第16話 穏やかに
風呂を済ませた夏斗は、早速届いた料理をテーブルに並べていく。
ピザはマルゲリータが1枚と、4種類の味がミックスされたクオーターが1枚だ。
さらにサイドメニューのチキンやポテト、ドリンクにはコーラがあり、デザートのアップルパイまで備えられている。
なかなかにジャンキーな夕食だ。
「すごいボリュームだね」
楽な格好に着替え、髪を乾かし終えて澪が隣にやってくる。
ふんわりと漂ってくるのは、シャンプーの花の香り。
当たり前だが夏斗も同じシャンプーを使っているので、2人は同じ香りに包まれている。
「さすがにご飯食べながらゲームはできないから……」
ピザにしろチキンにしろ、食べながらゲームなんてやったらコントローラーがベタベタになる。
夏斗はテレビのリモコンを操作して、番組表を眺めた。
しかし、あまり面白そうな番組はやっていない。
「澪って、普段テレビ観たりするの?」
「うーん、あんまりかな。映画とかはたまに観るけど」
「そうなんだ」
「バラエティーとかはほとんど知らないんだけど、夏斗くんのオススメは何かある?」
「そうだな……」
実は夏斗も、最近のバラエティー事情にはかなり疎い。
もっぱら映画やアニメ、動画投稿サイトなどで時間を潰すことが多いのだ。
「あ、1個だけあるかも」
「どんなやつ?」
「ちょっと待ってて」
そう言うと、夏斗は立ち上がってリビングを出た。
あんまり長々していると、せっかくのピザやチキンが冷める。
脂っこいものほど、冷めた時はどうしようもなく不味くなるものだ。
夏斗は急いで自分の荷物のなかからDVDを取り出し、澪の隣に戻った。
「これ」
「木曜どうでしょう……?」
「俺も最近のバラエティーはよく知らなくてさ。これは結構前の番組なんだけど、めちゃくちゃ面白いよ」
「じゃあご飯の間はそれ観てみようよ」
「よし」
夏斗はDVDを入れて、テレビの入力を切り替える。
その様子を、また新しいものを教えてもらえるとワクワクしながら澪は見つめた。
ゲームに、ジャンクフードに、北海道のローカル番組。
どうにもお嬢様のイメージからかけ離れたものばかり教えられているが、そんなことは澪にとってまるで気にならない。
『こんばんわ。木曜どうでしょうです』
「よーし。そしたら食べようか」
「そうだね」
番組が始まると同時に、夏斗と澪は手を合わせる。
「「いただきます」」
澪はまず、自分が好きなマルゲリータを手に取った。
いわゆるイタリア風のマルゲリータとは、見た目も味付けも少し異なる。
ちょっとイメージと違うなと思いつつ、澪はマルゲリータを口に運んだ。
「美味しい」
「お、良かった~」
“思ってたのとは違うけど、これはこれで美味しい……!”
澪が気に入ってくれて安心した夏斗は、自分もチキンにかぶりついた。
そしてコーラで流し込む。
身体に悪いの何のと言われようと、美味いものは美味い。
毎日これではさすがに健康が心配になるが、たまにならありだ。
「楽だし美味しいでしょ? こういう甘え方もあるわけです」
「なるほど……」
“でも私は、もっと夏斗くんに甘えたいな。”
そんな澪の淡い気持ちをよそに、テレビ画面ではタレントとディレクターが騒ぎ散らかす。
アラスカにオーロラを見に行く回が、夏斗の一番のお気に入りだ。
それが3話の途中に差し掛かったところで、ピザとチキンが片付いた。
コーラとアップルパイは残っているが、これはゲームをしながらのんびり楽しむことにする。
「じゃあゲーム再開しようか」
「うん」
夏斗はDVDを止めて、再びテレビの入力を切り替えた。
陽気な音楽が流れ始め、夏斗と澪は再び冒険の世界へ出かける。
「こっちのアイテム、夏斗くんにあげる」
「お、さんきゅ」
澪はすっかり自分で考えてプレイできるようになった。
もう、夏斗の後をついて行くだけじゃない。
「澪、そこ右かな」
「右ね」
澪はキャラクターを動かすと同時に、つい連動して自分の身体も動かす。
身体を傾けた先には、夏斗の肩があった。
“やっぱり温かい……。”
澪はそのまま、夏斗によりかかる。
夏斗は少し顔を赤くしながらも、振り払うようなことは決してしなかった。
これも澪なりの甘え方と解釈することにしたからだ。
「ねえ」
「どうした?」
「誰かとこうやって遊んだの、久しぶり。すごく楽しい」
「良かった」
夏斗は柔らかく微笑んで、澪の顔を見つめる。
彼女もまた、その整った顔で夏斗を見つめ返した。
“やっぱりちょっと明るくなってる。少しずつでいい。いつか澪の笑顔が見れたらいいな。”
そんなことを考えながら、夏斗はゲームを再開する。
そして時刻が11時半を回ったころ。
澪は夏斗の身体にもたれかかって、穏やかな寝息を立て始めた。
「澪?」
「すぅ……すぅ……」
「澪さ~ん?」
「すぅ……すぅ……」
「ダメだこりゃ」
さすがにゲームをぶっ通しでやり続けたら、それは疲れる。
ましてや澪は、長時間のプレイに慣れているはずもないのだ。
「風邪ひくっての……」
まるで起きる気配のない澪を前に、しばらく夏斗は逡巡する。
そしてコントローラーを置くと、その身体をそっと抱きかかえた。
細身の身体から、確かな温もりが夏斗の腕に伝わってくる。
そのままリビングを出て階段を上がり、澪の身体はベッドに横たえられた。
「すや……」
安らかな寝顔に誘われるように、夏斗はそっと澪の頭を撫でる。
「おやすみ、澪」
執事とお嬢様の2日目が、ゆっくりと終わっていった。
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