冒頭(後半)

誰かから好かれたい、本当の自分を認めてもらいたい。そう思っていると恋愛にも飢えてくる。恋愛感情も中学の頃までどうでもよかったのに、やはり彼女が欲しくなるのは男の定なんだろうか。


野田ミレイ、彼女は隣のクラスの子で廊下を通るのを教室の中から時々見る。身長はまぁまぁあって髪は肩にかからないくらいの長さで後ろで一つに束ねてる。物静かで地味な子だったが、それが俺にとっては大人びてかっこよく、魅力的に感じたのだ。


ファーストコンタクトは一年の文化祭で少しだけ共同作業をした程度、プライベートな会話など一切なかったし、その時の自分にそんな勇気はなかった。


二年の課外の授業で偶然同じ教室になった。それもまぁまぁ近くの席に。それを気に思い切って話しかけてみた。


向こうもファーストコンタクトのことを覚えていてくれた。


まぁこんな癖者だし、印象には残るのだろうけど。それから時々ではあるが会話をしたり一緒に帰ったりもした。


もちろんナオト達にはバレずにこっそりとだ。彼らには彼女なんていらない、俺の恋人はアニメだけさと豪語していたし。バレたらどんな目に遭うのやら、想像もしたくない。


彼女との会話は本当にぎこちなかった。できるだけ自分の好きなものの話は避けて、お互いに質問とその回答を繰り返していたがどうしても繋ぎ代わりに自分の好きなアニメの話をしてしまう。そのことを会話をし終えた後でひどく後悔するのだが、会話をしている時はそんなことを考えている暇はなかった。


彼女と話したり、観察をしたりしていると、見た目はしっかりしててクールだけど実は時々ぼーっとしてることもあるみたいで意外とのんびりやさんだった。


見た目でそう感じるのはおそらく表情が薄いからだろう。それを知って俺はさらに彼女についての思いが強まった。普通にかわいいと思ったし、彼女についてもっと知りたい、もっと笑顔な所を見たいと強く思った。


だが、思いを募らせるとそれがあまりにも一方的すぎることに気付く。こんな俺のこんな一方的な感情を押し付けるなんて、一歩踏み間違えればただの変態だ。恋なんてものには程遠いと思えてきたのだ。


彼女が俺に対してどう思っているのかなんてさっぱりわからないし、今もこれからもこの感情は押し殺し続けないといけない。なら彼女とこれからどういう関係でいればいいのだろうか?


意外とその答えはすぐに出た。簡単な例えでいえばそう、姫と騎士だ。


彼女にとっての白馬の王子になんかなれないし、正直そんなキャラは嫌いだ。だから彼女の思いを打ち明けることなく常に胸の中に留めながら、害なすものを泥臭く返り血を浴びながら黙々と惨殺する。


自分がアニメの向こうで憧れていた戦士や兵士達のように。彼女と彼女の真の幸せのために、安い命を捨てられる騎士に。大げさかもしれないけどせめてこんな立ち位置で彼女を見守りたいと思っていたのだった。


高校2年の冬。冬季の課外最後の授業を終えてミレイさんと一緒に帰ってた。


『ハァ、せっかくの冬休みなのにこんなに課題出しやがって・・・めんどくせぇよぉ〜。』


『昨日も課題出たのにね。そういえば前田くん、昨日のやつ終わった?』


『あぁ、あれ?あれなら昨日のうちに潰したよ。少し手こずったからそのあとのゲーム夜更かししちゃった。』


『(笑)また一時間目から寝てたもんね。でも、あれもう終わらせたんだ。すごいね。』


『いやいや、頭にちゃんと入ってるのかって言われたらyesって答えれないよw。それにやらないといけないこと、それも特段めんどくさいやつはすぐに片付けたいからさ。てか、もう2年だ〜母ちゃん(絶対人前でママなんて言えるわけがない)が言ってたみたいに高校生活ってあっという間だよね。』


『だよねぇ。そうだ、前田くんは進路決めたの?』


『うーん。とりあえず、地元の大学かな?まぁあそこだと受かるかわかんないけど、とりあえず安くて手頃な国立大学の機械系目指すよ。』


『え、めちゃくちゃ大雑把というか、適当じゃん。それで大丈夫なの?』


『正直興味ないっていうかどうでもいいんだよね。まぁ行っとくだけ損は無さそうだから行く感じ、とりあえず浪人だけは死んでもやだだから(笑)。そうゆう野田さんは?目指す大学とかあるの?』


