第五話 蛍火の魔女 その名はマリー

あれは一体なんだったのだろうか?


今でもマリーはあのことが頭に残っている。


マリー・アスタ。19歳。炎系魔法を扱う魔法使い。地方の街ハリムのF級冒険者だ。17の時に同じ村にいた幼馴染達とパーティーを組んで冒険者を始めたが、臆病な性格のせいでまともに戦えず置いてけぼりの状況にあった。そしてパーティーの足を引っ張らないように自ら抜けた。魔物を倒せず、力は身に付かず、薬草集めや雑用の手伝いといった初心者クエストを回るばかり。


そんなある日いつもは入らなかった森の奥へ思い切って入ってみた。一応冒険者ギルドで訓練はした。低級の魔物一匹くらいはと思っていた。今までの自分や自分の置かれている状況にうんざりしていた。それを変えたかった。


森に少し潜った所で早速5匹のゴブリンの群れを見つけた。先制攻撃とその後の戦闘で2匹は倒せた。でも2匹目を倒したところでMP(マジックポイント)が切れた。1匹目は不意打ちの1発で倒せたけど、2匹目に火弾(ファイヤーボール)を無駄撃ちしすぎたのだ。MPが切れた後は想像通り、悲惨だった。そして目が覚めると洞窟の中にいて、これから起きることを想像して恐怖するはずだった。


ゴブリンは個体としては極めて弱いがその数と拡張性が厄介だ。圧倒的な数を揃え、運良く生き残った個体が進化するその繰り返しで上位級のゴブリンが生まれたら国をも滅ぼしかねない。そのゴブリンの圧倒的な数を支えているのが、ゴブリンの繁殖能力だ。ゴブリン自体、自然生成される数が多いが、ゴブリンは人の形をした雌ならなんでも犯す。そして、一回の交尾で5匹ほど産ませる。そしてそれを雌が死ぬまで何回も繰り返すのだ。


こんな残虐な魔物、これでも神のダンジョンで召喚できる。つまり、はるか昔にまだ一つだった頃の神々が想像した魔物なのだ。自分達が創造した人々を強くするために、最初に倒せる魔物。そう、初めゴブリン達は人間やエルフ達に殺されるがためだけに生まれたのだ。だから殺しても躊躇いがないように醜い姿にされたという。


流石に気の毒な話だ。そして、今のゴブリン達はそんな神から与えられた理不尽の中で生き残り繁栄しようと"適応"した結果だ。


この圧倒的な繁殖力で何度か人類の王国を滅ぼそうとし、事実大小複数の国が滅びた。天神達にとってもこれは意外なことだったらしく。一度ゴブリンを絶滅させようと加護や信者達を使ったが、邪神の妨害と一部進化したゴブリンの賢さもあって絶滅させることができなかった。


マリーはゴブリン達に恐怖するはずだった。しかし、その前にもっと恐ろしい恐怖を目撃する。


洞窟の奥の方からだらうか?一体のリビングアーマーが現れた。


大きさからして下級辺り?そして本で見たダンジョンのリビングアーマーと見た目が一致しないから天然のリビングアーマーだろうか。しかしここら辺ではリビングアーマーの目撃情報はないはず。


リビングアーマーは複数の個体が同時に出現することが多い。もちろんあんな感じで一体だけ現れることもあるにはあるのだが。


そんなことを考えてる合間にゴブリン達とリビングアーマーが戦い始めた。ゴブリン2匹はリビングアーマーを前後に囲むように動き始める。


マリー自身も3匹に周りを囲まれてやられてしまった。動きのとろい下級リビングアーマーじゃ同じ様にやられてしまうだろうと思っていた。


するとそのリビングアーマーは左側へ走り出す。片方のゴブリンに目をつけてもう片方はガン無視だ。


え、なんであんな風に敵に背を向けられるの??めちゃくちゃじゃん。てかリビングアーマーじゃゴブリンに追いつかなくない?あ、壁側に追い込んだ。え、そこまで考えてたの?あのリビングアーマー。


そして壁側に追い込んだゴブリンを斬ろうとした時、後ろからガン無視された方のゴブリンが襲いかかる。


あー、流石にもうだめかな?って思っていた。するとリビングアーマーは剣の持ち手の方でゴブリンをぶん殴っていた。


え、そこで殴るの???殴れるの??


そしてその後、リビングアーマーによるゴブリン達の虐殺が始まった・・・・・・。


恐怖でしかなかった。なぜあんなにも残酷にゴブリンを殺し、戦うことができたのか。パーティーを組んでいた時、幼馴染のアインとジャックは前衛を担当しいて、時々魔物の返り血を浴びることはあった。だが、目の前のリビングアーマーはその比にならないほど血どころか臓物でベチャベチャだった。あ、こっちを見ている私も殺すのだろうか?


