第二章 ディストピアからの脱出 第七話 崩壊の連鎖
ユグドラシルが七周年を迎えた頃、遂に一五〇〇人のプレイヤー&傭兵NPC VS アインズ・ウール・ゴウンというある意味で大規模ユーザーイベントが発生した。
もちろん、原因はアインズ・ウール・ゴウンのDQNっぷりもあるが、その立ち位置に反発した層となり替わろうとする層など様々な思惑が一致しての行動であった。
ただ一五〇〇人で襲撃しました。アインズ・ウール・ゴウンが防衛しましたというだけでは伝説とはならなかっただろう。
地平線から数多のキャラクターがナザリック地下大墳墓に進軍してくる絶望感。
過剰ともいえるアインズ・ウール・ゴウン側の挑発。地下ダンジョン内での苛烈な戦闘シーンなどを、様々なアングルで撮影し、アインズ・ウール・ゴウン側が動画投稿サイトに公開したため参加しなかった層も一体のなって楽しんだゆえの伝説である。
例えば、その襲撃者がナザリックに表層に到達した時の動画はこのようなものであった。
――ナザリック地下大墳墓 表層
毒沼に囲まれ誰もが近付くことさえなかった場所。そこには神殿を中心とした古代都市があった。しかし建物は朽ち果て、そこにあったであろう人々の営みは風化し塵芥となって消え去っていた。だが残った断片は、そこに生きたものたちの技術力の高さを感じさせるものばかりであった。
今日、ユーザーイベントということで集まり、襲撃に参加したプレイヤー達は一様に驚いていた。なぜなら世界に一つずつしかない最大級のギルド拠点。それに匹敵するほどの広さと作り込みを持つ表層であったからだ。
「見掛け倒し……だよな」
「じゃなかったら、あれか? ここは世界トップのギルド拠点に近い規模ってことになるぞ?」
隊列というほどではないが、ある程度パーティーごとにまとまって行動している。気心知れたメンバーで集まっているためか、若干緊張感に欠けており、そんなざわめきが聞こえてくる。敵感知の魔法を使えば、周りは敵だらけ。しかしその姿は見えない。
警戒しながら歩みを進める一行が、地下への入口となる神殿部分に近づいた時、空気が変わった。
ナザリック表層の上空に、巨大な影が浮かび上がる。
影は次第に濃くなり、豪奢な漆黒のローブに身を包んだリッチ、いやオーバーロードの姿を形作る。
「己が正義を信じて止まぬ者達よ。我ら異形種の楽園へようこそ」
上空に浮かぶオーバーロードは、ゆっくりとした仕草で歓待の礼を取る。
――演出
この場に集まったプレイヤーたちは、上空を見上げている。もちろん怨恨から参加を決めた者達は別だが、ある種のイベントとして参加したプレイヤー達にとって、モモンガのソレは、場を盛り上げる最良のスパイスであった。
「卿ら、己の一生はすべて定められている」
艶と絶対強者という自負からくる覇気を兼ね備えた声が響き渡る。
「勝者は勝者に。敗者は敗者に。そうなるべくして生まれ、どのような経緯を辿ろうとその結末へと帰結する。これが世界の定めである」
ナザリックの表層にいる千人の襲撃者。ナザリック各層のNPC達。ナザリック九層の円卓の間にいるギルメン達。全ての者が今、高らかに謳うモモンガの声に聞き入っている。
「ならばどのような努力も、どのような怠惰も、祈りも罪も等しく意味は無い。今一片の罪咎ない者達が奪われ踏み躙られるのは、世の必然なのだから」
仕草、不穏なセリフ、そして演出はまるで勇者達の軍勢を待ち構える魔王そのものであった。
「愚かしく奪われ、踏み躙られる傲慢な敗北者たちよ」
いやがおうにも、襲撃に参加したプレイヤーたちの心の底から熱い何かが湧き上がる。お前たちは敗北者であり、生まれ変わろうと変わりはしないと、常に蹂躙されるだけの存在であると目の前の魔王は言っているのだ。
このセリフに映画やドラマのワンシーンを想起し興奮する者。
罵倒され怒りを溜めるもの。
ゲームの中のことでありながら、リアルの現状にまで思いを呼び起こし、強烈な感情を湧き上がらせるもの。
――感じ方は様々。
しかし一様に言えるのはこれから何か起こる。そんな期待であった。
「ゆえに祝福しよう。我らの贄となれ。AMEN!」
魔王が両手を大きく広げマントがバサリと広がる。
広がったマントは空を覆いつくし、黒と赤でプレイヤー達を塗りつぶす。そして空に溶け込むように魔王の姿が消えると同時に、ナザリック表層のほぼ全域で地鳴りが発生する。
そう、低レベルではあるが、ありとあらゆるアンデッドが一斉に地面から現れたのだ。
そしてプレイヤーが立っていた場所も例外ではない。足元から這い出し、足を掴むなど、まるでパニック映画のような状況になった。
聡いものは、先ほどまでの敵感知の正体と認識し応戦をはじめる。なにしろ襲撃してきたプレイヤーの多くはレベル一〇〇である。低レベルの物理攻撃無効を持つものも少なくない。今襲って来ているアンデッドの群れは三十以下ばかり。即座とはいわないが、十分に余裕をもって殲滅できるものだ。
しかしモモンガによる演説の後、虚をつくような突然の戦闘開始、加えて表層を埋め尽くすような数は、冷静さを失わせるには十分だった。
といった風に。大量の動画となって公開され、ユグドラシルの可能性というものを感じさせたのであった。
しかし、絶頂期はそこまでであった。
その後、二年も経過するとアインズ・ウール・ゴウンのメンバーのうち、実に半分以上が引退することとなったのだ。
***
二一三六年。ヘロヘロが転職を機にユグドラシルにログインすることがほとんどなくなった。転職先は、多々良の直轄プロジェクトでこそないが、レンラクのクレイドルにおける修理メンテナンスを行うロボットAIの開発部門。そのため守秘義務こそ高が、給料や勤務時間、福利厚生がしっかりしたプロジェクトとなっている。たしかに多々良が誘導こそしたが、これはまさしくへろへろの腕でつかみ取ったものだ。
ギルメンの引退、アクティブの減少がギルド運営として大きな問題だが、問題はユグドラシルの開発・運用保守プロジェクトでも発生していた。
まずはゲームデザイナーとチーフプログラマーの体調不良である。当初は過労ではないか?と診断され、しばらく休暇を取るとまるで嘘のように回復。そして回復したからと出社すると、数日後に再発。
それこそ、開発室に汚染物質でも持ち込まれたのでは? と事務所移転やテレワーク化するも、定期的にメンバーに体調不良が発生。最終的に別プロジェクトに移動させると回復するという、霊的なものを信じない人たちでさえ、このプロジェクトは呪われたという始末。
売り上げもかなり落ちていることもあり、開発リソースを別プロジェクトに配置し、数年後に有終の美をかざるという方針となった。
この時点でユグドラシルのサービス終了に進むのだが、問題はこれで終わらなかった。
ユグドラシルの基幹プログラムに、電脳倫理法違反となるゴーストダビング関連プログラムが動いている証拠を、プロジェクトをやめたエンジニアから、ある独立系ジャーナリストに手渡された。
対処のためレンラクが保有するイリーガル部門に出動が掛かった以上、多々良の権限でも止めることはできず、ある命令を追加することが限界であった……
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