第一章 悪魔の存在証明 第五話 悪魔の所業

 二一一六年 小学校五年に上がった多々良の生活は大きく変わることはなかった。平日は学校にいきつつ、企業の仕事をこなす二重生活。


 一昨年前に育成委員会で発表した「フルダイブの娯楽を利用した人心把握と経済支配」くわえて「フルダイブの長時間アクセスを利用したゴーストダビング研究の提案」この二点において育成委員会から経営委員会に上申。プロジェクト推進のメインは別の大人となったが、アドバイザーとして参画が認められたのだ。


「もしユグドラシルが作られるなら介入する口実がやっとできた」


 発想は凡庸。誰もが気が付く内容をビジネスの枠にまで落とし込み、ただしく損益分岐までを明示したにすぎない。


「それにしても異世界転移または転生ですか。一定数そのようなジャンルはサブカルにおいて存在しますね」

「古典でいえば不思議の国のアリスやチェンジリンクものなど、ここではないどこか。今ではないいつか。そういう望みは一定数存在するということだよ」


 教育係兼護衛の静にはすべてを話している。もちろん彼女を通してレンラクのDBにも記録されている。



――妄想癖 または中二病。ただしゴーストパターンは特異。要観察対象



 はれて、レンラクにおいても変人と認められたわけだ。


「一応 鈴木悟という東京アーコロジー周囲に居住の学生は二人。どちらも母子家庭です。片方の親じゃすでに亡くなられています」

「二人の就職先をこちらの枝がついた企業に誘導。数少ない道しるべだ」

「かしこまりました。他に推進することは?」

「この件については現状無いかな。むしろ本来のプロジェクトの推進のほうが予想以上だ。単純すぎない?」

「一般人が利用できるフルダイブ技術が確立して二十数年。機能としては成熟期に差し掛かってますが、傾向としては戦闘もの、スポーツもの、体感映画のようなストーリーを追うもの、どれにしろ開発費が膨大になる傾向があります。そんな中、日本の四季を反映した、海や山、その他観光地の再現。たったそれだけでセトロニンをはじめとした多幸感を表す指数が上昇するとは」


 いうほど特別なものではない。


 例えば富士山、京都の寺院、九十九里の海、軽井沢の散歩道といったいわゆる観光にもなるものに気象や自然のシミュレーターを加えたものである。


 多々良にとっては、転生前の知識から人が、旅行などで幸せと感じる状況をお手軽に再現しているにすぎない。そもそも自然の環境データというのは研究データや観測データでそれなりの保存されている。それを著作権などを調整し、再現しAIで補完しただけなのだ。。


 ただ若いクリエイターの多くは真の自然を知らず、実質ただの環境シミュレーターが、多くのユーザーに支持された。なんとも皮肉は話だ。


「そういえば明日は」

「小学校の社会見学という名のアーコロジー下層への視察ですね」

「今後の人生に必要なことだが、窓の向こうに広がる環境汚染現場とそこで苦しむ人を見て何を学べと? 純粋にかわいそうといえばいいのか」

「彼我の環境を理解し、親や企業という庇護者に感謝を知るというのが表向きですね」

「実際はショック療法もかねて現実を知らしめる。そして、レールから逆らえばああなるぞと。なんとも夢の無い話だ」


 多々良は明日の行事の悪趣味さにため息をつくのだった



***



 翌日。


 小学生たちと担任・副担任。学校が用意した護衛二名。そして多々良と友梨佳の護衛が一人ずつ参加し、マイクロバスに乗りこみアーコロジー下層に向けて移動するのだった。


 万が一のために防護マントを羽織り、厳重なセキュリティチェックを複数回超える頃。小学生たちはぐったりとするほど体力を消耗してしまっていた。唯一元気そうなのは、フィジカルが振り切れている満ぐらいだ。


