第五話 愛する資格などない

 半年ほどの月日が流れて、すっかりオフィーリアが近くにいるのが当たり前になった。


 いつも破天荒なことばかりをしているし何せ伯爵令嬢なので使えないかと思いきや、彼女は意外に地頭がよく、やっているうちに着実に書類仕事が上手くなっていった。一ヶ月もすればスチュアートと比べ物にならないくらいの効率でこなし始めたのだからすごいとしか言いようがない。

 それからは彼女を秘書として雇い、働いてもらうことにした。……と言っても完全に仮であるからというのとオフィーリア自身が望まなかったので賃金は小遣い程度だし、関係性は今までと変わりなかったが、これで彼女が王子の別邸を出入りする正当な口実ができ、さらに頻繁に出入りするようになったのだった。


 彼女は婚約者がおらず、親から迫られているものの決めるつもりはないらしい。「スチュアート様がいんですのよ!」などと言う。


「だって他の殿方は私を避けるんですもの! 失礼だと思いません? その点スチュアート様は素敵ですわ! 私にきちんと向き合ってくださいますもの!」


「……僕は」


「魅力的ではないとでもおっしゃるの!? そんなことはありませんわ! スチュアート様、もっと自信を持つべきだと思いますの!」


 ――そういう問題ではないのだ。

 スチュアートは自分の容姿について『かなりいい方』だと評価している。銀髪に琥珀色の瞳。身長はあまり高くなくオフィーリアと同じくらいだが、擦り寄ってくる令嬢たちの数を考えれば女好きのする美丈夫なのだと嫌でもわからされる。


 しかし、いくら女性にとって魅力的に感じる男であったとしても関係ない。

 スチュアートにはオリヴィア以外を愛する資格などないのだ。あの夜の口付けの呪いに囚われ続けているままである限りは。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 オフィーリアを好ましく思うようになるまでそれほど時間はかからなかった。

 初めは運命を感じ、オリヴィアと違うのだとわかって勝手に失望し迷惑がったりなどしたが、最近は彼女をすっかり受け入れ、彼女の溌剌とした笑みが一日のやりがいにすらなっている。


 自分が彼女に惹かれていると気づいたのは、一体いつのことだったか。

 スチュアートは自分の感情が信じられず、だがこれが勘違いなどではないとわかると、大きく動揺した。


 オリヴィアを思い出すだけで切ない愛しさが湧き上がり、胸が痛くなる。

 いまだにオフィーリアと言葉を交わしているとふとオリヴィアを思い出し、過去に引きずられることが多くあった。だというのに自分は、あろうことかオフィーリアに恋してしまっているのだ。


 ――そんな身勝手な話、あってたまるか。


 オフィーリアの笑顔は愛らしい。――だがそれはただ、オリヴィアが自分に笑顔を向けてくれているような気になってしまうからではないだろうか。

 オフィーリアの破天荒さは時に迷惑だが、心地良かったりする。――それもやはり同じ。オリヴィアと重ね、勝手にオフィーリアを彼女と置き換えているだけではないのか。


 オリヴィアとは違う。何度も何度も何度も何度も、そう思った。

 そのくせスチュアートは、どうしても二人を重ねてしまっている。瓜二つ? 生まれ変わりのよう? だから何だ。たとえなんらかの関係や血縁があったとして二人は全くの別人物だろうに。


 たとえばオフィーリアが全く別の令嬢の見た目をしていたとして、ここまで絆されることがあったろうかと考えた。

 答えは断じて否だ。彼女だからこそ、金髪に碧眼、顔立ちまでオリヴィアの生き写しな彼女だからこそ、スチュアートは興味を持ち、言葉を交わし、近くにあることを許したのである。


 そんなので彼女の気持ちに応えることができるわけがない。

 当然、わかっている。オフィーリア・ブラッドリーの言葉が本気以外の何者でもないことくらい。


 だが間違いなく、スチュアートと結ばれたとしても不幸になるだけだ。

 永遠にスチュアートは彼女の中にオリヴィアの幻影を見、追い続ける。いつかオフィーリアがどこかで真実を――自分と稀代の悪女の類似点を知った時、それまでの幻想は崩れ去ることになるだろう。


 そんなのは嫌だ。

 彼女を諦めさせ、離れさせる方法は何かあるだろうか。


 奔放でありながら優秀な秘書を失うのは惜し過ぎるほどに惜しい。きっと彼女がいなくなれば、無味乾燥な毎日が戻ってくるに決まっている。

 それは承知の上で、この穏やかでありながら不穏の影のさす現状をどうにかしたかった。


 どうにかしなければならなかった。

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