エンディング Bルート 第二話
モモンガ。いや鈴木悟として久々にゆっくり眠ることができた。
普段であれば0時すぎに寝て六時起きというサイクルで仕事をしながらユグドラシルを遊ぶ日々。
もちろん同じ境遇の同級生よりは恵まれている。最初に入った会社はまさしくブラック企業という言葉が相応しい職場だったが、数年後営業先の縁もあり今の会社に転職することができた。下層で大変忙しい仕事ではあるものの、それなりに給料も良く職場の人間関係も悪くない。一癖二癖あるが比較的おおらかというか変人というか。しかしいわゆるパワハラのようなこともなかった。もっともこれは数年後に聞いた話なのだが、音改さんが手を回していたらしい。 ってことは、もともとの自分は最初のブラック企業で酷使されながらユグドラシルしてたのか。
それでもユグドラシルにのめり込んだのは職場で友人らしい友人ができず、鈴木悟にとって楽しいはやはりユグドラシルのアインズ・ウール・ゴウンというギルドにあったからだ。
だからこそ寝る間を惜しんでゲームをしていた。
「こんなに寝たのはいつ以来だろう」
家ではリクライニングの椅子をベッド替わりにしていたという暴挙におよんでいたが、ナザリックの私室に設置されたベッドは柔らかすぎず固すぎず絶妙なバランスの中、気疲れもあってすぐに深い眠りに落ちてしまった。
これも音改から貰った人化の指輪というジョークアイテムのおかげだ。
この指輪は、ユグドラシル開始初期に異形種が人間の街に入るために簡単なクエストで入手できるチュートリアルアイテムであった。しかし装備すると種族レベルがなくなり人間プレイヤーが一レベル相当のステータスとなってしまう。くわえてステータスをひらけば種族が人間(オーバーロード)という具合にバレバレとなってしまい、気付かれれば袋叩きに合うというまさしくジョークアイテムだ。
しかし種族クラスが無くなった結果、アンデッドの基本能力である睡眠不要や精神作業無効、飲食不要も消えたため、ゆっくり睡眠をとることも、食事をとることもできるようになったのだ。
一日数時間は人間でいることで人間らしさを失わずにいるころができるらしい。
まだその辺のロジックはわからないが、音改さん曰く精神は肉体の影響を受ける。四六時中アンデッドだと、アンデッドの思考となりいざ人間のギルドメンバーたちと再会できても目の前で人間を食料以下の存在ととらえてしまう可能性があるそうだ。
なんでも肉体を捨てゴーストを含むデータ存在(ペルソナというらしい)になる……なんて活動をしているメガコーポがあるそうで、その外見設定などに最初はロールプレイというような感じだが、徐々にその人物の思考が影響されるという研究があるといっていた。
うん。そんなのは嫌だ。
そんなことしたらみんなに嫌われてしまうのは容易に想像できる。
「さて、そろそろ活動するかそういえば食事はしっかりした方がいいと言っていたな。おっと指輪を外しておかないとな」
こうしてモモンガの一日は始まるのだった。
***
第九層 執務室
ナザリック地下大墳墓の第九層には、様々な部屋というか物理的にどのように配置されているか不明な施設が多数存在している。たとえばギルドメンバーの私室。中は相応広くロイヤルスイートをイメージした作りで、巨大なリビングルームを中心に、奥には巨大な浴室、バーカウンター、ピアノが置かれたリビング、主寝室、客用寝室、専用料理人が料理するためのキッチン、ドレスルームなどが無数に置かれている。しかしなぜか第九層の廊下に並ぶ四十一の扉はそれほど離れていないというゲーム的な謎空間となっている。
そんな第九層の一角に執務室が複数設置されている。ゲーム内でなぜ執務室が? ギルメンたちもおもっていたのだが、それらしいという理由から無駄に凝った作りとなっている。ちなみに見る人が見ればメガコーポの上級重役用の個室の標準的な装備とレイアウトとなっているあたり音改がこっそり監修していたのはいわずもがな。
そんな一室でモモンガと音改はコーヒーを片手に午前中から意見交換を行っていた。
「ではカルネ村については人死が出る前に救援に向かうと」
「はい。後になって保護できる人員と実力があるのに見て見ぬふりをしたと知られたら……」
