第11話
美玲は自室の机に向かって勉強をしていた。しかし、気が散って手元の課題から目を逸らし、頭の中は晴彦のことで占められていた。彼女の頭の中には、晴彦と過ごした昔の日々と、彼から受け取った最新の言葉が渦巻いていた。そして、締まりのない蕩けた笑顔が彼女の顔に浮かんでいた。
子供の頃、美玲は常に晴彦と一緒に過ごしていた。晴彦と一緒にいると楽しくて、いつも笑顔になり幸せを感じるのだ。
ずっとそんな日々が続くと信じていたが、中学時代にその幸せな日々が突然終わってしまった。晴彦が急に冷たくなり、美玲と距離を置くようになったのだ。
美玲は諦めなかった。ずっと晴彦と一緒にいた彼女には、彼が心の底から自分を遠ざけようとしているようには見えなかったのだ。何か理由があるはず。美玲は、晴彦がいじめられていた時、自身が晴彦とは別のクラスであったこと、そしていじめていた生徒たちがその事実を彼女から隠していたことから、晴彦がいじめられていたことを知らなかった。
美玲は晴彦の冷たさにもめげず、毎日話しかけ続けた。表面上は笑顔を絶やさず、しかし夜のベッドの中ではたくさんの涙を流していた。そんな悲しい想いをしても、次の日にはまた笑顔で晴彦に話しかけていた。
そんな晴彦がついに美玲に優しい言葉をかけてくれた。
「晴彦が、私と話すのが嬉しいって言ったんだ!」
美玲はその言葉を何度も何度も繰り返し呟き、自分の頬が幸せで赤らめるのを感じた。彼女は3年間、晴彦の冷たい態度に耐え続け、あきらめずに彼に話しかけ続けてきた。だから、晴彦が自分との会話を喜んでいるという事実は、彼女にとって本当に特別な瞬間だった。彼との会話の喜びと共に自身の達成感が頭を満たたし、その幸せ一色の美玲の世界を染めた。美玲は、この日の学校の授業や友達との会話の内容はほとんど頭に残っていなかった、なぜなら彼女は完全に晴彦との会話に舞い上がっていたのだ。
その夜、美玲は一つ不思議な夢を見た。それは晴彦が見た侍と町娘の夢と同じだった。ただし、町娘が川に飛び込んだ後の最後の場面だけが晴彦の夢とは異なっていた。場面が変わり、美玲は町娘と向き合っていた。
町娘は美玲に優しく微笑み、ゆっくりと語り始めた。
「あなたを嘘で悲しませる彼に、嘘をつけないようにしてあげたわよ。幸せになりなさい。」
町娘がそう言った後、美玲はゆっくり夢から覚めた。あまりにもリアルな夢に気が動転し、美玲は目が冴えてしまった。窓の外の月をぼんやりと眺めながら、夢の意味について思いを巡らせた。
美玲は夢のメッセージが本当の事だと信じた。冷静に考えると晴彦が今朝になって急に優しい事を言い出したのは不思議だったからだ。
晴彦が嘘をつけなくなったと考えると、晴彦は本当は美玲と話したいと思っていたということになる。美玲は自分が嫌われていなかったと理解し、心から安堵した。
しかし、一旦冷静になると、なぜ晴彦が美玲に対して冷たい態度を取っていたのか、その理由を知りたくなった。
<嘘がつけないなら、晴彦に聞いてみようかな?>
<でも、取調官みたいに尋問するなんて何か嫌だな・・・。やっと話せる様になったのに・・・。>
<本当の理由が、他に好きな女の子がいて私と話す事で誤解されたくなかったとかだったらどうしよう・・・。>
<やっぱりこういうのは、本人から話してもらわないと!>
美玲は考えを巡らした後、疑問を先送りにする事に決めた。晴彦も美玲もお互いに考えすぎて一歩踏み出せない所があり、そういう所が幼馴染の関係から脱せなかったりするのだ。
<晴彦が嘘をつけないとなると私が一番知りたいのは・・・>
「私、晴彦のことが好きだよ・・・。晴彦は、私のこと、好き?」
美玲は、秘めていた思いが思わず声に出てしまったことに気付き、慌てて周囲を見渡した。夜中でみんな寝ているのは解っていても、アタフタと慌ててしまうのだった。そして、自身のドキドキの鼓動が部屋中に響き渡っている様で恥ずかしくなった。
晴彦は本当の事しか言えないのだから、聞いてしまえば知りたい事はなんでも答えてくれる。しかし、しかし、嘘をつけないからこそ、偽りのない真実の答えを聞くのが怖くて美玲はその質問を心の底へ封印するのだった。
<まずは夢の内容が本当か確かめないと!>
その日を境に美玲は晴彦に沢山話しかける様になった。そして、夢の内容が真実だと確信する様になっていく。しかし、どんなに会話を重ねても美玲が本当に知りたい事については、結果を恐れて聞くことが出来なかった。
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