「わかっていたとはいえ、面倒ね」

「たしかに」


 友梨佳の言葉に、多々良も同意しかなかった。もちろん必要だから実施されている検問ではあるが、やはりその徹底ぶりには大の大人も疲労を募らせるほどだ


「むしろあっちの方が大変そうだけどね」


 多々良が目を向けると、二人の護衛と学校が準備した護衛が、検問の持ち物チェックや武装申請状況や武装の状態を一つ一つ確認がされていた。


「立場上武装が許されているとはいえ大変そうだ」

「ええ」


 護衛達が検問を通過したのは、小学生たちのチェックがおわってから二十分ほど経過してのことだった。


「お待たせしました」

「静もお疲れ様」


 深々と頭をさげる静に対し、さらりと労う姿は企業における上司と部下のそれである。そのあとアーコロジー下層を回るのだが外周に近づくにつれ、その景色は変わっていく。


「正直気分の良いものではないな」

「そうね。ごみごみしてるし、清掃も行き届いていないわね。なにより……」


 普通に会話する元気があるのは多々良と友梨佳だけで、ほかの子たちはアーコロジー上層とはかけ離れた世界に何とも言えない不安と、居心地の悪さを感じているだろう。


 アーコロジー上層とくらべ下層は天井までの高さは低く、映像投影もされていないため圧迫感がある。人の数こそ多いが、だれもかれもが防護服や保護マントをまとっている。街路樹といったものもなくなり、コンクリートジャングルに迷い込んだと錯覚するほど無機質だった。


 なにより外から入ってきたと思わしき人は、心肺をまもるための巨大な防護マスクにゴーグル、対汚染大気用の保護マントを被っており、そのいで立ちの物々しさは、外の世界がどれほど危険かを雄弁に語っていた。


 そんな光景を眺めていると、本日最後の訪問場所である、アーコロジー下層外周にたどり着いた。そこは長い通路の先に巨大な壁に覆われた展望スペース。そしていくつか観察用と思わしき、多重に防護された強化ガラスによる物見用の窓があった。


「順番に外を見てくださいね」


 友梨佳の護衛は窓の端に立ち外を伺い、静は多々良のすぐ近くに立って警戒している。そんな中、教師の言葉に学生たちは順番に壁の外を見る。


 そこには灰色とも紫ともいいようがない淀んだ雲に覆われた空と、表面が酸やウィルスに汚染され爛れやせ細った植物。逆に適合したのか不自然に巨大化した植物もあった。またコンクリート製と思わしき建物群は酸性雨に洗われたせいか、ところどころ痛み煤けている。


 そのような中なのに、巨大なマスクとゴーグル、防護服でその身を覆い、汚染物質から身を守る人々がところ狭しと移動しているのだ。


 その光景に子供たちは一様に口を噤み、中にはもう見るのをやめる子たちもいた。


 いや、その姿こそ普通の感性を持つ子供の当たり前の行動なのだろう。


  

――だが、そこまでたった。



 最初に声を上げたのは、窓際で警戒していた友梨佳の護衛だった。


「全員下がって!」


 突然の警告に、教師や子供たちは動くことができなかったが、雇われた護衛は素早く子供を抱えるというよりも、引っ掴み窓から距離をとる。静も半透明のライオットシールドを構え多々良の前に立つ。多々良も、隣に立っていた友梨佳と満の手を引っ張り、なんとか静の影に隠れることができた。


 しかし行動できたのはそこまでだった。


 ドカンという轟音と共に、アーコロジーの壁が揺れる。そして音が二度・三度と響くと、そこかしこに亀裂が発生したのだ。


 外部からのテロ攻撃。


 周りからも喧噪が聞こえる。


 何かが起こっている。


 護衛は次の攻撃を警戒しながら、本部に連絡を取ろうとしつつ、子供と教師に避難するように指示をだす。友梨佳の護衛が殿を申し出るのと合わせて、学校が雇った護衛に先頭で安全確保と誘導するよう提案。