モモンガはそう考えたのだ。これが悪人とかなら話は変わるだろうし、こちらの戦力がないならしょうがないと納得できるだろう。もちろん異世界に突如ほうりこまれたという緊急事態といえば納得はしてくれるかもしれないが、存外ギルドメンバーの多くは下層市民である。いざ再開したとき自分たちの境遇を重ねることを危惧しての判断だった。
同時にモモンガは人が死ぬかもしれないという点を嫌にフラットな感情で考えていることにも気が付いた。つまりこれが音改や美由のいっていた、アンデッドと極悪カルマという器に引っ張られるということなのだと感じて若干の恐怖も感じるのだった。
「いいとおもいますよ? 他人の目という評価基準はモモンガさんが守りたいギルメンからの評価という点を考えても正しいことだとおもいます」
音改の言葉に安心したモモンガは引き続き懸念事項を口にするのだった。
「このことをNPCたちにどのように伝えましょうか」
モモンガの懸念は機能の話では人間の評価が著しく低いナザリックのNPCたちに、人間をある程度尊重して行動することをどのように伝えるか。ということである。それにあたってナザリックのNPCたちの設定を見直したのだが…………。
「いろいろ気になって管理コンソールからNPCたちの情報を確認したのですけど、正直やばいですね。みんな悪乗りしすぎていました」
モモンガが考えている以上にアインズ・ウール・ゴウンというギルドはユグドラシルにおいてはヒール的存在であり、それこそDQNギルドやら魔王御一行様やら、悪辣なプレイヤーの集まりやら散々たるものだった。なによりギルメンたちもそれを受け入れ悪役ムーブをするものも多く、NPCの設定にも大なり小なり反映されていたのだ。
もちろんゲームの中ならなんら問題がないのだが
「現実になってしまったわけで…………」
「ですよね」
「音改さん。こうなるって知ってたのなら、何とかならなかったんですかね?」
「ギルドができた時期や状況を考えて、私がそう言ってなんとかなったと思います? たっちさんぐらいならまあ…………」
「ですよね~」
そもそも信じないというのは別としても、もともと異形種迫害PKへのカウンターというPKKからスタートした集まりだ。そして大なり小なりユグドラシルでは、リアルの圧迫からの反発という面もありハジケタプレイをしていたのだから難しいとしか言いようがない。
「人間を食料とするような種族もいるわけで、そんなNPCに人間を食べるなということは、私たちの感覚では食事をするなということですからね」
「ですよね」
「となれば、ナザリックの知恵者たちに相談しましょう」
「そうですね。NPCたちの意見を聞きつつ方法を模索しましょう」
こうして、モモンガたちプレイヤーとナザリックの頭脳たちとの会議が決定したのだった。
***
第十層 玉座の間
そこにアルベド、デミウルゴス、そしてパンドラズ・アクターの三名が集まっていた。
「モモンガ様からの招集ということで時間よりも大分早く来てしまいましたが」
「至高の御方々の招集に時間ぎりぎりくるなどもってのほかかと?」
「ですね」
守護者統括。防衛戦時の指揮官。財政の総責任者。設定もふくめてナザリックにおける高い知能を誇る三名が呼び出されたのだ。内容こそ聞いていないが、それぞれが様々な想定をしている。
「この三名が集まったということは、やはりアレについてでしょうか?」
「アレも大事かもしれないけど、ナザリックの緊急事態なのだからあっちの件ではないかしら?」
「モモンガ様あれば二人の考えているようなことではなく、もっと大局的なアノ件では?」
三人ともアレやソレと思考がはやすぎて他者からは伺いしれない話題を想定し出す。問題があるとすれば、その頭脳と同等以上を創造主たちが兼ね備えていると認識している点なのだが、いわれても謙遜としかとらえないことだろう。結果様々なところで意思疎通の齟齬がでるのだが、それはまた別の話である。
さてそのように三名が話しているところに、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの転移機能でモモンガ、音改、美由が姿を現した。NPC三名はすぐさま膝をつき、首を垂れるのだった。
