第9話 初めての二人

「はっ。……僕の部屋? いつから寝てたんだろう?」


 目を覚ますと僕は自分の部屋のベッドで横になっていた。

 やっぱりあれは夢だったんだなぁ。

 でも不思議なことにいつ帰ってきたのかは全く思い出せない。

 確か不良の人に殴られてそこまでは覚えているんだけど、そこで気を失って……。


 もしかして、静梨さんや涼華ちゃんが家まで運んでくれたのか?

 だとしたら悪いことをしたなぁ。

 真っ先に殴られて気絶して、迷惑をかけてばかりだ。恥ずかしいぃ。


 あれ? でもあの二人って僕の家知ってたっけ? 大まかな住所しか伝えてなかったはずだけれど……。


 ということは覚えてないだけで自分の足で帰ってきたんだな。

 わけのわからない夢は見るし、もしかしてどこかおかしくなってるのかな?

 今度病院に行こう。心療内科なのかな、この場合は?


「にしても、夢の中の僕はどうしてあんなに口が汚いんだろう? ものすごく暴力的だし、女の子相手に暴言も吐くし、何より性格が悪い。……僕って本当はああいう風になりたいの? はは、まさか……。あんな風になったらもっと友達が出来無くなる」


『……悪かったなァ。友達も出来ないような性悪でよォ!』


「ひぃ!? だ、誰!!?」


 一人しかいないはずの家の中なのに、どこからか声が聞こえた。

 ものすごく意地の悪そうな声をしている。でもあたりを見回しても誰もいない。

 ど、どういう事なの!?


『いくら探したって見つかりゃしねえよ。だってそうだろう? 俺はお前の頭の中に住んでるんだからなァ』


「ま、まさか!? ……きっと僕はまだ夢を見てるんだ。こんなことが現実に起こるはずがない、疲れが溜まってるのかな? よし、目を覚ませ僕!」


『お前にとっては残念な事だろうが夢じゃ終わらないんだよ。寝ても覚めても俺はお前の中に居る。お前が今まで気づいてなかっただけで、俺はお前が生まれた時からずっと居たんだぜ』


 そんな馬鹿な!? ……この口調に憶えがある。最近よく見る夢に出てくる”僕”と同じだ。

 夢じゃない? じゃあもしかして!?


「不良の人たちを殴り飛ばしてたのは、僕?」


『やっとお前のおめでたい頭でも理解ができたようだな。厳密に言えばお前の体を俺が乗っ取ってたんだが。ま、細かいことはこの際どうでもいいぜ』


「いや、細かくないよ!? じゃあ僕は今日、他校に乗り込んで不良グループを壊滅させたことになるじゃないか!?」


『実際その通りじゃねぇか。別にいいだろ? 町のゴミを駆除してやったんだから、感謝されてもいいぐらいだ』


「な、なんてことを……! という事は、僕はこの口であんな汚い台詞を吐いた上に、静梨さん達にも暴言を……。明日からどんな顔をして会えばいいんだ!?」


 直接殴ってきた不良の不良の人になら正当防衛が成り立つけど、心配してくれた二人にまで暴言を吐くなんて。申し訳なくて静梨さん達と顔を合わせられないよぉ。

 うんうんと頭を悩ませる僕の心情を知ってか知らずか、彼はケラケラと笑いながら話しかけてきた。


『ひゃははは! 長い人生だ、このくらいのスパイスは受け入れろ。俺はスカッとしたぜ? なんせ生まれて十五年目にして、初めて体を好きに動かせたんだからな!』


「……十五年間も君は僕の中に居たんだ。全然気づかなかった」


 彼はこの前初めて体を動かせたんだ。

 そう思うとこれ以上怒る気にもなれなかった。


『寂しかったぜぇ兄弟。俺の方からいくら話しかけても、お前は一言も返してやくれなかった。親父もお袋も、当然俺の存在に気づかない。退屈で退屈で、おかしくなりかけた。……それを思えばちょっとグレたくらいで済ませたんだから可愛いもんだよな』


「ちょ、ちょっと? 下手な不良よりよっぽど怖いんだけど……。でも、どうして今になって表に出てこれるようになったの?」


 彼の境遇には同情はするけれど、あんまり僕の体で好き勝手暴れられるのちょっと勘弁して欲しいかなーって。

 でもそれはそれとして、どうして会話ができるようになった理由を知りたかった。

 だけれども……。


『そんなのは俺が知りたいぐらいだぜ。だが都合がいいのは事実、今はようやく始まった俺の人生を謳歌したいもんだ。死ぬまで付き合ってもらうぜ?』


「勘弁して欲しいかなーっていうのは……」


『俺とお前は一心同体。今すぐ俺との関係を終わらせたいってんなら死ぬ以外の選択はねぇな』


「だ、だよね~。は、ははっ。はぁ……」


 そりゃあ、一度は死にたいとも思ったけれど。不良の人を彼が返り討ちにしてしまった事でもうそんな風には思わずに済んでいる。

 結局、僕たちは一つの体を共有して生きていくしかないんだ。前途多難だぁ……。


 ぐぅ……。


 お腹が鳴ったどんなに悩ん出てもお腹は減るから仕方ないか。


「夕飯作らないと。……あっ!?」


 ベッドから起き上がろうとしたんだけど、体中が痛くて起き上がるのがきつい。

 これは一体?


