第8話

晴彦は夢の中にいた。夢である事を晴彦がすぐに理解したのは、晴彦の目の前に立っている人物が江戸時代の侍と町娘だったからだ。彼らは晴彦の存在に気付かず、二人の世界で愛に満ちた会話を交わしていた。


侍は町娘に自身の熱い想いを告げ、一方の町娘は身分差を気にして遠慮がちになっていた。侍は愛があれば身分など関係ないと町娘に囁き、晴彦が蔵で見つけた真実の鏡をプレゼントした。侍はその鏡には我が家の家紋が入っていて家紋入りの品は武士にとって大変に大切な品で、それを贈ることが、彼の真心を示す証だと語った。


町娘はその様な品を贈られるくらいに自分の事を愛してくれる事実に大いに喜んだ。侍と町娘はそっと寄り添い愛の口付けを行なった。


しかし、その後の夢の場面は一変した。町娘が役人に捕まえられ、家紋入りの鏡を武家から盗んだという罪で厳しく尋問されていた。町娘は必死に自分の無実を訴え続けたが、役人たちは彼女の言葉を信じようとはしなかった。


そして、長時間の取り調べの中で、町娘は家紋入りの鏡が侍が婚約者の姫に贈る予定だったものであると知った。侍の愛の囁きは全て嘘で、他に愛する人がいたのだ。その事実を知った町娘の心は、一瞬で壊れてしまった。


ある夜、町娘は鏡を持って逃げ出した。逃げた先は広い川にかかる大きな橋の上だった。彼女は涙ながらに鏡に映る自分の姿を見つめていた。そして、何かを決意したように、手を合わせて祈り始めた。その祈りが終わると、町娘は鏡と共にそのまま川に飛び込んでいった。


場面は変わって晴彦は何故か町娘と向かい合っていた。穏やかな顔で目を瞑っていた町娘が、突然目を見開き鬼の形相で晴彦をにらみつけた。町娘からは女性の声とは思えない低い唸り声が聞こえた。


「嘘で女を泣かす男は許さない!」


そして町娘は叫んだ。その言葉が何度も晴彦の頭に響いた。そしてゆっくりと晴彦の意識は霧のように薄れていった。


気がつくと親戚の家の布団で寝かされていた。


そして、彼の手には依然としてその鏡が握られていた。倒れていた晴彦を助けようとしたとき、彼はどんなことがあってもその鏡を手放そうとしなかったらしい。

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