エンディング Bルート 第一話

 DMMORPG ユグドラシル。フルダイブ型のゲームで、日本で十年以上も続いたビックタイトル。日本だけでなく世界からみてもDMMOーRPG初期の代表作といっても納得されるこのゲームも、時間の流れに勝てずサービス終了をするはずだった。


 そう。


「はずだった」のだ


 しかしサービス終了時間になっても強制ログアウトが行われず、ゲームのキャラクターのまま動く体。ゲーム内では存在しなかった嗅覚に触覚。開かないステータス画面。届かないGMコール。ハラスメントやらゲームならできなかった数々の行動の解禁。なにより独自に考え、しゃべり行動しているように見えるNPC達。


 そのどれもがモモンガを混乱させるには十分だった。


 しかたなくNPCの代表者たちともいえる階層守護者と設定したNPCを一時間後に召集。そして待ち時間を活用し、第六層の円形闘技場で魔法やマジックアイテムの行使をしたり、守護者であるアウラとマーレの戦闘を観察したりしていたのだった。


 しかし、その時ナザリックの外の調査を依頼したNPCのセバスから、想像もしないメッセージが入った。


「音改さんと美由さんが?」

「ナザリックの表層にて調査をしておりましたところ、お二人が上空から降りてこられまして」

「わかった。いま守護者を集めるべく六層の円形闘技場にいる。美由さんは指輪を持っていないから移動に手間取るだろうから、こちらに案内してくれ」

「かしこまりました」


 その後、アウラとマーレに加え、シャルティア、コキュートス、デミウルゴスそしてアルベドと守護者たちがあつまった。


 音改、美由、セバスが来る前にNPCたちが、自分のことをどのように見ているのか少し聞こうとした。しかし集まった守護者達は傅きモモンガに対して真の意味で忠誠を誓いだしたのだ。社会人をしていれば上司などに敬意を持つこともあるが、忠誠なんてものは別の話を考えていた。社会には、特定の個人や組織に忠誠を誓うものがいるのは知識として知っていた。しかし少なくとも、自分はしがない営業職であり忠誠を捧げられる存在ではなかった。


 だがこのように傅かれればわかる。


 この者達は本気で忠誠を捧げていると。


 だからこそモモンガは考える。


 自分にとってNPCは、仲間であるギルメンの子供のような存在である。今の状況ならいきなり襲いかかることもないことがわかった。しかし好き勝手を行い、たとえば上位者をして振る舞わず、ここを捨てて逃げ出せばどうか。自分に牙を剥くのか。それとも泣き縋るのか。


 その時、バリトンのような渋い男性の声で我に返る。


「お待たせしましたモモンガ様。音改様と美由様をご案内いたしました」

「ああ。セバスご苦労であった」


 守護者たちと同様にレベル一00のNPCであり第九層にてメイドたちなどを指揮する老執事の姿をしたセバス・チャンが、待ちわびた人物を案内してきたのだ。


 背に三対六枚の黒い翼が無ければただの黒髪に黒い瞳の美青年にしか見ることができない堕天使の音改。そして対称と言わんばかりに三対六枚の純白の翼を持ち金髪碧眼の美女である美由。


 二人はユグドラシルのサービス最終日に一度挨拶に来てくれている。それだけではない。この十数年にギルドメンバー・準メンバーとして一緒にゲームを楽しみ、他のみんなが引退する中、直前まで一緒にナザリックを支えてくれていたのだ。だが、再度ログインするとは言っていたが、用事があるとのことでログアウトしたはずだった。