「面を上げよ」
「「「はっ」」」
モモンガの言葉にNPC三名が顔あげる。そして話題がふられるのを今か今かと待ちわびるのだが、その雰囲気をモモンガも感じ取りたじろいでしまう。
「(いや。なんかすごくないですか? 三人。なんかしっぽをブンブン振る姿がみえるんですが)」
「(モモンガさん。次)」
「今回集まってもらったのは、ナザリックの今後の方針についてだ」
メッセージでこんなやり取りをすることでなんとか余裕を持つことができたのか話題に入るのであった。
「なるほど。そういうことですか」
「(え? これだけで分かったの? さすがデミウルゴス)」
「(いや絶対曲解してますよモモンガさん。ちゃんと目的を言葉で伝えましょう)」
しかしモモンガの言葉に打てば響くとばかりにデミウルゴスが答える。一見モモンガの内をすべてデミウルゴスが理解したと思われるようなやり取りだが、モモンガの内情を知るものならば絶対わかってないだろと突っ込みをいれたくなるような光景だった。
「我らギルドメンバーと、ナザリックに所属する者たちの意識の差が、ナザリックの今後の方針に大きく影響すると考えている。そこでそなたらナザリックにおける頭脳とも呼べるものたちの考えを聞こうと集まってもらった」
「モモンガ様。よろしいでしょうか?」
「ああ。アルベド。どのような意見でも率直に述べてくれ」
「では。ご命じくだされば、なにも問題もございません。我らは至高の御方々に尽くすべく生み出された者たち。御方々のご意向こそ絶対。自分の主義趣向など比べるものではございません」
やはりというか、昨日の忠誠の儀? の様子からモモンガはこうなるのではと考えていた。しかし、いざ面と向かっていわれると無いはずの胃にくるものがある。
「アルベド。君たちの忠義をうれしく思う。その上で聞いてほしいのだが、モモンガさんは君たちをないがしろにするような強権的で独裁的な存在かな?」
「そのようなことはございません。音改様。モモンガ様はナザリックに最後まで残られた慈悲深き御方。我らのような下々のものにさえ、分け隔てなく接してくださる素晴らしい御方にございます」
「であればこそモモンガさんの考えを聞いた上で、君たちの知見を存分に発揮してほしい」
「アルベド。デミウルゴスそしてパンドラズ・アクターよ。これはナザリックに必要なことと考えているのだ。お前たちがナニカに操られた存在ではない。一存在として独立し明確な意思をも持つ存在だと信じているからこそ意見を述べてほしいのだ」
「はい! 畏まりました」
アルベドはモモンガの言葉にいたく感動したのか上気した表情で答えてくれた。デミウルゴスとパンドラズ・アクターも反対の意見はないようだ。
「まずはアインズ・ウール・ゴウンに所属する四十一人。いや美由さんが加わったから四十二人だが、全員がリアルの世界では人間という事実を理解してほしい」
パンドラズ・アクターの埴輪顔からはさすがに何も読み取れなかったが、この一言で分かりやすいほどアルベドとデミウルゴスは驚いていることをモモンガは読み取ることができた。
「お前たちの視点からすれば、私であればアンデッド。音改さんなら堕天使。美由さんなら天使。たとえばデミウルゴスの創造主であるウルベルトさんなら悪魔として認識しているだろう。しかし、ユグドラシルという世界にアクセスするにあたり異形種となっていた」
モモンガの語る内容はNPC達にとって驚きの連続であった。
リアルの世界とNPC達が認識するユグドラシルという世界があり、プレイヤーたちは行き来していたこと。
リアルという世界ではプレイヤーが全員人間であること。人間であるが故に、善悪や倫理・法理・地位などで区別することはあっても人間全体を食料と考えるものは基本いないこと。
NPC達にとっていままで聞きたくても聞くことができなかった情報を開陳されたことは喜ばしいことだ。しかしいまのNPCたちの思考・設定・立場・能力はすべてユグドラシルという世界でのものであり、転移してしまった今だとそぐわない可能性がある点以外だが…………。
この言葉を聞いた時、表情の読めないパンドラズ・アクターでさえ、悲しんでいるとわかるほどだった。
そしてすべてを聞き終わったあとしばしの沈黙の後、デミウルゴスは口を開くのだった。
