第17話
晴彦と美玲がいじめに立ち向かい始めてからしばらくは平和な日々が続いた。もしかして、自分たちはいじめに勝ったのかな?そう思い始めたある日の放課後、晴彦と美玲は一緒に帰る支度をしていた。
教室にはこの日、日直を務めている晴彦と、その仕事を待つ美玲の二人きりだった。学校は中間テスト前の部活停止期間に入っていて、普段なら部活に向かう生徒たちも今日は真っすぐ家に向かっていた。晴彦の手際の悪さもあり、見かねた美玲が途中で助けて、ようやく日直の仕事を終わらせた時には、教室に他の生徒の姿はすでになかったのだ。
晴彦と美玲は一緒に帰宅した後に美玲の家でテスト勉強する予定だった。帰宅した後にいじめられる事はないので、2人が一緒にいる必要はないのだが、晴彦と一緒に居たい美玲が強く誘ったのだ。
「テスト勉強頑張ろうね!」
「美玲が教えてくれるなら成績アップ間違いなしだな。」
「任せてよ。やっと晴彦とテスト勉強出来る!」
2人は他に人がいない教室と、この後学校から帰るだけという状況にいじめに対する警戒が薄くなっていた。
「おい!待てよ!!」
そんな晴彦と美玲が教室を出ようとすると、クラスの男子生徒達が2人を取り囲み帰れない様にした。そして、男子生徒達は誰かが来るのを待っている様子だった。
しばらくして、男子生徒達の輪に他のクラスの男子生徒、更に先輩、後輩の男子生徒まで加わり2人を取り囲む輪は次第に大きくなっていった。
2人を取り囲んだ男子生徒達は次々と晴彦に対する悪口を投げつけ始めた。彼らの目は、美玲と親しい晴彦に対する嫉妬で曇り、明らかな敵意を示していた。
「美玲さんを脅して奴隷の様にこき使ってるんだって?」
「中学時代に美玲ちゃんにストーカーしてたんでしょ?」
「美玲ちゃんの体操服を盗んだそうじゃないか!」
「お前嘘つきなんだって?」
「美玲ちゃん!僕たちが守るからそんな男からは離れなよ!」
晴彦と美玲は男子生徒達の全くの嘘に驚きを隠せなかった。晴彦はそれらに反論したかったが、過去のトラウマから来る恐怖で震え、呼吸さえ十分にできなくなり、黙って下を向いてしまった。そんな晴彦の姿を見て美玲は自分が晴彦を守るのだと奮い立たせた。
「私が晴彦と一緒にいたいの!」
「2人は幼なじみでずっと仲がいいの!」
「晴彦になら何でもやってあげたいの!奴隷なんかじゃない!」
「晴彦は盗みなんかする様な人じゃない!本当の事しか言えないし!」
「あなた誰?知らない人に守ってもらいたくない!」
美玲は男子生徒達の言葉に力強く反論した。男子生徒達も晴彦や優一同様に、美玲をか弱い存在だと誤解していた。そんな美玲による必死な説明は彼らに自分が発言した内容は間違っていたのではないかと疑問に思わせた。
「おい、美玲さんが言ってる事、俺が聞いた話と全然違うぞ・・・。」
「美玲さんが、あれだけ必死に否定するって事は間違っていたのか・・・?」
「やばい、間違った情報で2人に詰め寄ってたのか?美玲さんを守るはずなのに・・・。」
男子生徒達は口々に焦りの言葉を言い出した。
美玲がこのまま反論を続けると、男子生徒達は彼女が言っている真実を信じ始めるかもしれない。その微かな希望が見え始めた時、男子生徒達の輪を割って優一が登場した。
「皆、待って欲しい。美玲さんが言ってる事は全部間違いだよ。」
優一は自信満々の表情で言った。本当は優一は表に出る予定ではなかった。美玲に自身がいじめの実行犯になっている姿を見せない為である。優一はあくまでも陰の首謀者でいるつもりだった。しかし、美玲の予想外の奮闘に最後の切り札を切った。優一が率先して美玲が告げている話は全て嘘であるかのように捻じ曲げ、男子生徒達の気持ちをコントロールするのである。
「美玲さんは晴彦に洗脳されているんだ。中学時代も同じ事があって、僕が知り合いのカウンセラーに洗脳を解いてもらった事があるんだ。」
「洗脳でなければ、美玲さんのような素晴らしい女性が、晴彦のような男に好意的になるはずがないだろ?」