「よかった音改さん。美由さん。お二人もこちらにいらっしゃったのですね。でもどうして外に?」

「ええ。少々遅れまして0時を過ぎたのが、上にある空中庭園の方でしたので」

「まさか上空二000メートルから自由落下することになるとはおもわなかったわ」

「いい景色だったね」

「え…………」


 しかし美由からとんでもない話が飛び出したことにモモンガは驚きを隠せなかった。


「二000メートルの自由落下?」

「後ほどセバスから報告があると思うけど、ナザリックの上空二000メートルに美由が管理していた小規模ギルドホームの空中庭園が固定されていて、そこからね」


 あっけらかんという音改の言葉に、何か言いたげな美由。ここで雑談を始めるのもどうかと感じたモモンガはセバスに水を向けるのだった。


「音改さん。その辺については後程。セバス。外の状況はどうであった?」

「はい。モモンガ様。かつてナザリック地下大墳墓があった沼地とは異なり、草原となっておりました。また周辺一キロ程度に人工建築物、人型生物およびモンスターの類は一切確認できませんでした」

「ご苦労だった。セバス。やはりナザリックが何らかの理由でどこか不明の地に転移してしまったのは間違いないようだな」


 モモンガの言葉に音改も頷いている。同意を得られたことに安心したモモンガは続いて守護者に顔を向け、ナザリック内に不具合がないかの確認および警戒。そしてナザリック外壁に土を盛るなどの隠蔽の指示をだすのだった。


「守護者統括アルベド。防衛戦の責任者であるデミウルゴス。後はまかせる」

「「はっ」」

「音改さん。美由さん。こちらへ情報のすり合わせを」


 そういうとモモンガはゲートを開き、二人を伴ってこの場を去るのであった。




 ***





 モモンガは、音改、美由を連れて円卓の部屋にはいって席につくなり深いため息をつき、いかにも疲れた風につっぷすのだった。


 モモンガとしてもNPCとはいえ他人の視線がこれほど負担になるとは考えられなかったのだ。さらに現状のわけのわからない状況では、このひと時がどれほど貴重とは考えてもみなかったのだ。


「は~~~。ほんとうにどうなってしまったんですかね。お二人に会えたのは嬉しいんですが」

「とりあえず、おつかれさん。モモンガさん。NPCの対応大変でしたね」

「モモンガさん。ぬーぼーさんの席をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「ええ」


 そして由美もモモンガの許可を得て音改の隣の席に座るのだった。


「おつかれモモンガさん。しかしもう0時過ぎてますよね。強制ログアウトもなく……」


 モモンガとは対照的に音改と美由はまだ余裕がありそうだ。


「とりあえず確認ですけど、お二人がログインされたのは、ギリギリでしたか?」

「はい。朝一回お会いした後に用事を済ませたのですがギリギリになってしまいました。ログインポイントを空中庭園としていたので時間がかかってしまい申し訳ない。メッセージで一言伝えるべきでしたね」


 その意味では最初からアルベド達がおり、とりあえず話という流れになったモモンガは自分が幸運だったかもしれないと考えるのだった。けして、現実確認のためにアルベドの胸を揉んだことは口にすることはなかったが。


「現状、何もわからずセバスにはナザリックの外の状況を。各階層守護者にはなにか異常がないかの確認を指示してきましたが」

「さすがモモンガさん。もうNPCとコミュニケーションをとれているのですね」

「たまたまですよ。でもNPCたちの忠義というか忠誠心といったものは……私たちを創造主としてみているからなのですかね?」

「それもありますが、みんないろいろ設定を書いたのが反映されているからでは?」

「アルベドも至高の御方々とか……。ああ設定か……ああ?!」

「どうしました? モモンガさん」


 モモンガはアルベドのびっしりと限界まで書かれた設定を思い出す。そしてモモンガ自身が「ちなみにビッチである」を「モモンガを愛している」に書き換えたことを思い出して悶絶するのだった。そしてこのことは言えないと口を噤むのだった。