「至高の御方々。ご質問することをなにとぞお許しください。これはモモンガ様がいらっしゃるパンドラズ・アクターでも、モモンガ様を愛しているアルベドでもなく、私が聞かねばならぬこと故、伏してお願い申し上げます」
「許す。デミウルゴス」
「我らが創造主である至高の御方々は、我らが不要となった故、ナザリックを去られたのでしょうか」
リアルの事。
ユグドラシルの事。
大まかとはいえ知った今、この場でこそ、パンドラズ・アクターとアルベド以外の全NPCが考えつつも目をそらしていたことを聞くのだった。
──私たちは捨てられたのかと
「…………」
そしてモモンガさえも同じことを考えていたからこそ即答できなかった。だからこそモモンガは音改の方に顔を向けてしまった。自分より高い社会的地位におり弁が立つ存在。彼ならデミウルゴス達を満足させる回答をだせるのではないかと。
「モモンガさん。いまデミウルゴス…………というよりもNPCの皆が求めているのはモモンガさんの回答かと。だからこそ自分の言葉で良いので伝えるべきだ。フォローはするから」
しかし音改からは厳しい言葉が返ってきた。言い回しから彼なりの回答があるのだろう。でも、デミウルゴスが求めていると、全NPCが求めているといわれゆっくりと考える。
「うまく言葉にできないかもしれないが良いか? デミウルゴス」
「どのようなお言葉であっても、それが真実と受け入れます」
「ユグドラシルという世界の優先度が下がったというのは大なり小なり事実だろう。全員が人間でありリアルでの生活というものがある。私も捨てられたとさえ思ったことがある。でも、先日全員とはいわないが数名と再会できた。その時、みんなは素晴らしい思い出と口々に言っていたよ。もし本当に不要であったなら破壊してから去っていったよ。そうではない」
モモンガは心境を語る。その言葉の端々に悲しみと喜びをにじませている。
「なにより、私はみなで作り上げたナザリックを。そしてお前たちを愛している。これだけは嘘じゃないと言い切ることができる」
だが最後に力強く断言した。
その姿にデミウルゴスとアルベドは涙を流している。
「ありがとうございます。捨てられたのではないこと。モモンガ様に大事に思っていただけていること。それだけでナザリックに集うもの皆、この後生きていくことができましょう」
デミウルゴスの言葉にモモンガも満足できたのか、音改に合図を送る。
「たとえば、お前たち至高の御方々と崇める者たちが、この世界に来訪できるかもしれないとしたらどうだろう」
「なんですと」
「えっ」
音改は一つの案を提示する。それはNPC達のいままでの反応から何よりも代えがたいものであるだろう。
「その過程において多くの人間がこの地を訪れ、ナザリック内外すべてを結集せねば打ち勝てぬ存在に打ち勝ち、この世界を隅から隅まで探索し、様々なものを取込、学び、数百年数千年の研鑽が必要とあらばどうだろう」
しかしそれがどれほど困難な夢かを提示される。一つ二つならこの者たちも喜んで身を投じるだろう。しかし積み上げられる条件は、ナザリックの在りようさえ変えるものだ。
「それらの末、一部のギルドメンバーが帰ってくるかもしれない。帰ってきたとしても意志あるものである以上、ナザリックやこの世界の在りようによっては袂を分かつかもしれない」
それらの選択の末も結局は再度の別れでしかないという、夢は夢であり実現したとしても儚い可能性さえ提示される。
「では改めて問う。それでも望むかね?」
音改の言葉は、まさしく堕天使の囁きだった。甘い夢と望みを提示し、そのために己が思想信条をすてその存在を掛けることができるのか? といっているのだ。しかも望んで手に入れたはずのものが、もしかすれば自ら再度の破局を迎えることになるかもしれないと。
「それでも望むか?」
さすがに全員が押し黙る。
音改の問いはNPC達だけでなくモモンガにさえ向けられている。
それに気が付いたとき、モモンガ自身もどうすべきか考えた。会いたい。ギルメンはみなリアルの生活がある。それを捨ててまでこちらに呼ぶことができるのだろうか? 来たとしてこの世界に価値が無ければ再度かえってしまうだけではないか?