本能的にステータスと持ち物を確認する。マリーの愛用する初心者用の魔法の杖はゴブリン達が一緒に運んでいたようだ。そしてMPが切れてから数時間経ったのだろう。自然回復した分で火弾を1発撃てる分のMPが溜まっていた。杖を媒体に火弾を放つ。そうした方が火弾の生成速度の短縮や消費MPの削減ができるのだ。恐怖で錯乱していた私にはその時そうすることしか頭になかった。そして、杖から弱々しい火の玉を放つ。


倒せてしまった。あっけなさすぎた。一瞬自分で本当に倒せたのか疑問でボーっとしてしまった。そして我に返ると、目の前に何か光るものが落ちている。見ると黒いバッジみたいなものだ。初級リビングアーマーが屑鉄以外落とすなんて珍しい。そう思いつつも早く街に戻ろうと洞窟の出口あるはずの道へ走り出した。


なんとか洞窟を抜け出せたかと思うと向こう側からc級冒険者のダントンさんとムートンさんが駆け寄ってきた。この二人はハリムの街で新人冒険者に人気なベテランコンビだ。マリー自身もパーティーにた時はかなりお世話になっていた。

二人が駆け寄りムートンの方がマリーに回復魔法(ヒール)をかけ、ダントンの方が周囲を警戒する。


『よかった、無事だったか。夕方になっても帰って来ないって街の人から通報があったから一斉捜索をやってたんだぞ』

ムートンが回復魔法をかけながらマリーにそう言う。


『どうせ少し森に深入りしたんだろ?初心者あるあるだ。だが、一人で行くのは流石に無謀すぎたな、マリーちゃんよ』

ダントンが周囲を警戒しながらぼやく。


『周りに魔物の気配はないな。よし、ずらかるか』


『一人で歩けるか?回復魔法をかけたからって・・・』


『いや、大丈夫です。一人で歩けます。回復魔法ありがとうございます』


3人は洞窟の前の坂道を下り、森の中を歩く。街の明かりが見える。どうやらそこまで街から離れてないようだ。移動してる間にマリーは二人に今まで起きたことを話す。


『・・・やはりゴブリンか。その変なリビングアーマーのおかげだな。運がいいよ。お前は』


『しかし・・・初級程度の天然リビングアーマーか・・・しかしマリーの話を聞く限り初級の動きにしては良すぎる気もするな。他に変なことは?』


『そういえば、たぶんなんですけどリビングアーマーがこれを落としたんです』


そう言ってマリーは黒いバッジもどきを手に出す。


『なんじゃこりゃ?リビングアーマーどころかこんなもの落とす魔物は見たことないぞ』


『鑑定士に見てもらった方が良いかもな・・・それにマリー、お前一度教会の司祭さんの所も行け。ひどい顔してるぞ』


『いや・・・これは別に・・・。たぶんリビングアーマーのゴブリンの殺し方がだいぶグロテスクだったので・・・』


『まぁ結局、そのリビングアーマー倒したんだろ?ゴブリン2匹も倒したんだし、ようやくF級冒険者のスタートラインを踏めたな。スタートダッシュとしては上々だぞ』


『まぁその結果俺たち冒険者全員でお前を探すハメになったけどな。だがもうすぐ2年か・・。お前達がハリムで冒険者登録をしてから』


ムートンがそうぼやくとマリーの顔が少し暗くなった。


『あぁ、すまないなマリー。気に障ってしまったかな』


『いいえ、大丈夫です。気にしないでください』


『まぁアイン達はもうD級でもうすぐC級試験を受けに王都へ行くからな。マリーも寂しいし、羨ましいんだろうよ』


『マリー、彼らと同期だからって気を落とす必要はないよ。彼らが優秀すぎるだけさ。冒険者は本来もっと時間をかけて成長していくものだからな。とりあえず焦るなよ。いいな』


『・・・・・はい、今日は本当にご迷惑をおかけしました』


そう話してるうちに、街の門の明かりが見える。


ハリムの街は私達がいる地方の行政、経済の中心を担っているのもあって周りをそこそこの石レンガの城壁で囲んである。

門の前には夜勤の門番と私の捜索に出ていたであろう冒険者達が集まって騒いでいる。ダントンが大声で彼らに声をかけて手を振る。向こうの人達もこちらに気づいて手を振る。そして他の人に連絡するためか一部の冒険者が周りに散り散りになって行くのが見える。私も苦笑いをしながら手を振った。


その日の夜は教会で過ごした。眠る前もあのリビングアーマーの戦いが頭の中に残る。


トラウマとして残っているわけではない。


ただ、あの戦い方が、あの姿が、すごく印象に残っていた。自分の中の何かを大きく変えようとする起爆剤になるような気がしたのだった。


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