 とはいえ何気ない会話で状況を共有する中、普段の調子を取り戻してきたモモンガであるが、話をすればするほど違和感というものが沸き上がる。たとえば顔を含む表情や雰囲気。ゲームでは表情アイコンがあったりしたが、いまの会話はまるでリアルにおけるやり取りのような錯覚をうける。特にゲームとの違いを感じるのは音改と美由の顔である。言葉にあわせて口がうごいているのだ。そして自分も意識してみれば会話といっしょに顎が動いている。つまり骸骨の顔が会話とあわせて動いているということだろう。そして精巧に動けば動くほどリアルで仕事しているときに、ナニカを見逃している時のような気持ちわるさをモモンガは感じるのだった。


 そうこう話していると、音改がメッセージで誰かに指示を出しているようだ。


「ああ。アルベドに連絡して、メイドに紅茶を持ってきてもらうように頼んだだけだよ」

「そんなこともできるんですか?!」


 モモンガはあまりにも予想外な命令に、そんなこともできるのかと驚くのだった。なにより、この人はなんで平然とそんな指示がだせるのだろう? 


 ああ、これが違和感か。


 暫くすると音改が頼んだ紅茶の準備ができたのだろう。プレアデスたちがそれぞれ給仕して、おいしそうな紅茶が準備される。


「爽やかな香りが落ち着くね。銘柄はセイロン……いやニルギリかな?」

「はい。ニルギリにございます」

「うん。良く再現されている」


 音改とユリ・アルファのやり取りに、たしかに良い香りだとモモンガは思うのだが、いかんぜんオーバーロードの体では飲食はできない。少し残念におもっていると……


「モモンガさん。これつかってください」

「これは、口唇蟲ですか? それにしては大きいですが」

「それは特殊な口唇蟲でして飲食可能になるものよ」


 美由から渡された口唇蟲(※)をモモンガが装備すると、姿はそのまま、何もなかった口の中がなにかができたような感覚。実際は装備というか寄生した口唇虫が、人間でいうところの口、唇、口内、舌、喉、胃などをエミュレートした上で不可視化したのだ。しかし、これならいけるのでは? と感じたモモンガは目の前の紅茶に手を伸ばすのだった。


※2015年に発表した「BARナザリックへようこそ」から活用している捏造の口唇蟲


「おいしい。うん。すごくおいしいですね」


 もともと食に対する興味がまったくなかったモモンガだが、その紅茶の味わいに驚き、そして賞賛する。しかしいままでの興味の無さに起因するボキャブラリーの少なさゆえ、まるで子供のような喜び方になってしまった。同時に、いままで栄養剤やチューブ食のようなものばかりで味を軽視していたのに、一杯の紅茶にこれほどの味が存在することに驚くのだった。


「さて、一息ついたところでどこから話をしましょうか。とはいっても推論に推論を重ねた情報ばかりですが」


 皆が紅茶を飲んで一息ついたとこで音改が質問を促す。プレアデスたちも邪魔をせぬようにと部屋から退出したあとだ。


 そしてモモンガは違和感をそのまま音改に質問するのだった。


「まずここはどこでしょうか?」

「モモンガさん。いきなり核心をつきますね……。答えは推定異世界です」

「帰りたいわけではないのですが、帰れないでしょうか?」

「モモンガさんのリアルでの体は今頃夢の中。明日にはきっと元気に仕事場に顔を出していることでしょう」

「え? じゃあここにいる私たちは?」

「なかなか難しいことを聞きますね。ゴーストダビングデータとアカウントで紐づいたユグドラシルデータを元にした存在の可能性が高いですね」


 うん。わからない。とモモンガはおもった。音改の言葉に嘘偽りはないのだろけど、正直理解が追い付かない


 異世界ってなに? 


 リアルと別の世界ってことか? 


 リアルの自分はいま睡眠しているのに、自分はデータ? 


