こういう作業は、農家の手伝いをさせられていたこともあって慣れている。


「今日はこんなもんかな……」


 この豪邸は、建物本体だけでなく庭も相当に広い。

 1日で全てのスペースをやり切るのは無理だと、夏斗は判断した。

 抜いた雑草をゴミ袋にまとめ、切り上げようとしたところに澪がやってくる。


「お疲れ様。ありがとう」

「いやいや。澪も掃除に洗い物にありがと」


 当たり前といえば当たり前だが、夏斗の方が澪よりも体力がある。

 だから室内の家事を澪に任せる代わりに、猛暑の中での外仕事を夏斗がかって出たのだ。


「はい、麦茶。ちょっと休憩した方がいいよ」

「さんきゅ。でも、今日はもう戻ろうと思ってたところなんだ」

「そうだったんだ。暑いもんね」

「うん。でも麦茶はいただく」

「どうぞ」


 澪から受け取った麦茶は、グラスまでキンキンに冷えている。

 暑いなか外で作業してくれている夏斗を想って、澪がグラスも冷蔵庫で冷やしておいたのだ。


「んぐっ……んぐっ……ぷはぁ!」


 冷た~い麦茶を一気に飲み干すと、夏斗は気持ちよさげに息を吐いた。


“冷たい……。これは嬉しい冷たさだなぁ。”


 太陽の熱にさらされ続けた体に、キンキンの麦茶が染みわたる。


「こう暑いと、アイスも食べたくなるよな」


 夏斗の呟きに、澪が申し訳なさそうに答える。


「ごめんなさい。アイスは冷凍庫にないかも……」

「いやいや、そんな気にしなくていいよ。あったらいいなーってだけだから」


 夏斗はそう言うと、ゴミ袋を軽く縛って目立たないところに置いた。

 まだ容量に空きがあるので、次の草取りの時にも使うのだ。


「よし、家に戻ろう」

「うん」


 まだ冷たいコップを手に、夏斗は澪と家に戻ったのだった。




 ※ ※ ※ ※




 夏の定番のお昼ご飯といえば、素麺である。

 やはりキンキンに冷えたつゆに、同じくキンキンに冷えた麺をくぐらせて食べる。

 あまり食欲がない時でも、するするっと食べれてしまうメニューだ。

 今日の夏斗と澪の昼食も素麺。

 つゆにはちょっとしたアレンジで、海苔と梅干が加えられている。


「ねえ、夏斗くん」


 食事を取りつつ、澪が机の上のスマホを夏斗の方に滑らせる。


「家にアイスはなかったけど、近くにかき氷屋さんがあるみたい。最近オープンしたばかりらしくて、私も行ったことはないんだけど」


 澪のスマホには、彩り鮮やかなかき氷の写真が並ぶ店のホームページが表示されている。

 いわゆる屋台のかき氷とは違った、ごちそうかき氷というやつだ。

 お洒落な名前のフレーバーがいくつもあり、その分だけ値段は高めに設定されている。


「美味しそうだな」

「でしょ? 午後、行ってみない?」

「いいね」


 店までは家から徒歩5分くらい。

 この暑さのなかでも、何とか我慢できる距離だ。

 かくして、夏斗と澪の2回目のお出かけ先はかき氷屋さんに決定した。


 そして、お昼ご飯を食べ終えた満腹感もだいぶこなれてきた午後3時過ぎ。

 夏斗と澪はそろって家を出た。

 地図アプリを参考に、2人でかき氷屋さんへと歩いて行く。

 調べた通り、5分ほどで涼し気な旗が躍る店に到着した。


「いらっしゃいませ~」


 和テイストの制服に身を包んだ店員に迎えられ、夏斗たちはひとつだけ空いていた席に座る。

 他の席はみんなお客さんで埋まっていて、オープン直後の人気ぶりをうかがわせた。

 メニューには、ホームページにも乗っていた写真と共に美味しそうなフレーバー名が並ぶ。

 2人がどれにしようか迷っていると、隣の席にそれはそれは大きなかき氷が運ばれてくる。

 普通のサイズの2.5倍はありそうなビッグかき氷だ。

 夏斗と澪が呆気にとられるなか、運ばれてきた席に座るカップルは歓声を上げる。


「めっちゃ美味しそう!」

「だね! 秋葉、ナイスチョイス」

「ううん。春也がこのお店見つけてくれたおかげだよ」


 フレーバーが何か特別というわけでもないようだが、やはりその見た目にはインパクトがある。

 澪はこそっと夏斗にささやいた。


「ねえ、私たちもあれにしてみない?」

「すごい量だよな……。でも、チャレンジしちゃう?」

「してみようよ」


 店員を呼んでみると、大きいサイズのかき氷は2つまでフレーバーが選べるらしい。

 夏斗は『プラム&マンゴー』、澪は『酢橘すだち&和三盆』を選んだ。


「お待たせしました~」


 少し待った後、巨大なかき氷が運ばれてくる。

 2人はそろってスプーンを手に取ると、まずはお互いが選んだフレーバーを口に運んだ。


「美味しい……」

「美味っ……」


 猛暑のなかを歩いてきた2人の口の中に、ひんやりと心地よい感覚が広がる。

 そしてどちらのフレーバーも、甘さと酸味が絶妙に調和して、夏のデザートにぴったりの味わいを作り出していた。


「こっちも食べてみる?」

「うん」


 夏斗に勧められて、澪は『プラム&マンゴー』のシロップがかかった部分にスプーンを入れる。

 夏斗もまた『酢橘&和三盆』を味わった。

 そうやって食べ進めていると、不意にコツンとかき氷の内側で音が鳴る。


「あっ」

「あっ」


 2人が同時に挿し入れたスプーンが、かき氷の内部でふれたのだ。

 夏斗と澪は顔を見合わせて、それからすっとスプーンを抜く。

 上に乗ったかき氷を口に運んで、澪はふと思った。


“これって……かかかか間接キスってやつ……!? 夏斗くんの味がするような……!”


 博識ながら恋愛には初心、そしてややヤンデレじみたの気質を秘めている澪であった。

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