第14話 褒め言葉

「それでゲームってどこにあるの?」


 お昼ご飯を挟みつつ、今日やる課題を終わらせたところで、夏斗が尋ねる。

 当たり前といえば当たり前だが、リビングに澪が使いもしないゲーム機の類は置かれていない。


「地下の物置にしまってあるはず」

「え? この家、地下もあるの?」

「あれ? 言ってなかったっけ。ちょうどいいから、案内するよ」


 そう言って、澪はリビングを後にする。

 夏もその後をついて行き、玄関から入ってすぐ正面にある階段の裏側へやってきた。そこの壁に、他とはちょっと雰囲気の違う扉がある。


「ここが地下の入口。特に鍵もないし、自由に出入りしていいよ」

「分かった……って、地下ってそんな積極的に行きたい場所でもないけどな」

「確かに。とりあえず、入ろっか」


 地下というと、どうしてもかび臭かったりほこりっぽかったりするイメージがある。

 ただこの家の場合は、澪が地下へ続く扉を開けても、そういった嫌な空気は漂ってこなかった。


「ちょっと階段が急だから、気を付けて」

「分かった」


 明るく電気に照らされた階段を、澪を前方に2人で降りていく。

 一番下まで降りると、そこにはさらに3つの扉があった。


“ダンジョンみたいだ……。”


 独特の秘密基地感に、夏斗の少年心がくすぐられる。

 そんな気持ちなどまるで知らない澪は、サクサクと真ん中の扉を開けて入っていった。

 彼女が電気を付けると、部屋の全貌が明らかになる。

 様々な種類のものが整然と並べられていて、地下の部屋とはいえかなりのスペースがあった。


「ちなみに左と右は何の部屋なんだ? あっちも物置?」

「ううん」


 夏斗が尋ねると、澪は首を横に振った。


「階段を降りて右の部屋は、ワインセラーになってる」

「ワ、ワインセラー? 部屋が丸ごと?」

「そうだよ」


“どこの高級レストランだよ……。”


 たまにテレビなんかで、お金持ちが部屋の中にワインのボトルを並べてコレクションを語っているのは目にすることがある。

 ただ物置になっているこの部屋が普通のリビングくらいあることからして、丸ごとワインセラーともなればテレビで見るものの比ではないだろう。

 フロストグループの創業一家とは頭で分かっていても、明らかに桁の違うお金持ちっぷりに、驚きを通り越して呆れ始める夏斗だった。


「それで左の部屋は?」

「左は防音室。楽器とか練習できるようになってるけど、私がほとんど楽器をやらないから今は使ってないかな。ワインセラーも、もちろん私がお酒を飲まないから今は空っぽ」

「そうなんだ。ちょっともったいない気もするけど」

「ものが増えたら増えただけ、掃除も大変になるしね。両親がいた時はワインセラーにワイン、防音室に楽器がちゃんとあったけど、今はもぬけの殻だよ」


 そう話す澪の表情が、夏斗の目にはどことなく寂しげに映る。

 きっと他の人――クラスメイトなんかが見たら、いつも通り淡々と事実を語っているだけと思うかもしれない。

 でも夏斗には、その微妙な変化が分かる気がした。


「でも本当、よく掃除されてるよな」


 物置を見渡して、夏斗が言う。

 地下にしまい込むくらいだから、ここにあるものはほとんど使わないもののはずだ。

 それでもほこりをかぶっていたり、壊れていたりするような品々はない。


「この家を全部こうやってきれいにして、澪はすごいよな」

「そ、そんなことないよ。当たり前のことをしてるだけだし」


“褒められた……!”


 当たり前のことをしてるだけと言いながら、澪はひそかに心を躍らせる。

 普通だったらとっくにニマニマしてしまいそうなところだが、どうにも凝り固まった表情筋が嬉しい感情を表に出させてくれない。

 少しもどかしさを感じながらも、澪は素直に喜びをかみしめる。


「いや、本当にすごいと思うよ。でもとても大変だと思うし、これからは俺も一緒にやるからさ」

「……ありがとう」


“夏斗くん、優しい……。夏斗くん、褒めてくれる……。夏斗くん……”


 例えば勉強でも、ずっとテストで1位を取っていれば、それが当たり前になってくる。

 段々と褒められなくなってくる。

 ましてや澪は独りぼっち。

 そもそも褒めてくれる人が周りにいなかったのだ。

 自己肯定感を上げてくれる褒め言葉も、たとえ些細なことだろうが澪の求めていたものに間違いなかった。


「ゲーム機はその辺りにまとまってると思う」

「えーっと、この辺か……」


 澪が指差す先には、様々なゲーム機の箱が積み上げられている。

 どれも新品のまま未開封で、ここ十数年の主なゲーム機はほとんど網羅しているようだった。

 澪からしたらあまり興味関心の湧かないものでも、ゲーム好きの夏斗からしたら大興奮ものだ。


「やば……まさかこんなにあるとは……」

「本当にゲームは分からないんだけど、どのゲーム機が面白いの?」

「うーんそうだな。まあ、当たり前だけど新しいやつが画質とか音質はいいんだよね。でも結局、ゲームの面白さってゲーム機じゃなくてソフトで決まるから……」


 夏斗は物の配置をなるべく崩さないようにして、何かソフトがないか探してみる。

 しかし、ゲーム機はたくさんあれどソフトはないようだった。


「ソフトはなさそうか……」

「ゲーム、できないの?」

「いや、それこそ新しいやつなら、ネットにつないでダウンロードできるよ。だから……とりあえず、これやってみようか」


 夏斗はテレビに繋いで遊ぶタイプのゲーム機を手に取る。


「楽しみ」


 月並みながら期待を口にした澪。

 このあと夏斗とプレイするゲームの虜になることを、彼女はまだ知らない。

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