 しかしすぐ動くことはできなかった。子供達は、何をすればよいかわからず混乱し、中には足が竦んで動けない子もいたのだ。

そんな中、一人の子供が大声を張り上げた。


「全員保護マントを口元まであげて、護衛を先頭に退避。先生と満は動けない子を引っ張って、静は殿の補佐を」

「「「了解」」」


 子供たちと教師が我を取り戻し、行動を開始すると、管内アナウンスが流れる。

「D263ブロック外壁にて爆発事故発生。避難誘導にしたがって……」


 アナウンスの中、誰もが外部攻撃と思いながらも護衛・生徒・教師・そして静と友梨佳の護衛という順番で避難をはじめるのだった。




     ***




 緊急アナウンスが次々と流れている。


 護衛に教師、子供達が移動用マイクロバスに向けて小走りで移動しているさなか、今までにないアナウンスが流れだした。


「汚染物質の流入を確認。隔壁の閉鎖を行います。隔離に巻き込まれた市民・職員は通路脇のコンソールから連絡し、指示を仰いでください。くりかえします……」


 護衛を先頭に退避し、無事外周ブロックを抜けようとした時、 急に隔壁が下りてきたのだ。


 普通ならありえない。


 いくら緊急の隔壁閉鎖であっても人が通っている最中に隔壁が下りるなど、ありはしない。しかし、そのありえないことが目の前でおこったのだ。


 そう 友梨佳の頭の上に隔壁が下りようとしていたのだ。


 生徒の一番後ろから歩いていた多々良は友梨佳の服をつかむことができた。しかしできたのはそこまで。いくら男の子とはいえ、女の子一人を進行方向の反対側に引っ張るほど力はなかった。


「えっ」


 急に背中を引っ張られた友梨佳も、声をあげ足を止めることしかできなかった。


 だがそれが良かった。


 多々良の護衛の静が、二人ごと抱え強引に引っ張ることができ、道を阻まれるも隔壁つぶされる惨事だけは回避できたのだ。


 もっとも、事態はそこで終わることはなかった。


 無理に多々良と友梨佳を抱えた静は、バランスを崩してしまう。そして反射的に駆け寄ろうとした教師。


 その後ろにいた友梨佳の護衛は、


 パン。


 パン。    パン。


 と三発。静の後頭部に二発、教師に一発。アレス・プレデターⅤの弾丸を打ち込んだのだ。


 何かが焼けるの臭い。


 ドサリと倒れる静と教師。


 そして何が起こったかわからぬまま振り返った多々良と友梨佳。


「あ……え……」


 いくら教育を受けていようと、目の前で恩師と友人の護衛が死に、その原因が自分の護衛という事実を受け入れられない友梨佳は、固まってしまい何もできなくなってしまった。


 そんな状況に護衛……いや、襲撃犯は今度はゆっくりと壁際に向けて発砲する。


「あと五分もすればここも汚染される。その簡易防護服では五分と持つまい」


 そこには銃弾で打ち抜かれた制御コンソールが目に入った。


 友梨佳の護衛の声は初めてきいたと多々良は場違いな感想を持ちつつ、友梨佳を背にかばいながらゆっくりと立ち上がる。そんな多々良に向けて襲撃犯は拳銃を構える。


「汚染物質に心肺をやられ苦しみながら死ぬのと、このまま銃弾を受けて死ぬのとどっちがいい?」


「十分以内に隔壁が解除され、救助がくるという可能性は?」


 多々良は強気にも質問に質問を返す。その姿に、襲撃犯も思うところがあったのだろうか。


「この隔壁も、ここ一体の監視設備もすでにこちら側のデッカーが制圧している。通常の手順では隔壁を開閉できはしない」

「ああ、だからあんなタイミングで隔壁が下ったのか」


 目の前の襲撃犯は、すくなくともアーコロジー外部から攻撃をした存在と、隔壁操作・監視設備・強制換気システムなどを電子的に乗っ取ったデッカーのチームによる襲撃と自白したのだ。


 しかも何一つ状況が好転していないというおまけ付きである。


「で、これはシアワセの襲撃かい? それとも三浜? うちという線は、あまり考えたくないが、うん。なくはない」


 襲撃犯はよほど余裕があるのだろう。銃を向けながら多々良の独り言に耳を傾けている。なにより


「友梨佳が三浜を否定しないのは、そっちの内部にも何かあるってことかな。ほんと世知辛いね。世の中というものは」


 多々良の背中に縋りつく友梨佳は、ぎゅっと多々良の服を掴むだけで何も言わない。本当にこんな子供に何を背負わせてるのだか。


「まあ、ここでべらべらと依頼主や目的についてしゃべらないのは高得点だね」


 多々良は改めて襲撃犯をみる。


「どう? レンラクに来ないか? どうやら改造はしているだろうけど、純粋な人間のようだ。なんならうちのレッドサムライ養成所を紹介しようか?」

「世界でも恐れられるレンラクの特殊部隊にご紹介ですか。なかなか悪くない待遇かと思いますが遠慮しておきます。それにしても、良いのですか? おしゃべりのせいでもう時間は立ってしまいますよ」