 しかしこのやり取りを美由は何事もないように紅茶を楽しんでいるのだ。


「あの……。音改さんの話が理解しきれないのはこの際は横に置くとして、美由さんはどうして動揺されてないんですか? 突然この状況に放り込まれたのは一緒じゃぁ」

「その辺は音改から聞いていましたから」

「モモンガさんにはあまりリアルのことは話してなかったけど。この際だから自己紹介しますね」



 ──レンラク・コンピュータ・システムズ

 メディア・エンターテイメント本部 第三事業部 事業部長 姉木多々良


 リアル世界に一〇存在するメガ・コーポ。その実力は政府を超え実質世界を支配している。その幹部ということは、いわゆる支配層の存在ということぐらい、子供だって知っている。そして姉木といえば創業一族の姓ということは……


 そこまで気が付いて一瞬体がこわばるのをモモンガが自覚した。そのリアクションに、音改と美由はそうなるよなという雰囲気が伝わる。


 モモンガにとってリアルで雲の上の存在。リアルで粗相しようものなら、生存権を抹消されかねないほど立場が違う存在。むしろ違いすぎて嫉妬や憎しみの対象であった上級社員が、長いこと一緒にゲームを遊んでいた……。それも約一〇年以上の付き合いだったというのだから。世間は狭いとしか言いようがなかった。


「ここからは私が」

「はい」

「モモンガさん予言者。予知能力者。転生者。まあそんな者たちが存在し、リアル世界におけるメガコーポの経営の一端を担っています」

「え?」




 え? 





 ***




 リアル世界に予言者、予知能力者、転生者が存在し、メガコーポの経営の一端を担っていると聞いたモモンガはすぐに納得できなかった。


 いや目の前の音改がメガコーポの幹部であり、いま冗談をいって笑いを取りに来ているとも考えられない。


「マジですか?」

「うん。本当のこと。ちなみに私もその一人に認定されている」

「音改さんが?」

「はい。事実ですよ。モモンガさん」


 ダメ押しをしたのは美由であった。


 音改はギルドホームたるナザリックを入手する前に合流した初期ギルドメンバーであり、美由は音改とゲームをはじめたころからペアを組んでいた。まあ夫婦でプレイしていたのだがら、それはそうだろう。しかしとある事情で美由だけがアインズ・ウール・ゴウンに所属できず、音改が

アインズ・ウール・ゴウンに所属した後も準ギルドメンバー扱いで一〇年以上も遊んだ仲である。もっとも美由がアインズ・ウール・ゴウンに入れなかったのは問題も、運営がプレイ人口減少にともなう対策として追加されたギルドの同盟システムで解決し、保有するギルド拠点、通称空中庭園ごとアインズ・ウール・ゴウンに吸収され先日アインズ・ウール・ゴウンの42人目のメンバーとなったのだった。


「まあ、普通はファンタジーとおもいますよね。分かりやすく言えば二〇七〇年以降はじめてその存在が確認され、二一〇〇年の環太平洋地震、世界では世界同時多発災害とよばれるあの大災害以降一定数確認されています。とはいってもメガコーポの情報統制でどうにかある程度、一般社会では実在について噂にもならないレベルの人数しか存在しません」

「じゃあ音改がその転生者として、いまこの状況を知っていると」

「おおむねその通りです」


 少なくない時間の積み重ね。モモンガと音改が一〇年以上の友好がなければ、信じることさえできなかっただろう。その程度にモモンガはアインズ・ウール・ゴウンに集うギルドメンバーに執着していたのだ。


「では、細かい話は後で。急ぎ解決しないといけないことをお伝えしますね」


 全員が頷く中、音改は話し出す。ところどころメイドに準備させたホワイトボードにペンで補足がされていく。


 まず現状のナザリックについて。NPCが自立稼働していること。NPCにとってプレイヤーは創造主であるため、上位者として敬っている。設定とレベルもあるが、アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの頭脳は群を抜いて優秀。ただし問題は性格と思考回路であり、カルマ値、設定、種族がベースとなり総じて危険思想になっている。具体的にいえば人間などは食料。創造主を第一にナザリックに所属する者、それ以外となり、人間を殺すことに戸惑いどころが娯楽以下の感情しかない。


