第10話

帰宅後、晴彦は自室に戻りベッドに倒れ込んだ。その日の出来事が映画のように彼の頭を巡り、一瞬たりとも休ませてはくれなかった。


「さっきの授業どうだった?内容解った?」

「俺の事を心配してくれてありがとう!大丈夫だよ。」

「解らない事があったら遠慮なく言ってね!」


「夏休みはどこか遊びに行ったの?」

「祖父の実家に帰省したよ。昔みたいに美玲と行きたかったなー。」

「あの時楽しかったねー。晴彦のおじいちゃんのコレクション自慢は退屈だったけど。」


「私は田舎に帰省したよ。今度お土産持ってくるね!」

「俺の為にお土産買ってくれたの?ありがとう!」

「晴彦の家に渡しに行っちゃおうかな~。」


朝の挨拶をきっかけに美玲は休み時間の度に話しかけてきた。晴彦は、美玲を遠ざけるための冷たい嘘を何度も紡ぎ出そうとしていた。しかし、晴彦の嘘は何故か自身の本音に上書きされてしまうのだった。


晴彦の本音に、美玲の目は明るく輝き、その笑顔は何よりも彼女が喜んでいることを伝えていた。彼女の態度から察するに、明日もたくさん話しかけてくるだろう。本音を言えば美玲との会話は楽しいし、話が出来る事は嬉しい。それに、久しぶりに見た彼女の心からの笑顔を曇らせたくない。


しかし、過去のトラウマが嘘をつけず美玲と仲良くするこの状況を危険と警告していた。家に帰って1人冷静になるとその思いは強くなった。


晴彦は、美玲との親密さが再び優一の嫉妬を煽り、彼をいじめ行為に走らせることを確信していた。その確信は、美玲と話すたびに優一の視線が晴彦を狙い、その瞳が嫉妬に混濁していく様子から生まれたものだ。中学時代のいじめの恐怖が甦ると、晴彦の身体は自然と震えだす。また、自身のいじめが美玲にまで影響を及ぼす可能性を晴彦は深く恐れていた。


いじめを避けるために美玲に嘘をつく必要がある、晴彦は改めてそう決意した。美玲に冷たい嘘で突き放し距離を取らないといけないのだ。


何故嘘がつけないのか、晴彦はその原因を探し求めた。先日見た夢、町娘から聞いた言葉、そして真実の鏡。これらが連鎖しているのではないかという考えが頭をよぎった。


しかし、それが嘘をつけない原因だとするのは、現在の科学で説明できない事象だ。それなのに、不思議な確信が自身の中にあった。非現実的な事態に、晴彦は混乱を覚えた。


その夜、晴彦は真実の鏡を取り出し、自分の姿をじっと見つめた。鏡に映るのは恐怖と喜びが入り混じった表情であった。それは再びいじめられる恐怖、そして美玲との心地よい時間と思い出した恋心。それらが複雑に交錯し、自分が何を感じているのか、晴彦自身も解しきれなかった。現代の鏡ほど鮮明には映らない鏡の中の自分の姿は、まさに自身の心情を反映していた。


しかし、晴彦の日常は止まることを許してくれないのだった。

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