 襲撃犯の言葉通り、リミットは近づいている。だが、


「おい。そろそろ目を覚ましてくれないか」


 多々良の言葉に、床で後頭部を破壊され、背中を向けていた静の右腕が関節的にはあり得ない方向で持ち上がる。


「?!」


 さしもの襲撃犯も頭部を破壊され、見るかぎり確実に機能停止しているとおもわしき存在の右腕が、まるで背中に目があるように動くなど予想外だったのだろう。


 そこに一拍の隙が生まれる。


 静の右腕は手首がまるで取れるように下にスライドし、腕の骨の部分に銃身が現れると同時に三点バースト。


「ガハッ」


 その狙いは襲撃犯の銃、腕、心臓。次のバーストで、体の中心から下腹部まで連続で打ち抜く。さらに、残弾を次々と急所に打ち込むのだ。


「な……ぜ」


 襲撃犯はそれ以上なにもすることができず息絶えるのだった。


「そりゃあ静がアンドロイドだからさ。しかもデッカーによるリモート操作の」


 もっともその言葉にこたえるものはいない。


「友梨佳?」


 襲撃犯はすでに息絶えている。それを確認すると多々良は背中に縋りついていた友梨佳に顔をむけるが、友梨佳は下を向き苦しそうに息をしている。すでにこの一帯は汚染物質が充満しているのだろう。



――静の再起動は間に合わなかったのだ



 多々良は友梨佳を正面から抱きしめ、自分の防護マントの中に入れる。すこしでも汚染物質を吸わぬように。


「静。救援は?」


 モノ言わぬ静は指を動かし1とゼロをつくる。


「救援まで十分。連中よほど腕の良いデッカーを雇ったのか……それとも」


 しかしこの状況に十分放置されれば、生き残れるかもしれないが重大な汚染により、身体に損傷を負うこととなるだろう。


「ままならないな」


 そんなこと口走っていると友梨佳は苦しそうに声をだす


「ごめんなさい。私を囮とした三浜の破壊活動。ターゲットは多々良君」

「囮にしては三浜の姫を使うなんてありえないさ」


 多々良は友梨佳の言葉を即座に否定する。


「ううん。私は姉、三浜由香里のクローン……。何かあった時の保険。レンラクで頭角を現しだした貴方を襲撃する絶好……の……タイミングよく攻撃されたのも、私の護衛に監視用GPSが内蔵されて……。それを追った……にちが……ごめんな……さい」


 友梨佳は息も絶え絶えに涙を流しながら事件の真相を告白する。


「きにするな」


 多々良はそういうと友梨佳をすこしでも防護マントで覆い隠すように抱きしめる。


 多々良からすれば友梨佳の告白は事実かもしれないが、それだけとは思えなかった。むしろもっと面白くないことを考えているからだ。たとえば三浜の破壊工作であったとしても、レンラク側が未然に防げていないのがおかしい。こんな分かりやすい襲撃を何もできない今の状況がそもそもおかしいのだ。


 しかし腕の中で苦しそうにする友梨佳をみて、一つの疑問が浮かぶ。


 なぜ自分だけ問題ないのか?


 防護マントの違い? むしろ今はマントで友梨佳を守っているのだから、自分のほうが防護できていない。


 身長? たかだか5センチの差でここまで差がでるなど聞いたことがない。


 男女の違い? そもそも汚染への耐性は女性のほうが若干高いぐらいだ。 


 友梨佳がクローンという情報が本当だったとしてそのせい?


 そもそも救援が十分。マントの防御機能は五分程度


 そして結論にいきつく


「私の知る別の世界線に転生させよう。無論生きるには惨く大変な世界線ゆえ、健康な体を、わかりやすくいうならば状態異常に悩まされることのない体を与えよう」 

ああ、よりにもよってこんな理由か。



 多々良はゆっくりと両手を動かし、友梨佳の顔を包み正面から見据える。


 友梨佳の顔はすでに青白く、呼吸も荒い。相当つらいのに、泣き叫ぶことを必死に耐えている。


「ごめんな。可能性はこれくらいしか思いつかなかったんだ」







 そういうと、多々良は友梨佳の顔を唇を近づけるのだった。

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