第15話

昨日の豪雨と変わってこの日は強風吹き荒れる天気であったが、学校は通常通りであった。


晴彦は学校を休みたいとの思いがよぎったが、美玲に晴彦の異変を悟らせない為にも歯を食いしばって登校した。晴彦が教室に入ると昨日と同様にクラスメイトが一斉に晴彦に視線を送った。晴彦は震える足を懸命に動かして自分の席へと向かった。


「おはよー。晴彦。昨日の嵐は大丈夫だった?」


晴彦が席に着くと、美玲はいつも通り挨拶しにきた。しかし、すぐに晴彦の様子がおかしいことに気づいた。彼の顔色が明らかに悪く、身体はガタガタと震えていた。


「どうしたの?大丈夫?」


「体調悪いの?」


美玲は必死に晴彦に声をかけたが、彼からは一切返事がなかった。


「ねぇ、変だよ!何か返事してよ!」


美玲から笑顔が消えて必死に晴彦を気遣った。しかし、ついに晴彦から返事を聞けぬまま担任の先生が入ってきて授業が始まった。




授業中に晴彦は追い詰められていた。美玲にあっさりと自身の異変を見破られてしまった。美玲をいじめに巻き込まない為に本当の事を言いたくないのだが、今の晴彦は嘘がつけない。このままでは自分の意志とは関係なく美玲に全てがバレてしまう。


授業中悩み抜いたあげく、晴彦が取った行動は美玲からの逃避だった。授業が終わる度に猛ダッシュで教室を飛び出し、トイレにこもり、授業が始まると同時に教室に戻った。放課後も猛ダッシュで帰宅し、美玲に話しかけられる機会を避けた。


<俺って逃げてばかりだな・・・>


<しかし、そのおかげでいじめからも一時的に避けることができた。一石二鳥だ。>


自分の部屋に戻った晴彦は自嘲ぎみに力なく笑った。




晴彦は、状況が落ち着くまで当分この方法で回避するしかない!そう決意を固めた。


しかし、晴彦のこの考えは、彼が予想だりしていない形で変わる事になった。何と晴彦の部屋に美玲がやってきたのだ。


晴彦の異変に危機感を持った美玲は晴彦の母親に頼みこんで晴彦の部屋に入れてもらった。晴彦のあの表情は中学時代に美玲に冷たい態度を取る様になる前に見た表情と一緒であった。美玲はこの状況を放置すれば、晴彦が自分を再び遠ざけるだろうと確信していた。


今の晴彦と美玲の関係性だとお互いに相手の部屋に行くというのは考えられない行為であるが、それだけ美玲は必至だった。

晴彦の母親も息子の様子がおかしい事に気が付いていた。そんな時に必死の形相で訪ねてきた美玲に全て任せることにしたのだった。


「ここなら他の誰にも聞かれないよ。だから私に話して!晴彦!何があったの?」


「お願いだから、黙ってないで何があったか教えてよ!」


「今朝の晴彦を見て何もないと思うなんて、ありえないよ!」


晴彦は美玲が何を言っても黙りで何一つ言葉を発しなかった。嘘をつかずにいじめを隠すには黙秘しか方法はないのだ。晴彦は自分が不自然な態度なのは重々解っているが、美玲をいじめに巻き込まないため、彼にはこの方法しかなかった。


美玲は晴彦が嘘をつけないことを知っていたので、彼が黙っているのは真実を語らないためであると理解していた。


「私ね、知ってるんだ。晴彦が嘘つけないこと。夢の中で江戸時代の町娘のお姉さんに『嘘で女を泣かす男は許さない』って怒られたんでしょ?その事が晴彦を苦しめているの?私なら晴彦にどんな事を言われても大丈夫だよ!だから、全てを話して!!」


「えっ!」


晴彦は"知っている"という美玲の言葉に一瞬焦った。自分がいじめられている事がバレてしまったのではないかと。しかし、美玲が指していたのは、自分が嘘をつけない事だと理解し、ほっと一息ついた。その後も美玲がいじめについて気づかないよう、無言を続けた。そして、美玲が自分が嘘をつけない事、そして、自分が見た夢のことを知っていることに驚き、そのオカルト的な事象について深く考え始めた。


美玲は、自分が知っていることを話すことで、晴彦が話しやすくなるだろうと考えていた。だから、晴彦が自分から話すタイミングを待ち続けていた。ところが、どれだけ待っても、晴彦は何も話そうとしない。その態度に美玲は悲しくなってきた。


「そんなに私の事が信用出来ないの?」


「私は晴彦の役に立てないの?」


「私、晴彦が冷たく接してた間、ずっと悲しくて毎日泣いてたんだよ。」


そんな美玲の思いを聞いて晴彦の心は揺れ始めた。外では雨が再び降り始めたのにあわせる様に、美玲の目からも涙がこぼれた。そして、雨あしが強くなると同時に、強い光と共に雷鳴が轟いた。


晴彦と美玲は雷に驚き瞬間的に窓の外を見た。再び視線を戻すと晴彦と美玲の間に突如として真実の鏡が現れた。鏡には現代の鏡と違ってぼやけた二人の姿が映っていた。


ついに真実の鏡がただの鏡ではないと確信させる動きをした。晴彦はこれを鏡からの警告と受け止めた。このまま美玲が悲しむと、自分の命が鏡に奪われるかもしれない。しかし、自分は美玲をいじめに巻き込みたくない。どうしたら良いのだろう?晴彦は迷いに迷った。


「私を信じて!中学の時みたいに何も知らないで晴彦がつらい顔してるのは耐えられないの!全てを話して!」


「晴彦が何も言わないのは、私のことを考えてくれてるんだよね?でも、そんなこと、私は全然嬉しくない!一緒に問題を解決したいの!」


涙を流しながら懸命に訴える美玲の姿を見て、晴彦はついに決意を固めた。そして、晴彦は美玲に全てを話した。





「そんな事があったなんて。それに優一さんがそんな事をするなんて・・・。ごめんね!何も気づけなくて・・・」


美玲は晴彦の話してくれた内容に衝撃を受けた。そして、晴彦がいじめられている事に気がつけなかった自分を責めた。


「今まで嘘をついていてごめん。美玲をいじめに巻き込みたくなかったんだ。それに、いじめられたのは平凡な自分が美玲と釣り合わないのが悪いんだ・・・。美玲は何も気にしなくていいんだよ。」


晴彦が嘘をついて自分を遠ざけようとした理由が自分を巻き込まない為であったことの嬉しさに笑顔になりかけた美玲であったが、自分を頼ってくれなかった事への怒りを思い出し険しい表情に引き締めた。また、美玲を遠ざけた理由の1つに平凡な自分と美玲が釣り合わないと思ったと自分自身を卑下した発言を聞いて怒り爆発した。


「私と釣り合わないなんて言わないで!私たちの事に周囲の言葉なんて関係ないの!!」


外では雷が鳴り続け近くにも落雷もあった様だ。しばらく、その様な天気が続いたが、やがて荒れた天気もようやく落ち着き、空には秋の星空が見えていた。


その時、真実の鏡には、現代の鏡とは違ってぼやけて映るはずなのに、笑顔で見つめあう晴彦と美玲が不思議とはっきりと映っていた。


晴彦はそんな鏡を見て、真実の鏡が晴彦と美玲の関係を祝福している様に感じたのだった。

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