なにより。
あのころのような楽しい時を取り戻せず、それこそ自分の手で終わらせてしまうのではないか。
もちろん音改と美由は違う。音改は転生者としての知識と、一〇大メガコーポの上級幹部という立場、この日のために二〇年以上行動しつづけてきた。美由も音改のパートナーとして秘書の一人として十五年以上共に行動してきた。
しかも最悪の事、失敗したときの事を想定しての行動だ。覚悟などとうにしている。加えて現在の自分たちがゴーストダビングによるいわゆる魂をコピーした存在であることを正しく理解している。
もちろんモモンガにもこの点は伝えているが、どこまで理解されているかは疑問が残る。だが、言わんとすることは理解できる。
しかし予想外の人物が声をあげるのだった。
「私はモモンガ様のためにも、仮にナザリックを敵に回そうとも、挑戦してみたいとおもます」
「パンドラズ・アクター」
「私はモモンガ様の御姿を宝物殿にて拝見しておりました。至高の御方々が集られていた時はとても大変そうでしたが、同時に充実しておられることが侍る私にさえ理解できました。しかし去られてからは、少しずつ覇気が失われてきたと感じておりました。しかし、先ほど再開できたとお話されていた時は、晴れ晴れとされておられました。ならば私は少しでも可能性がある行動を選びたい。モモンガ様が楽しそうに活動されている御姿をみることこそ私の喜びの時間でもあったからです」
「パンドラズ・アクター。おまえは…………そう感じていたのだな」
「私もです。モモンガ様。私はモモンガ様を愛することをお許しいただきました。愛しいお方のために行動したい。望む結果となればよし。もし望まぬ結果となったとしても、モモンガ様をお慰めしたい」
パンドラズ・アクターとアルベドは、今まで感じていた命じたままに行動するロボットのような雰囲気はなく、意思を感じることであった。
「デミウルゴス」
「はっ。創造主であるウルベルト様に一目お会いすることこそ望み。その上で御傍に仕えることが許されるのならば最上。もし去られるというならば、今度こそ私自身がお見送りさせていただきたく存じます」
NPC達の言葉に納得したのかモモンガは大きくうなずき、音改も納得したのか、ではと両手を軽く前に構えるとそこには水の波紋が広がり情報コンソールが展開され、そして音改の左目がプレイヤー以外は見たこともないが電子義眼特有の黄金虹彩に変化していた。
「音改さん。それは?」
「ユグドラシルの運営する企業の外部CEOとしての特権。ワールドアイテム オーディンの左目です。効果はユグドラシルの管理端末およびそこからのリアル世界のネットワークへのアクセスツール」
「まさか」
「ええ。モモンガさんの想像通り、これは断片的にリアルとつながっています」
「たとえば、私の外部領域にVPN接続し、所定のセキュリティホストを経由してレンラク・コンピュータ・システムズにアクセス。そして権限取得後、東京アーコロジーの管理機構にアクセス。街頭の治安監視カメラに、時間と人物を指定して検索」
そこには、下層特有の自然がなくどこか煤汚れた人工構造物に囲まれる一角に、念のため防護マント被る一人の男性が歩いている姿が映し出されていた。
「これは……俺?」
モモンガの一言にNPC達は驚きを隠せず、その空中に展開されたホロディスプレイの情景に見入る。
男性は裏路地に入るとある看板を見つける。そこには普段は別の名前の店なのだが、今日は貸し切りということで、BARナザリックという簡単な造りのプレートが扉に飾られていた。
そんな店の扉をくぐり、エア洗浄ブロックの先、そこは外界と切り離された落ち着いた空間が広がっていた。
マホガニーと思われる年季の入ったカウンターに、四人掛けのテーブルが二セット。奥には小さなピアノと大きな壁掛けの時計が一つ。目を引くのは空間を仕切る様に置かれた数多くの鑑賞樹と、窓際に所狭しと並べられたハーブのプランター。自然が黄金に等しい価値を持つこの都市で、アーコロジー内の自然公園などを省くとこれほど緑を身近に感じる空間は少ないだろう。
「いらっしゃいませ」
年季を感じるバリトンボイスに呼ばれ視線を向ければ、カウンターに一人のバーテンダーがいた。年のころは四十を超えているだろうか? 落ち着いた雰囲気とぴしっと伸びた背が、年齢をより一層わからなくさせている。
「本日予約したモノですが」
「ではネームプレートにキャラクターの名を書いていただいたら、奥へどうぞ」
「あ、はい」
その男性は促されるまま、ネームプレートにモモンガと書き胸につける。
ここまで見ればわかる。そしてそこからは予想通りの光景が広がっていた。
なにより、すでに集まっていたメンバーを見ればわかる。
「ペロロンさん。茶釜さん。たっちさん。ウルベルトさん……」
そこにはリアルのプレイヤーたちの姿があった。それぞれの胸にはキャラクター名が掛かれており、NPC達にも誰なのか一目瞭然であった。
そこからはまるで夢のような世界であった。