『・・・私ね、行きたい私立の大学があるんだ。ここからいくつか県をまたいだ所なんだけど。』


『えーと、もしかして芸術系のやつ?野田さん絵画描く部活入ってるし。』


『そう!成績的には少しだけ背伸びしてるけど行きたい所なんだ〜。』


野田さんの絵は見たことがある。一年、二年と文化祭で作品を出していたから。言わなくても察せるだろうけど、俺自身芸術はよくわからない。音楽は好きだが、絵画となると風景画を見て『わーいい景色〜』くらいにしか思えないし、人物画とかになると全く興味を示さない人間なのだ。


幸い野田さんの絵は風景画の類(だと思う)、少なくとも俺が興味をそそられるものだった。雨や夜、月、雪、そしてそれらを背景にしてメインに写る花や建物が描かれてるものが多かった。


薄い暗い背景に対してメインのものをほんのり暖かく描くことによって強調させる。他の人の作品に対してもの寂しさや暗さが漂うが、決して不快ではなかった。ただ、彼女がどんな気持ちでこんな絵を描いたのだろうと気になったが、気軽に聞けることじゃないと自分の中で勝手にそう思い込んでいた。


『やっぱり絵好きなんだね。あ、でもここから離れてるんでしょ?一人暮らしでもするの?』


『うん、そのつもり。自炊とかもできるし、それも楽しみなんだ〜。』


一人暮らし・・・その言葉を聞いて少し気が沈んでしまった。いずれは自分もそれをしないといけないとわかってるのに。


『一人暮らしか・・・でもさ、寂しくない?俺はそれが嫌だからってのもあってできるだけ近くの大学選ぶよ。』


『私は普通に大丈夫だと思うよ。そんなに怖いことじゃないと思うけどなぁ。』


『・・・やっぱり野田さんしっかりしてるなぁ。やりたいこと、これからやることとかもやる気持って決めてるから。』


『・・・・?そんなにすごいことなのかな?それこそ前田君はどうなの?あんなにあのアニメ好きなのに、それを生かして何かしたいって思わないの?』


『俺は・・・ただあれが好きなだけだから・・・そう好きってだけで・・・・』


少しだけ自分のこの葛藤の断片を彼女に伝えれそうと思って言うべきか迷ってたその時だった。


目の前に男がいた。俺より身長があって体格もまあまあ。前から来ているのはかなり前から気づいていたが、こっちが二人で並んで歩いてるのにその真ん中をつっきるつもりだろうか、避ける気配がない。


なんだこいつと思ったが、距離が縮まってその男を近くで見た時戦慄した。年齢的には20代前半だろうか?12月の冬にしては少し薄着であること以外に服装の違和感はなかった。


ただその顔だ。恐ろしいほど見開いた目でこっちを見て笑っているのである。この世のものとは思えない顔だった。反射的に俺は野田さんを押しながら男に対して野田さんを庇う形で道を譲りながら避けようとした。


すれ違った瞬間、腹痛が走った。時々暴飲暴食をして腹を下す時とは違う痛みだ。思わず腹に手を当てると腹に身に覚えのない何かがある。見てみると何か長いものがついていて、黒い制服が赤くなっていた。


(あ、刺された。まじか、あれが通り魔ってやつか)


そう認識した瞬間、激痛と脱力感で床に倒れる。刺した男の方に目をやると野田さんの方に向かっていた。


片手には別の刃物がある。


野田さんは腰を抜かして泣いていた。ここは住宅街の小道、周りに人は見当たらない。


意外とまだ意識があったからそこまで状況は把握できた。ただ激痛で頭がいっぱいで何も聞こえないし、視界も少しぼやけてきてる・・・。


アニメで通り魔にキャラが殺されることは時々ある。試しに見たある人気アニメはヒロインをそれで殺したから胸糞悪くなって嫌いになった。


ただその度に思う。もし、実際に通り魔に出会ったら?襲われたら?答えは出してたし、刺されて倒れた時もなんとかそれを思い出せた。


答えは一つ


""""""差し違えても絶対殺す"""""""


なんとか立ち上がって、自分の腹に刺さっていた刃物で自分には聞こえないけどおそらく今まで発したことのないような狂った叫び声をあげて通り魔との短い距離を詰めてその背中に刃物を振りかぶった。