「僕たちは美玲さんを助ける為に集まった正義だ!晴彦が二度と美玲さんに近づけない様にするんだ!」
外面がよく周囲からの信頼の高い優一の嘘を男子生徒達は信じた。自信満々に堂々と語る優一の言葉は説得力をもたらした。そして、嫉妬で狂う男子生徒達も美玲が晴彦に好意を持っている事実を認めたくなく、優一の話を信じたかった。優一の嘘は男子生徒達を巧みにコントロールしたのだ。
優一が加わってから美玲がどんなに反論しても、男子生徒達は美玲の言葉を信じなかった。そして、あまりに酷い嘘の数々で晴彦と美玲を攻めた。圧倒的な人数の圧力と理不尽な言葉に美玲はついに泣き出してしまった。
そんな美玲を見て優一はニヤリとと笑った。最後の切り札をきった以上、優一は大人数の圧力で恐怖を与えて、晴彦と美玲の心を徹底的に潰す。そして、弱り切った美玲に対して甘い言葉で洗脳して優一に依存させるつもりだった。
<美玲さんの涙を見るのは辛いけど、それは僕の素晴らしさに気づくのが遅かった罰だ。早く僕のものになるといいよ。僕が幸せにするからね。>
「ぐすっ、ぐすっ、み、みんな、お願いだから私の事を信じてよ!」
しかし、美玲は優一の想像と異なり、泣きながらも必死に反論を繰り返し、この状況を脱する事を諦めなかった。
絶体絶命の状況下で、美玲の背中に隠れている晴彦は自分がなさけなく感じていた。美玲は泣きながらも必死に1人で戦っている。それに対して隠れて震えているだけの自分が情けなくなった。いじめを打ち明けて以降、今日まで晴彦は美玲に頼りきりだった。晴彦は美玲にいじめを打ち明けて以降、ずっと美玲に守られているだけなのだ。
<俺はこのままでいいのか?美玲は一緒に戦うって言ったんだぞ!俺は戦っているのか?>
晴彦は自分を奮い立たせた。泣いている美玲に自分も戦う意思を伝えたい。
<俺も美玲も一緒に戦うんだ!>
晴彦は美玲と戦う為に大きく息を吸った。
晴彦は震えながらも優一を睨みつけて大声で怒鳴りつけた。
「うっ、嘘で女を泣かす男は許さない!」
その言葉はかつて晴彦が見た夢の中で町娘が叫んでいたのと同じだった。
晴彦が人に怒鳴りつける姿を見たことがない美玲は、驚きで涙さえ忘れてしまった。しかし驚きの次にきたのは、晴彦の姿への深い喜びだった。今まで1人で晴彦を守ろと必死だったが、これからは一緒に戦うのだ。
美玲はこの状況が怖くなくなっている事に気がついた。
怒鳴れた優一は想像もしなかった晴彦の姿に驚いた。しかし、その驚きは怒りによって搔き消された。優一が見下している晴彦が反論するなんて許せない。そして、周囲の男子生徒達をゆっくり見渡し、再び余裕のある表情を浮かべた。優一には圧倒的な数の優位性があるのだ。
「モブが急に大声出してるじゃねえよ!嘘つきはお前だろ!そんなお前は美玲さんに相応しくない!相応しいのは僕だ!!」
優一は晴彦を見下しながら罵った。
「確かに俺は嘘つきだった。嘘で美玲を悲しませることもあった。だけど、何度も、何度も反省して誓ったんだ。もう嘘で美玲を悲しませることはしない。だから今、嘘で美玲を悲しませてるのはお前、優一だ!」
晴彦は淡々と語っていたが、最後は絶叫に近い形で優一を非難した。
すると、雨の気配もない天気だったのに急に周囲が暗くなり雷鳴が轟いた。みんなが雷に気を取られた後、いつの間にか晴彦の手にあの真実の鏡があった。
鏡を手に持った晴彦には鏡の意思が伝わった。そして、晴彦はゆっくりと鏡に優一を映した。
「嘘で女を泣かす男は許さない!」
町娘の言葉が再び響き、その鏡から放たれた赤い光が優一を包み込んだ。
優一の耳に晴彦が夢の中で聞いた町娘の叫び声が聞こえた。そして、彼が包まれている赤い光はまるで証人台に立った犯罪者を照らすスポットライトのようだった。
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