リアルの世界で四十二人が集い、楽しそうに語らっているのだ。もちろんその場に直接参加できていない者もいる。しかしそんな人たちもリモートダイブで参加しており、それこそユグドラシルのキャラに似せたアバターで会話していたのだ。会話に耳をすませば近況の情報交換のみならず、やはり共通の話題ということでユグドラシルの思い出が楽しそうに語られていたのだ。
すくなくともその光景を見る限り、嫌って離れたものは誰もいないということだけは感じることができた。
***
「ユグドラシルのサービス終了後にみんなで集まりOFF会を開催していたみたいだね」
「ええ。そしてその場に私がいたということは、まさしく私はコピーであり、モモンガであると」
「一応ゴーストが確認されているから、しかるべき手続きをすれば一個人としての権利を持つことはできるよ。それはさておきわかってもらえたかな?」
音改の問に皆は頷いている。そして代表するようにデミウルゴスが確認をする。
「リアル世界への干渉、情報のやり取りが可能ということですね」
「その通り。そして説明した通りあちらの世界はすでに人間が生きるには厳しすぎる環境となっている。それゆえにメガコーポは人類存亡のために、それぞれのプランを計画実行している」
そして展開されるのはレンラク・コンピュータ・システムズが手掛ける宇宙空間に浮かぶ発電衛星アマテラスと高度七千m以上にて運用する高高度プラットフォーム クレイドル建造計画であった。二一一六年にクレイドルの一号機が稼働。現在は二号機が建造中。現在二十万人のスタッフが日本のはるか上空で、アマテラスのエネルギーを活用し自給自足生活の基盤を整えている。最終的には数千万の人類が生活可能というものだ。
「技術面についてはわかりませんが、これでは破壊された自然環境で人間が生きられないという大前提は解決できないのではありませんか?」
計画概要からアルベドが指摘する。
「その通りだよアルベド。では、ナザリックのある世界の外はどうだい?」
「つまりそういうことなんですね」
「うん。その通り。昨晩見た夜空からもわかる通り、この世界は自然環境が豊かだ。もしこの世界で人間が生き残ることができる環境であれば。もしこの世界への転移のロジックが解明できれば。数多くの【もし】を積み上げる必要はあるが、彼らにリアル世界からの脱出という利益を提供できる。もちろん過程で多くの人間とかかわることになるだろう」
「人間という種に対する考えを変える必要があるということね」
「では話を最初に戻すとしよう。この計画をナザリックの皆に伝えるにあたってどのようにすべきだと考える?」
もちろん難しい課題ばかりだ。しかしモモンガとしては先ほどまでのNPCの言葉もあり、少しずつだが何とかなるのではないか? と、考えていた。
「アルベド。デミウルゴス。パンドラズ・アクター。良い意見を頼む」
こうしてナザリックの方針検討がはじまったのだった。
***
「ねえモモンガさん。一つ聞いていいかしら」
「どうしました? 美由さん」
「アルベドが先ほど愛することをお許しいただきましたって言ってたけど。どういうこと?」
「えっ?!」
美由の言葉にモモンガはユグドラシルサービス終了直前にアルベドの設定を確認し、「ちなみにビッチである」と書かれていたところをあまりに不憫に思い「モモンガを愛している」に書き換えたことを思い出したのだ。
もちろんリアルではオフ会でモモンガはタブラ・スマラグディナに詫びを入れ許されたこと。もともとコンセプトは王の守りであるから、ゆくゆくはモモンガさんの嫁という考えがあったことを打ち明けられ、NTR趣味をカミングアウトされるというカオスな状況になったのだが、この場でそれを知るものはいない。
「え~と。それは」
「美由様。モモンガ様がお二人と合流される前、玉座の間で、モモンガ様より愛していると熱烈な告白(設定書き換え)をいただきました。身に余るお言葉ではございましたが、私もモモンガ様を愛する身」
「こう言ってますが?」
「そ……そうです。私から……」
さすがに美由も地の文を読むことができない。アルベドの言葉が全部正しいとは考えていないが、ナニカあると感じてモモンガに問いただす。元来女性に弱いモモンガは、肯定しか返すことができなかった。
「じゃあ、どこかのタイミングで結婚しないとね。ああこの世界はあっちの世界じゃないから重婚も大丈夫なのかしら?」
そんな不穏なことを言い出す美由に、モモンガは精神安定が発動するほど落ち込み、アルベドは嬉しそうにしている。
ここにきて、音改は原作でモモンガがアルベドの設定を修正したことを思い出したが、すでに後の祭り。なによりリアルでは妻であり仕事におけるパートナーでもある美由に伝えることで、でモモンガの評価が底辺に下降することが目に見えていたので心の奥底にそっとしまい込むことしかできなかった。
「ありがとうございます美由様。でもナザリックがこれから大変忙しくなるなか、準備をすすめることさえ難しいかと。せめてひと段落した時期にでも」
「そうね。じゃあ婚約ということにして。やっぱり女としての幸せも追求しないとね」
「ええ! もちろんでございます」
と、勝手に話が進むのを。男性陣は見守ることしかできなかった。
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