第16話
昨日までの悪天候が嘘の様に晴れ渡る朝、教室は驚きの声で騒がしかった。騒ぎの原因は晴彦と美玲だった。2人は仲良く一緒に登校してきたのである。
「おい!何で2人は一緒に登校してきたんだ?」
「なんか昨日までと雰囲気が違うぞ!」
「まさか2人が付き合ってるとかないよな!」
晴彦と美玲は教室に着いた後も周囲の声に影響されることなく離れることはなかった。二人があまりに仲が良さそうな様子を見て、今日も晴彦をいじめようと待ち構えていた男子生徒たちは困惑し、ただ見守るしかなかった。
授業が進み休み時間になっても、美玲は時間のゆるす限り晴彦の隣に寄り添い続けた。晴彦をいじめる隙を与えない鉄壁のガードだった。
「おい!晴彦、こっちに来いよ!」
「晴彦に何の用があるの?今、私と話しをしているのだから邪魔しないで!」
「えっと、あの、急ぎの用事ではないんだ・・・。」
男子生徒が晴彦を呼び出そうとすると、美玲が怒り割り込んでガードする。
美玲は晴彦に対しては優しい笑顔を向ける一方で、晴彦をいじめようとする男子生徒たちには厳しい表情で睨みつけた。常に優しい笑顔で太陽の様な美玲が初めて見せる鬼気迫る表情に男子生徒たちは、動揺を隠せなかった。
男子生徒たちが晴彦をいじめる理由は皆が大好きな美玲との仲を深めるのに晴彦が邪魔だからである。
だからこそ、美玲に睨まれて嫌われる様な事があっては本末転倒なのである。
そんな美玲の姿を見て、彼女の友達が心配そうな顔をして声をかけた。美玲は晴彦のそばを離れず、男子生徒たちに険しい表情を向けているので何かトラブルに巻き込まれていると考えたのだ。
「美玲ちゃん、こっちきて話そうよ。」
「ごめんね。ちょっと手が離せなくて。」
しかし、美玲はいつも話をしている友達の誘いすら断ってしまった。そのことにより、美玲が晴彦のそばを離れるつもりがないのだと、誰もが理解した。
その風景を誰よりも悔しそうに見つめる男がいた。優一である。優一は悔しさで歯を食いしばっていた。美玲の態度から晴彦がいじめの事を話したことが明らかだった。優一は、中学時代の晴彦をいじめた経験より、美玲には何も話さないと考えていたのだ。
優一が考えていたプランは3つのステップから成り立っていた。
まずは第1段階、いじめを通じて晴彦の心を折り、晴彦が心身ともに弱っている状態を作り出す。
第2段階として、晴彦と美玲の関係に亀裂を入れる。晴彦がいじめのことを美玲に話さず、その一方で美玲が晴彦の異変に気づき、事情を知りたがる。その、2人の心のすれ違い状況を利用する。
そして最後に、第3段階。優一が美玲の心を癒やし、自分のものにする。美玲が悲しむ姿を優しく慰め、優一の極上の優しさを解らせることで、彼女の心を掴むつもりだった。
これが優一の緻密に練られたプランだった。また、計画の途中で美玲がいじめに気が付いたとしても、か弱い美玲なら悲しむだけで何も行動できず、その美玲の心の隙に付け込む事で何とでもリカバリー出来るはずだった。
しかし、優一にとっての誤算は、真実の鏡の存在、そして、美玲の晴彦を思う心の強さであった。これにより、現実は晴彦が美玲に相談して、美玲も自身の交友関係を全て投げ出してまで晴彦に寄り添い助けようとする結果となった。
こうして、優一の完璧なプランは2人の予想外の行動で完全に破綻したのである。
<くそー。こんなはずではなかったのに・・・。>
<あいつら、美玲さんに睨まれた程度で怖気づきやがって!>
優一は男子生徒達を心の中で罵った。
<美玲さんがあの様子だと少人数ではひるんでダメだな。もっと人数を集めて、数の力で美玲さんに嫌われる恐れを克服させないと!>
<そうなると、晴彦の傍を離れない美玲さんも巻き込まれるが、仕方がないな・・・。>
<いや!逆に、一度美玲さんの心を壊してみるのもありか?>
<美玲さんは僕のものだ!僕は欲しいものは全て手に入れる男だ!!>
優一は気持ちを切り替え、次のいじめプランを考え始めると同時に、自分と美玲が恋人になった時の学校生活を想像していた。
時間は過ぎてお昼休みになった。今日も晴彦は美玲と一緒に美玲が作ったお弁当を食べていた。お弁当には大きな豚カツが入っていた。
「今日は豚カツを作ったの!」
「ありがとう。今日も美味しそうだなー。」
「あのね、いじめに勝つっていう意味だよ。」
美玲は晴彦の耳元に近づいてお弁当の意味を囁いた。
周囲からは美玲が晴彦の頬にキスをする様な距離に近づいた事に皆がびっくりした。
「きゃー」
「うぅ・・・」
周囲の女子たちは驚きと興奮の声を上げたが、男子たちは羨望と悔しさを込めたうめき声を上げた。
晴彦は今までいじめに美玲を巻き込まない事を絶対条件だと考えていた。それは美玲が凄く弱い存在だと思っていたからだった。だから、いじめの事を知った美玲は混乱してどうして良いか解らなくなり、泣いてしまうだけだと思っていた。
しかし、晴彦の考えとは違い美玲は強かった。昨日、晴彦が今までのいじめの事を全て打ち明けた後、美玲は自分も一緒に戦うと約束してくれた。晴彦は自分が中学時代からとってきた行動が間違っていたことに気がついた。素直に美玲に相談しておけばよかったと反省した。
「ねえ、私たちも一緒に食べていい?」
美玲の友達たちが自分たちのお弁当を持って声をかけてきた。美玲が晴彦の傍を離れない様子を見て、心配した友達たちは晴彦の傍に来ることを選んだようだ。
晴彦は美玲の友達の事も侮っていた事に気が付いた。いじめられてる晴彦と仲良くした美玲は友達から距離を置かれると考えていた。
しかし、友達たちは美玲を見放すことなく、彼女の傍から離れなかった。
美玲の友達たちは一緒に食事をしながら二人の様子をじっと見守り、晴彦と美玲が笑顔で会話し、時折アイコンタクトを交わす様子を見て安堵の溜息をついた。その一方で新たな疑問が浮かんだため、美玲の友達たちは2人に内緒で小声で相談しあった。そして、疑問が解決しなかったので、最終的に2人に直接問いかけることに決めた。
「ねぇ、二人は付き合ってるの?」
美玲は思わず驚きと照れから、飲みかけていたお茶を噴き出してしまった。晴彦は突然の質問に驚きで固まった。
「あのね、私たちは、えっと、幼馴染で、だから・・・」
美玲は真っ赤になりながらしどろもどろになって答える事が出来なかった。しかし、その美玲の姿を見て、皆が美玲が晴彦を好きだということを理解し、その恋心を冷やかし始めた。
晴彦は、ひと時の平和な時間に、張りつめていた緊張をほぐした。
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