赤い糸

白河夜船

赤い糸

 明日には死のうと思うので、取り敢えず友人Aの下宿を訪ねてその旨を伝えたところ、彼は「そうか」と頷いて、左手の小指を中華包丁でスッパリ切った。

なんしよん」

 都会に来てから、ほとんど使っていなかった郷里の言葉が反射的に口を突いて出た。Aはカラコロ元気に笑っている。

「良い別れは、多少ドラマティックでなくてはね」

 限度がある。と言いかける僕に、Aは切り落とした小指を投げて寄越した。

「手向けだ。受け取り給え!」

 心底要らないと思ったが、血塗れで満足げな面をしているAに言うべき言葉が咄嗟に浮かばず、「はあ」とか「おう」とか曖昧な返事をする内に、結局小指を押し付けられた。

 翌日。

 貰った手前、無碍に扱うのも気まずくて、Aの小指を懐に入れ、僕は人気がない深山で死んだ。死んだ後、あの日のことを振り返り、「阿呆じゃないか」とつくづく思う。

 その場の勢いで指を詰めるな。

 一つ説教をしたいのだけど、なにぶん死んだ身であり、生者に利ける口がない。しょうがなし、僕の周りを魚のように泳いでいる小指に対して、ぶつくさ文句を垂れてみるものの、小指の奴は文字通り聞く耳を持たないのだから栓がなかった。

 指の断面からは、溢れた血が細く長く糸を引き、ゆらゆらどこかへ伸びている。Aの左手に、きっと繋がっているのであろう。ひょっとすると、いつかこの赤い糸を辿って、Aがここへ来ることもあるかもしれない。

 その時は腰を据えて指詰の件、ついでに生前被った諸々の迷惑について、愚痴を言ってやろうと固く心に決めている。

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