第一章 悪魔の存在証明 第四話 シアワセの形

「なあ、友梨佳と満はこの世界でどう生きたい?」

「いつになく曖昧な質問ね」

「……」


小学校四年も終わりが見えてきた冬のある日、たとえ他企業の子供であろうと仲良く手を取るぐらいには理性と友好関係を築くことができた。隠したもう一方の手に拳銃を持っているかもしれないが、それはお互い様である。それでも、多々良にとって親しいと線引きすると、残るのは小学校一年の頃から変わらなかったというのは皮肉なのか、成長がなかったというのか。授業も終わり帰るまでの合間に、多々良はこの 世界のありようを何となく質問してみた。


「企業人として所属する者やその家族のために利益の確保を。って答えを求めてるわけじゃないんでしょ」


友梨佳はめんどうくさそうな雰囲気を出しながらやれやれと回答する。本当に小学生かおまえ? と突っ込みそうになるが、多々良としても彼女の反応はわかる。彼女はそういう風に教育されているのだから、このような答えこそあたりまえなのだ。


だが満は違うようだ。聞けば両親どころか亡くなった祖父も警察畑という。


「僕は人々の安全を守り、安心して暮らせるような警察官になりたい」


田土満の言葉は、子供なりの葛藤があるのだろう。なぜなら、すでにこのアーコロジーの外のことは学んでいる。そして政府とメガコーポが推し進める愚民化政策とも

とれる施策への反発も言外に読み取れてしまうほどに。


「それに死んだ爺さん言ったんだ」


そういうと満は、多々良に顔を向ける。


「誰かが困っていたら助けるのは当たり前って。もちろんそんな単純じゃないって思う。でも爺さんはそういって笑ってた」


田中満の祖父は一昨年なくなっており、現場からのたたき上げとしては最上位まで昇進した実力派だったことは、多々良も友梨佳も知るところである。しかしその手の身辺調査では出てこない人となり。そして、その理念は孫にも引き継がれているというのがよくわかるエピソードだった。


「素敵なお爺様だったのね」

「だね」

「うん。爺さんは僕のヒーローだったから」 


だからこそ、世間的にはスレてしまっている二人からすればまぶしい言葉であった。そして返す言葉は満の人となりを表したものであった。


「まあ、何か答えがあって聞いたわけじゃなくて、どうしたらみんなが幸せになれるかなってね」


多々良はそういうと、こんこんと窓を指でたたく。その指の先には先進的で整然と並ぶ建物群。その隙間には環境保護用の植物が配置され、そして外周には巨大な壁に覆われている。満はそんな窓の外を見ながらつぶやく。


「爺さんが生きてた頃に教えてくれたよ。昔はこんな壁の中でなく青い空の下走り回ったもんだって」

「そりゃー自然が回復してくれればいろいろ解決して一番だけど、環境回復の研究って一進一退なのよね」


満の言葉に、友梨佳はどこか達観したように感想をいう。たぶん、三浜の内部でも環境回復系の研究がなされ、うまくいっていないことでも思い出しているのだろ。


「いつか、満のいうようなどこまでも続く青い空、美しく枝を伸ばした木々、そして澄んだ空気。山であれば雄大なその峰を。海であれば広大な波を、そんな自然の中をみんなで歩いてみたいな」


ふと、前世の記憶を頼りに多々良はつぶやく。


ああ、あの時代、誰もが当たり前と思っていた自然を手にすることはできないのか。


だが、友梨佳と満は多々良の言葉に驚いたようだ。


「なんかいつもの多々良くんと違うような」

「うん。無駄に詩的というか……なによりなんで自然についてそんなに具体的な?」


そんな二人をみながら多々良も、たまにはこんなことぐらい言うさとうそぶくのだった。


もっとも、外の世界や下層の世界を思えば、今この時の三人の姿こそ幸せの象徴なのかもしれない。


だが、この話はここで終わればいい思い出話となっただろう。


「ねえ満くん。隣のクラスの日野下さんが呼んでるよ~」


 クラスメイトの声に三人は入口に視線を移すと、そこには珍しい赤毛の少女がこっちを見ながた立っていた。満はその子に気が付くとすぐ席を立ちあがると少女の元に向かう。そして二言三言話すと、戻ってきて鞄を掴む。


「じゃあ帰るね。さよなら~」

「さよなら」


 満の急な動きに友梨佳は手を振って見送るのだった。


「なあ、満どうしたんだ?」

「え? ああ彼女は日野下詩織さんで、満君のお隣さんで幼馴染」


 そういわれると、満の身辺調査資料にもその名前があったことを多々良も思い出したのだ。


「ああ、彼女が」

「で、まだ告白してないらしいけど、どうみても付き合ってるのよね。うらやましいな」

「え?」


 友梨佳の言葉に多々良は驚くのだった。九歳児が恋愛? よくよく考えれば、そんなもんかと納得する。自分がある意味老成しており、同年代を子供にしか見えていなかったため、言われるまでそんな考えにさえ至らなかったのだ。


「幼馴染の恋人って鉄板よね」


 そして友梨佳の年相応の言葉に、逆に多々良は戸惑うのだった。


「まっ。満って何のかんのと紳士だしね。知識や行動は大人顔負けでも、レディーの扱いを知らないどっかの誰かとは大違い」


そういうと友梨佳は多々良をみてニヤニヤと笑うのだった。

多々良としても言いたいことはあるが、沈黙は金に値する。反論すれば、それこそ友梨佳の思うつぼなのだ。


もっとも、多々良が感じた敗北感のようなものは、ある意味で正しいのかもしれなかった。

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