第八話 稀代の悪女の真実①
『この手記をあなたが見つけてくださる保証は何もありません。
ですから本当に覗いてくださるかだなんてわかりませんが、現在あなたがこれを読んでくださっているということは、私の最期の望みが叶ったのでしょう。
これはただの悪女の長い独り言のようなもの。
真実かどうかは私には証明のしようがありませんから、あなたには信じていただけないかも知れません。それでもいいと私は思っています。
ただ、私が生き、あなたを愛したことを書き残したかっただけなのですから。
私――オリヴィア・プラウズは十度の人生を生きています。
そんな奇怪なことになった経緯、そして今までの私の生の全てをここに明かしましょう。
一度目の人生、私は何も知らぬ幼子同然でした。
お母様――もっとも、形見のペンダントだけを残して私が物心つく頃には亡くなっていましたが――と王妃様が親しかったからこそ他の御令嬢より早く知り合えた三歳下のあなたと幼馴染となり、婚約いたしました。
最初の私にとってあなたは可愛い弟のようなもので、それ以上でも以下でもなかった。
あなたと将来結婚すると聞かされてもあまり実感が湧かなかったのをよく覚えています。
あなたがどう思っていたかはわかりませんけれど。
それでも私たちは日々を重ねて成長し、何事もなく婚姻を結ぶはずだったのです。
その後にでも夫婦としての愛情を育むことはできた。しかしその機会は永遠に訪れませんでした。
あなたは十四歳のある日、何者かによって暗殺されました。
表向きは病死という風に発表されてはいましたが、健康過ぎるほど健康なあなたに限ってそれはあり得ないと私は確信しました。だってその三日前、あなたにお会いしたばかりだったのですから。
失って初めて私は、自分にとってあなたがどれほど大切な存在であったかを思い知りました。
まるで胸に穴が空いたかのような喪失感に耐え切れず、お母様が遺してくださったペンダントの蒼い宝石を握りしめ、私はただ願いました。
――あなたの元へ戻りたい、と。
それは奇跡でした。
いいえ、本当は奇跡などではありませんでしたけれど、その時は確かに奇跡だと思ったのです。
なぜなら、私は願った通り、あなたの元へ戻れたのです。
あなたと婚約を結んだ頃に。
時を戻ったのだとわかると、私は当然ながら動揺しました。
侯爵家の娘として育てられ滅多に微笑みを崩さないように教育されていた私ですが、数日寝込んでしまったほどです。
そんな私を見舞いに来てくださったのはあなたでした。
まだ七歳だったあなたは本当に愛らしかった。その姿を見て私は思ったものです。
どうして時を戻ったのかはわからない。けれどそんなのは関係ない。なんとしてもあなたを守ろう。
この時、私が抱いていたのは使命感とあなたへの親愛だけでした。
さて、二度目の人生のことを語りましょう。
二度目はただただ必死でした。一度目の人生と同じことが起き、運命を変えなくてはと焦りながらも、あなたとはよく顔を合わせていました。
あなたとのお茶会の時間だけが、私にとっての癒し。
それ以外の時間はずっと、独りであなたを死なせないために考え続けていました。一度目の世界では得られる情報が少な過ぎて、一体誰が暗殺者だったのかの手がかりを少しもつかめなかったことが悔やまれます。
密偵を雇って腹黒そうな貴族を調べ上げたのですが、全くと言っていいほど成果は上がらず。
陛下に直談判してあなたの毒見係を信頼のおける者に変えていただいたりしたけれど、結局意味はありませんでした。
あなたは、私の目の前で死んでしまったのですから。
プラウズ侯爵家で出されたお茶に毒が入っており、それを飲んだあなたは苦しみ悶えながら息絶えました。……それをただ見ていることしかできなかった私がどれほど苦しかったかは筆舌に尽くし難いですが、きっとあなたの方がその何倍も苦しかったことでしょう。
あなたを守れなかったという自責の念に苛まれているうち、父に迫られ、隣国の皇国の皇子に嫁がされました。
皇子は私を深く愛することを誓い、事実溺愛しましたが、彼は私にとって少しの価値も見出せませんでした。常に私の心にいるのはあなただけでしたから。
私は数年かけて、お茶を用意したメイドに指示をした者を突き止めました。
皇子に半ば監禁されているような状態でしたから自由は少なく、過去に雇っておいた密偵に最低限の情報を伝えて調べさせたのです。
そしてその結果を聞いてから、私は再びペンダントを握り、祈りました。
時を遡った私が行き着いた先、そこは二度目と同じあなたと婚約をしたての時でした。
三度目、今度こそ成功するはずだったのです。
あなたを連れて逃げる。これが私の目標でした。
あなたを暗殺した者たちを許せはしません。しかしこの頃の私にはまだ覚悟が足りなかった。
プラウズ家の金をくすねれば五年は安心して暮らせると考え、逃げた先で適当な住まいを見つけて、そこで姿を変えてでも細々と生きていく計画を立てたのです。
そしてそれを私は実行しました。
あなたを私の屋敷へお招きした時、護衛の目を盗んで二人で屋敷を抜け出し、王都から遠い辺境の地に向かったのでした。
あなたは最初大変驚かれていましたが、すぐに私を信用してくださり、たとえ王子でなくなったとしても私と暮らしたいとおっしゃってくださいました。
私がその言葉にどれほど救われたかわかりません。
銀貨一枚でこぢんまりとした家を買い、私たちはそこに住まうことになりました。
突如始めた平民としての暮らし。苦労することも多く、何せ子供だけですから悪人に何度騙されそうになったことでしょう。
それでもどうにか生き抜く術を身につけ、一年経つ頃には平民たちに混じって働くようになりました。
あなたの名を呼び捨てにするのを許されたのは、この間のことです。
一度目の世界でも二度目の世界でも、私はあなたのことを殿下とお呼びいたしておりました。そして王都を逃げ出した後はスチュアート様と。
それをあなたは、「僕はもう王子じゃないんだから」とおっしゃって、呼び捨てするように言われたのです。
初めて名前を呼んだ時、私の胸はこれ以上なく高鳴りました。
その頃になってようやく、私は気づけたのでした。
スチュアートを、好きになっていたことに。
しかしその想いを口にすることはありませんでした。
何せあなたはまだ幼かったですし、私の身勝手な恋心であなたを縛ってしまうのが嫌だったのもあります。
ですから私は、あなたと一緒に暮らせるだけで幸せだと満足しようとしました。あなたが生きていてくれる、それだけで嬉しいのだと。
私が町で働き、買い物をして帰って、あなたは料理を作って私を待ってくれていて。
何気ない毎日が過ぎて行きました。あれほどに幸せな日々は、その後何度時を繰り返してもなかったほどに。
そんな風にして七年が経ち、あなたは十四歳、私は十七歳。
もうあの悪夢からは逃れられたのだから大丈夫だと思っていました。しかし、それは間違いでした。
どこから情報が漏れたのでしょう。
服装だってまるで違うし、髪色も変えていました。なのに私たちは王国の兵によって見つかってしまった。
私はあなたを伴って逃げましたが、すぐに追い詰められ。
そして、王子を誘拐した魔女として私が殺されようとした瞬間――あなたは護身用の宝剣を振るい、身を張って守ってくださったのです。
オリヴィア、逃げてくれ。
それがあなたの最期の言葉でした。
抵抗も虚しく敗れて兵士の剣に貫かれたあなたの亡骸を見ていたくなくて目を閉じた私は、無意識でペンダントを握り、祈っていました。
そして瞬きの後、また、あなたと出会った頃まで時を遡っていたのです。
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