 続いて自分たちについて。現在ユグドラシルのキャラクターデータにゴーストダビングされた魂が入り込んでいる状態。魂はこの状態だと入れ物の影響を受ける。これはレンラクと同じメガコーポの一つであるホライズン・グループが推し進める人類を自社グローバルネット・ベルソナ上に置換する救済計画において判明した事実だ。奇しくも現状似た状況となっており、性格・思考が種族とカルマの影響を受けるというもの。これを聞いた時、モモンガは嫌な顔をする。


 つまり、自分もアンデットやカルマの影響を受け、人間を食料やそれ以下の存在に見る可能性があるというのだ。それでは弱者を食い物にする企業といっしょじゃないかと叫びそうになるが、その企業の幹部が目の前におり、なんともいえない表情となってしまうのだった。


 説明は続く。


 外の世界。この地は人間…………厳密には私たちの認識でいう人間に近い存在だが、その人間種の国の隅にナザリックは存在している。しかしこの世界はドラゴンをはじめ数多の亜人種や異形が犇めく世界。その中で人間はむごく弱いく他種族からは餌、良くて奴隷と見做されている。そんな状態で寄り集まっている人間種の国なのだが、絶賛腐敗中。あと数日でここから一番近い村が国家間の策略で残虐に葬り去られる予定。


 ただし強さという点でいえばこの世界の人間はレベル一〇で上等。レベル二〇超えていればその国の上位。レベル三〇はほぼ壁で、実質人類最高峰。ただしプレイヤーが過去にそれなりの数来訪しているようで、その子孫や一部の例外はその壁を越えているという。


 最後にこれは気を付けるべきことだが、この世界に数体いるといわれている竜王と称される存在がいる。そいつらは過去のいきさつもあってプレイヤーを目の敵にしている。最悪、会敵即戦闘の可能性がある。こっちにはめ技があるようにあっちにも固有の能力でそれが存在する。情報の無いうちはあまり目立たないこと。


 ここまで話してモモンガは渋い顔をしている。


 モモンガからすれば混乱するばかりだが、今の情報を飲み込むだっけで無くなった胃が痛むようなきがしてならない。


「当面は毎日二〇時に情報交換としてこの場に集まるということでどうでしょう。今後の方針だけきめましょうか? モモンガさんは守護者たちと会話したんですよね」

「はい。すごく敬られているというか、崇拝されているというか」

「相手からすれば創造主。それにモモンガさんはその代表で、最後まで残った人だから……」

「あ、そんな感じですね。でもさっきの説明だと……人間の評価は底辺なんですよね」

「はい」


 話をすればするほど気が重くなるモモンガの様子に、さすがに音改も気分転換が必要と感じ提案をする。


「そうだモモンガさん。どうせなら外を一度見に行きませんか? なかなか美しかったですよ」


 さきほど高度二〇〇〇メートルのダイブをしたという音改のセリフではないが、美しいという外の世界にはモモンガも興味をもったのだ。


「じゃあ。いきましょうか」





 ***





 そういうと、モモンガ、音改、美由は円卓の間から転移で第一層の出入口に転移したのだった。しかしそこにはデミウルゴスとその配下の三魔将が警戒にあたっていたのだ。


「いかがいたしましたか? モモンガ様。音改様。美由様」

「外の視察に」

「近衛を連れずの外出は危険かと存じます」


 モモンガとしては三人で外に行くつもりが、モモンガたちの身辺を考えてのあえて忠言をするデミウルゴスにモモンガは切り替えせずにいると。


「一人だけ供を許します」

「では私が」


 音改の言葉にデミウルゴスは是とかいしたのだった。モモンガは音改の卒のない対応に普段から人をつかうことになれているのだろうなと感じるのだった。


 そして階段を上った先は、栄光あるナザリック地下大墳墓の入り口にふさわしい門や城塞が覆っている内側。その上にはユグドラシルで作られた申し訳程度に星を配した空ではなく……。