狙うは頭、ためらうな、どうせ死ぬなら徹底的に確実に殺さないと、暗殺術なんか知らないのだから絶対即死するはずの首より上を狙え。


通り魔達がどうして腹を狙うのか、死ぬ間際の顔を見て楽しむためか?それもあるだろうが、まだ殺しに罪悪感があるからだ。


まだこれからも生ていくつもりがあって変にトラウマを持ちたくないからだ。


だが残念、こっちは死ぬ気満々だ。お前がなんであろうと俺を刺したことそして野田さんを殺そうとしてること、これだけでお前は死刑だ。


どうせ俺は死ぬし、もっと苦しめて懺悔させて殺したいけど早くかたをつけるために即死にさせてやる。


歴史においても反撃という大義名分で正義を語り戦争を仕掛けた国は多い。今俺はそれと同じ愉悦感に浸っている。


刺された時にこんな心理状態になるとなんとなく想像の段階で見越していた。ただ、同時にどうせそんな上手くいくわけないとも思ってた。


案の定、途中で力が抜けて明らかに頭に刃が当たる前に俺が倒れる構図になった。それでも、俺の叫び声に驚いた通り魔が振り返ろうとしたことで向こうがこちらに近づく形になり、刃物が通り魔の首元に刺さって引っかかった。


通り魔の方も刺されるとは思ってなかったようだ。突然後ろ首を刺されて俺と並んで倒れた。通り魔を殺すことしか頭になかった俺は、まだ致命打を与えれてないことに気づく。


まだ右手に刃物があるのがわかるけど、体が動かない。まだ距離がある、早く殺さないと。


通り魔は刺された痛みでこちらに背を向けて丸くなって唸っていた。


(あーあ、俺より歳上で刺しに来ておいてそれかぁ。"一方的に殺す"ことしか考えてなかったのかなぁ。"殺し合う"ことを想像できなかったのかなぁ。そう考える俺の方がおかしいのかなぁ。まぁいいや、さっさと殺さないと)


刺された痛みを通り魔への殺意にして、這いずって少し近づく。右腕を伸ばして刃物を振りかざしてまた頭を狙う。そしてさっきまで震えていた通り魔は左側頭部に刃物が立った瞬間その不愉快な動きを止めた。


終わった。


人を殺した罪悪感は感じなかった。刺された痛みに対する怒り、そしてそいつが存在していることの不快感、大嫌いな蚊を殺す感じだ。


でも、蚊を殺すよりも疲れた、いや、もう死ぬんだった。


血がダラダラ出てる。


刺された場所によっては助かったかもしれないけどこりゃ出血多量で助からないだろう。


でもこの選択が最善であったと思うし後悔はない。そう思ってると視界に野田さんが入ってきた。泣いている。怪我は無さそうだ。声をかけてきて腹の出血を必死に抑えようとしてくれている。


『あーあ・・・ダメだよ。血まみれに・・・なっちゃうじゃん・・・・。容疑者にでもなったらどうするのさ・・・・・。』


現場に他の目撃者がおらず、生き残った当事者が野田さんだけな以上、野田さんが俺と通り魔を殺したみたいなイカれた捜査をするかもしれない。これが死にかけの俺が今後の野田さんの安全を保障する上で想像した最悪の結果であり、それを避けるために喋った。いや、なんで喋れるんだろう?


『何バカなこと言ってるの!ねぇ、なんであんなことしたの!こんなに血を出しちゃ・・・』


お互いに医学の知識は皆無だが、これだけ血を流すことの危うさと、さっきまでの俺の行動がさらに出血を促していたということは二人ともわかってた。


『・・・なら、刃物に・・触らないでよ。折角助かったんだから・・・その後で無実の罪で豚箱とか・・・シャレにならないでしょう?』


『・・・・なんで・・・助けたの・・・・?』


『野田さんみたいな人は・・・これから先色々やりたいことやって・・・・幸せにならなくちゃ・・・・その未来を・・・幸せを・・・あんなやつに・・・壊されるとか・・・胸糞悪いもん・・・。』


『・・・前田君はどうなのよ!わざわざ私なんかのためなんかに死ぬなんて私の方も胸糞悪いよ!』


こんな口調の強い野田さんは初めて見た。まぁこんな状況だからまともじゃいられないかもしれないけど、彼女が今まで隠してたものが見えた気がした。


もっと早く見たかったなぁ。


『・・・とにかく、忘れろっていうのは無茶だろうけど・・・あんまり気にしなくていいよ。野田さんは・・・これから先頑張って生きて・・・幸せになってくれたらそれでいいよ。俺はあなたのために命を張ることができて・・・よかったよ・・・。』


なんとか言い切れた。言い切れた瞬間、一気に視界がぼやけ何も見えなくなってくる。


好きなアニメの新作を見たかったな。


両親はこんな死に方した自分を褒めるような人じゃないよな、もっと孝行しておけば良かったな。


大学だったら俺と同じものが好きな人に出会えたかもな。


このタイミングで色々な後悔が頭をよぎる。でも、最後に野田さんの騎士もどきになれただけでもよかった・・・・・・




『変な子だね。そんなに未練はないのかい??』


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