第10話 朝から勝利を味わう少年

「えっほえっほ。……ちょ、ちょっと疲れて来たかなぁ。この辺で今日は終わりって事で」


『ダメに決まってんだろ? その貧弱な体力をちっとはマシにしなきゃならねぇんだ、こんなんで済ます訳ねぇだろうが』


「そんなぁ……。初日なんだしもっと手心を」


『だから優しく指導してやってんだろうが。はい休憩終了、さっさと走れ』


「もう!? ……んもう!!」


 朝の五時頃、日も出始めた位の時間帯にジョギングをする僕。

 勿論やりたくてやってる訳じゃない、頭の中の同居人が体を鍛えろと急かしたからだ。

 まだ筋肉痛なのにぃ。ってそう言ったら……。


『安心しろ、初日だしキッチリ勘弁してやるよ』


 なんて言ってたのに、全然体がキツいよぉ!

 春先なのに僕は汗だくで、息も絶え絶えで強制的に終了させられた小休憩の後、再び足を動かしていた。


「ぜひゅーぜひゅう……。も、もう一回だけ休ませておくれよ……。これじゃ死んじゃうよ」


『情けねぇなぁ……。これぐらいで音を上げるとは。それでも男かよ?』


「い、今の時代それは男女差別というもので……」


『時代を言い訳にすれば頑張らなくていいってか? そんなわけねぇよな。俺はお前の為にもその貧弱な体をどうにかしろと言ってるんだぜ? 普通は感謝されてもいいぐらいだよな、お前もそう思うだろ?』


「別に僕は今のままでも満足して……」


『うるせぇな! ダラダラと御託を並べてないでいいから黙って従え!』


「そんなぁ……」


 頭の中でガンガンと鳴り響く彼に急かされて、僕は嫌々ながらも足を進めるしかなかったのだ。

 よく考えたら傍から見たら一人で会話をする僕って、やっぱり危ない人じゃないか? 人の居る時間帯は気を付けなきゃ。


 そんな風に考えていた時、ふと、今居る道の目の前で誰かが立ちふさがっている事に気付いた。


「テメェか? この辺りまで根を張ってた舵開の番を潰した高島って野郎は?」


「ふぇ? ど、どなたですか?」


 舵開って昨日乗り込んだ不良の人達の高校の名前だ。番っていうのは番長の事かな?

 確かに彼を倒したのは一応不本意ながら僕で合ってるけども、でもなんでそんな事を?


「俺は三つ離れた地区に住んでる山田だ。高島! テメェを飛ばして名を上げさせてもらうぜ!!」


 そう言うやいなや、山田さんという人はいきなり僕に向かって殴りかかってきた。

 一体何なんだよもう!!


『早速来やがったか、お前の噂を聞きつけて挑んでくる連中がよォ』


(え? 何? 何の話をしてるの?)


『昨日倒した雑魚は、あんなんでもこの辺りまで影響力があったヤンキーの頭だ。それを倒したって言うんでお前の首を獲りに来たんだろう。ヤンキーとして名を上げる為にな』


(何それぇ!? じょ、冗談じゃないよ! なんでそんな危ない目に遭わないといけないのさ!?)


『仕方ねぇだろ? そうなっちまったんだからなァ。ほら、モタモタしてるとぶん殴られるぜ』


(そんなぁ、話し合いでどうにかならないの!?)


『なるわけねぇだろ』


 無慈悲な言葉を聞きながら、僕は慌ててその場から飛び退く。すると僕がいた場所に拳が振り抜かれていた。

 あぶなっ。もう少し遅かったら当たってたんじゃないの今の。っていうか僕に当たらないで欲しいんだけど。

 そう思ってたら今度は蹴りが飛んで来た。


「ひぃ!!」


 僕はそれを必死にしゃがみ込んで避ける。


『足だ。足を掴んで投げ飛ばせ』


(くぅっ! なるようになってくれ!!)


 そして立ち上がると同時に、相手の足を掴んで投げ飛ばす。


「ぐわ!?」


 あ、上手い事いったぞ。なんて感心してる場合じゃない!


「野郎ッ!!」


 相手は地面に叩きつけられてもすぐに起き上がって僕に襲い掛かってくる。僕はその攻撃を避けながら、何とか出来ないかと考えてた。だってこのままじゃいずれ攻撃が当たっちゃうよ!


 そして、その時が来た。


『今だ。思いっきり頭を前に突きだせ!』


(うぅ!!)


 相手が殴りかかってくるのに合わせて、僕は言われた通りに頭を突き出す。

 不良の人の攻撃は空を切り、僕の頭は不良の顎に直撃した。


「ぐっふ!? ……」


 山田とかいう不良の人はその場に倒れ伏し、僕は頭を抱え込む。


 痛みはないけど、自分の頭が割れてしまったんじゃないかと心配になったからだ。

 だけど僕の頭は無事だった。ものすごい痛たいけど。


「この人どうしよう……。このままじゃさすがにまずいよね? 風邪とか引いちゃうかも」


『公園のベンチにでも寝かせときゃいいだろ。だいたい向こうから喧嘩を売ってきたんだから、本当ならそこまでやる必要なんかねぇんだよ』


 そうは言っても僕が気絶させてしまったんだから、罪悪感はやっぱり感じちゃうかなぁ。


 言われた通り僕は近くの公園のベンチに山田さんを寝かせて、ジョギングを再開することにした。


 ◇◇◇


 朝六時、ぜぇぜぇと息を吐きながらやっとの思いで家へと帰り着いた。

 つ、疲れたぁ……。


 こんなに体を動かすなんて、僕は別に運動部に入る予定もないのに。どうして二時間も走らなきゃいけなかったの? それに何で喧嘩を売られなきゃいけないの?

 色々と理不尽だよもう。


『ま、初日ならこんなもんだろ。じっくりと筋肉を冷やすんだな』


「そんなぁ……ひどいじゃないか。僕はまだ高校生になったばかりだっていうのに」


『ガタガタ抜かすな。高校生にもなってそんなモヤシ体型なのが悪いんだよ』


「もう、そんなに言うなら君が僕の体を使って走れば良かったんじゃ……」


『それじゃあお前の根性が身につかねぇだろうが。俺は優しいからな、ちゃんと自分でやらせてるのさ』


「う~、納得いかないよ。僕はただの一般人なんだから、そこまで気合を入れる必要なんかないと思うんだけど」


 そうぼやくと、彼は呆れたように溜息をついた。





[あとがき]

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