 モモンガは何も言わず、何かに急き立てられるようにフライを唱え夜空に飛び上がる。続くように音改と美由、そしてデミウルゴスがそれぞれ翼を広げ空に舞い上がる。


「美しい」


 高度にして一〇〇〇メートル。


 飛び上がったモモンガの足元には、草原や原生林、遠くには山々や海が広がる。月と星の明かりしか無いにもかかわらず、十分に明るく自然の豊かさを感じることができる。


 見上げた空には、透き通る大気と満天の星空が広がる。そのどこまでも続く空は、モモンガのかつての仲間であるブループラネットが追い求めたものであった。このような夜空を思い描き、ブループラネットが生み出したナザリック第六層の夜空も素晴らしい出来である。しかし本物を見たモモンガは、作られた美しさと、自然の美しさの違いを初めて理解することができた。


 そしてさらに上空には、ギルメンとの思い出の地の一つである空中庭園が見える。


 なにより、これらの自然は鈴木悟が生きるリアル世界では、すでに失われたものだ。大気は汚染され生身で呼吸しようものなら死に至る。海は腐敗し、空は紫に変色して星など見ることさえできない。


 視界に広がる光景が、肌にふれる大気が、嗅覚を刺激する大気の香りが。


 モモンガの五感の全てが現実であること、そして未知の世界であることを告げて居るのだ。


「まるで宝石箱のようだ」

「この世界が美しいのは、モモンガ様の身をかざるための宝石をやどしているからかと」

「たしかにそうかもしれないな。私がこの地に来たのも、この誰も手にしていない宝石箱を手に。いや一人で独占すべきではないな。ナザリックと我が友たちアインズ・ウール・ゴウンを飾るものかもしれないな」

「お望みとあらば、ナザリック全軍をもって手に入れて参ります」

「ふふ、どのような敵がいるかもわからぬうちにか……しかし」


 モモンガの言葉に、デミウルゴスが本気で応える。もっともモモンガは冗談ととったが。


「しかし、世界征服なんてのもおもしろいかもしれないな」


 この言葉にデミウルゴスは息を飲む。モモンガが冗談で言ったと言うぐらい分かっている。しかしアインズ・ウール・ゴウンは、至高の四十一人の知恵と実力でユグドラシルにおいて最強の一角となった存在。


 だからこそ、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の最高権力者にしてギルドマスターであるモモンガの言葉は、冗談であっても意味がある。


 可能ならこの世界を征服する。


 それこそ、世界に対する挑戦の意志……と。


 しかし、この景色を前にしてモモンガは意を決し、音改に質問するのだった。


「音改さん。私がこの世界に来ることがわかっていた…………でいいですよね」

「ええ」

「もしかしたら、リアルと今もつながっていますか?」

「条件はありますが、繋がってます」

「もし、この世界が人間の住むことができる世界なら…………ギルメンをこちらに呼ぶということは?」

「その可能性を期待して私と美由は準備をしてきた。検証次第だが可能かもしれないよ」


 そう。


 モモンガは、プレイヤー鈴木悟元は小卒のため知識量は多くないが、察しが悪いわけではない。転生者と自称する音改さんが、メガコーポの御曹司であり権力者がこの場にいる。



 つまり。



 ──もう一度ギルメンと会えるかもしれない



 たとえ、音改がモモンガを利用して今この場にいるとしても、淡いながらもギルメンとの再会という希望を見つけることができたのだった。


 しかしこの夜の空を、忘れるものはいないだろう。


 ナザリック至高の存在が、世界を目指した日。


 その千金にまさる輝く言葉に、デミウルゴスひいては守護者に新たな目標として胸にいだくことができたのだから



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コミケ103に頒布する予定の作品を先行公開(コミケには加筆版となります)


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