第15話 初めてのゲーム

「まずは簡単なところでやってみようか」


 巨大なテレビにゲーム機を繋ぎ、セットアップを済ませたところで、夏斗は澪にコントローラーを渡す。

 今日プレイするのは、超基本中の基本であるゲーム『ミーテンドー・スーパーキノコブラザーズ』だ。

 いくつもシリーズがあるキノコブラザーズの中でも、2人で協力してステージに挑めるパーティー版を夏斗はダウンロードした。


「そのスティックを倒した方向にキャラが進むよ」

「えーっと、こう?」

「そうそう。それでこのボタンがジャンプで、これがダッシュ。まずはこれだけ覚えといて」

「うん。ダッシュに、ジャンプだね」

「あとはその時々で説明するから」

「分かった」


 ぎこちない手つきでコントローラーを握る澪。

 何でも完璧にこなす彼女だが、全くもって初めてやることはそうもいかない。

 少し微笑ましく思いながら、夏斗は一番最初の超簡単なステージを開始する。


「へー、こんな感じなんだ」

「うん。どのステージも、真ん中と最後のゴールに旗があるんだ。それを取ったらクリアだな」

「とりあえず、最初は夏斗くんについていく」

「オッケー」


 夏斗としても、キノコブラザーズをプレイするのは久しぶりだ。

 でも小学校低学年の頃にやりまくっていただけあって、体が覚えている。

 そもそも超初級のステージだし、ミスをするはずがない。


「ここジャンプ!」

「ジャンプ……!」


 前からゆっくり歩いてくる敵を飛び越えるだけでも、澪のコントローラーを握る手に力が入る。

 例によって表情の変化は少ないが、それでも無事に飛び越えられてほっとしたのか、澪はふうっと息を漏らした。


“懐かしいな……。俺が初めてじいちゃんにゲーム買ってもらった時も、こんな感じだったっけ。”


 自分のゲーム人生の始まりを思い出しながら、夏斗は澪に褒め言葉を送る。


「上手じゃん」

「ほんと? ちょっと嬉しいかも」

「その調子その調子」


“夏斗くんに褒められる……ゲーム楽しい……”


 やや楽しみポイントがずれている気もするが、澪も無事にキノコブラザーズを楽しめていた。

 アイテムを取ってキャラを変身させたり、ブロックをジャンプで壊してみたり、ただ敵を飛び越えるだけでなく踏み潰してみたり。

 最初のステージで、夏斗は上手くチュートリアルのごとく基本的な操作を教えていく。

 何回かやっていくうちに、澪も段々慣れてきた。

 そもそも、このゲーム自体がシンプルな造りになっている。

 要領の良い澪であれば、基本的なことを覚えるのにそう時間はかからなかった。


「じゃあもうちょっと難しいステージに行ってみようか」

「うん」


 2人は並んでソファーにもたれかかり、涼しい部屋でゲームを楽しむ。


「そこアイテム取って!」

「ここ?」

「ナイス! めっちゃ上手くなってるじゃん!」

「あ、ありがと」


 1時間、2時間、3時間……。

 夢中になってゲームを楽しむ時間は、あっという間に過ぎていく。

 トイレ程度の休憩は挟みつつも、ぶっ通しでゲームをし続けて時刻は6時半。

 ふと時計を見上げて、夏斗が口を開いた。


「もうこんな時間か」

「本当だ。夢中になってて気づかなかった」

「楽しい?」

「うん。すごく楽しい」


 笑う……というほどではない。

 人によっては、普段とまるで表情が変わっていないというかもしれない。

 でも夏斗からすれば、確実に澪の表情が明るくなっていると感じた。


「楽しいけど、一旦ご飯の準備しないと。それとお風呂も」

「そうだね……あ、良いこと考えた」


 食事の準備に立ち上がろうとして、夏斗が動きを止める。

 すでにキッチンに向かおうとしていた澪が、「どうしたの?」と首を傾げた。


「お風呂は洗って入らなきゃいけないとして……。ご飯は準備しなくてもいいんじゃないかなーって」

「食べないの? お腹、空いてない?」

「いや、ペコペコ。ほら、出前を取るって方法もあるじゃん」

「出前……聞いたことはあるけど、実際に頼んだことはないかも」

「マジで? 出前ならご飯の準備する時間も、ゲームに回せるしさ。ピザとか頼んだらゲームパーティーっぽいし」

「なるほど……。じゃあ今日は出前にしてみよう」

「オッケー」


“夏斗くんといると、今まで知らなかったことを教えてもらえる。ゲームとか、出前とか。すごく楽しい。このまま楽しいことが続いたら、いつか私も自然に笑えるかも……。”


「じゃあ、夏斗くんに注文をお願いしてもいい? その間に、今日は私が風呂掃除しちゃうよ」

「分かった。ちなみに澪、ピザは何が好きとかある?」

「マルゲリータとか、ビスマルクとかが好き」

「りょーかい」


 澪が風呂を洗いに行ったところで、夏斗はスマホを取り出す。

 霜乃木麗子から送られてきた方ではなく、もともと自分で持っていたスマホだ。

 基本的に自炊の夏斗だが、たまに出前を取ることはあった。

 慣れた手つきでピザやサイドメニュー、ドリンクを注文して配達場所を指定する。

 あらかたの作業が終わったところで、風呂を洗い終えた澪が戻ってきた。


「出前、注文できた?」

「ばっちり。来るまでちょっと時間がかかるみたいだから、お風呂湧いたら入っちゃおうか」

「分かった」


 ひとつ頷くと、澪は再び夏斗のすぐ横に腰を下ろす。

 そして自分のコントローラーを握った。


「お風呂湧くまで、ゲームしよ?」

「いいよ」


 すっかり澪はゲームの虜、というより夏斗とするゲームの虜だ。

 プレイが始まる直前、澪は少しだけ夏斗の方に身体を近づけた。


“ちょっとだけ……。”


 本当にわずかに、2人の肩が触れ合う。

 それだけで澪は、まるでゆったりとお風呂に浸かったような安らぎを得るのだった。

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