『あれだけ派手に暴れたんだ、筋肉痛に決まってんだろ』

 

 筋肉痛?

 確かに、言われればこの痛み方はそれだ。ものすごく久しぶりだから直ぐには思い出せなかった。


「でもこんなにきつかったっけ? 腕を軽く動かすだけでものすごく痛い」


『普段からロクに運動しないからそうなるんだ。だから体力も無い上に筋肉も無い。体を動かさないから関節も硬いときた。おかげでこっちはキッチリ計算して喧嘩をしなきゃならん羽目になったんだ。いい迷惑だぜ』


「そんな言い方って……。でも、大抵の不良を一撃で倒していたような」


『よく思い出せよ、全部急所や関節を狙ってただろうが。大体、体力がないから一撃で倒すしかないんだよ。今日だってわざわざ不意打ちでヤンキー連中を倒してたのはそういう理由だ』


 そうだったんだ……。喧嘩のあれこれなんて知らないから、全然わからなかった。

 しかし困ったぞ。この筋肉痛じゃ料理が出来ない。


『今日は大人しくカップ麺でも食うんだな。戸棚にストックがまだまだたくさんあっただろ』


「どうしてそのことを……。ああそうか、僕と同じものを見てるんだもんね」


 というわけで今日は彼の提案に乗って、おとなしくカップ麺を食べよう。

 でもキッチンに行くのも辛いよぉ。



 なんとか時間をかけてキッチンにたどり着いた僕は、お湯を沸かしつつ、何のカップ麺を食べるか考えていた。


「う~ん、醤油にするべきか? 豚骨にするべきか? でも塩もいいし味噌もいい。そもそも本当にラーメンにするべきか? うどんもそばも焼きそばもある。こうして見ると悩んでしまうんだなぁ」


『一々優柔不断な野郎だな。……おい、俺が決めてやる。味噌にしろ』


「え、なんでまた?」


『この間見たCMでそのカップ麺が映ってた。それだけじゃダメか?』


「別にいいけれど。……そんなのやってたかな?」


 CMなんて一々覚えてないから、いまいち思い出せない。確かにやってたような気がしないでもないような。

 とりあえず決まったことだし、味噌を選ぶことにした。


 それから数分後。


 キッチンタイマーが出来上がりを知らせる。

 フタの隙間から漂ってくる味噌の匂いにお腹も興奮し始めたぞ。


「よし、そろそろ食べよっか。いただきまー」


『あ、ちょっと待て』


 え? そう思った矢先に、僕は自分の意思では指先ひとつ動かすことができなくなっていた。


『あ、あれ?』


「これがカップラーメンの匂いってやつか。食欲がそそられる、これが美味そうって感覚なんだなァ」


 彼は僕の体を乗っ取ると、ラーメンの蓋を開けて箸で麺をすくい上げた。


「へぇ……これがラーメン。そうか、ふぅん……」


 まじまじと麺を見つめ、匂いを嗅いで、そして口へと運んでいく。


「っ! ほう、いいじゃねぇか。うん……っ」


 きっと味は堪能してるんだろう。じっくりと口を動かす彼。


『……そんなに時間をかけてると麺が伸びちゃわない』


「ちょっとくらいいいだろ? 俺はこれが人生で初めての飯なんだから。……そうか、これが美味いって感覚か。そうかそうか」


 何だろう? 今の彼の気持ちが手に取るようにわかる。

 ラーメンを食べる彼は、その声色からも、不良の人達と喧嘩をしていた以上に心の底からご飯は楽しんでいるように思える。


 十五年。

 それだけの間自分の意思じゃ指一本動かすことが出来ず、僕の目と耳を通して知る以外の事が出来なかった。


「うん、うん……。なるほど……やっぱり具材ごとに味が違うな。面白いじゃねえか、”食べる”ってのはよぉ。……へへ」


 その心情を理解するなんてきっと僕には一生無理なんだろうし、想像することすらおこがましいことなんだと、なんとなくそう思った。

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