第一章 悪魔の存在証明 第三話 この世界の真実

「静。なぜアーコロジー外はあれほどまでに環境破壊が進んだ。記録を見る限り例えば一九〇〇年代は確かに経済成長に伴う公害も発生していたけど、地球全域レベルで今の状態になるとは考えられない。それこそ、どんな原因を放置した」


 多々良は小学校三年となり、学校と企業による教育という二重生活に慣れた頃、専属アンドロイドの静に、前々から聞いてみたかったことを質問した。そうすると静は首元からコネクタを伸ばし、多々良のサイバーデッキにアクセス。いくつかの資料を表示させながら説明をはじめたのだ。


「もともとの環境破壊にくわえ、VITAS流行によるウィルス汚染は、人間だけに影響があったわけではないというのが世間一般の解釈です。しかし現在の権限により開示される情報に、急激な地球環境そのものの遡行という研究論文がございます」

「地球環境の遡行?」


 正直いえば企業連合によって隠された核戦争あたりを想像していたが、斜め上の回答がでてきた。いや、正確には某三ヵ国にて核施設の事故、戦争、内乱による破壊の隠蔽も記録されてはいるが、あくまで一地域の問題であり、地球全土の問題ではないのだろう。


「現在の大気組成は約二億年前の状態に回帰しております。なぜそうなったかについては諸説ありますが、二〇六〇年を境に激変したと観測されています」

「確か永久凍土をつかった過去の大気組成研究みたいなのが存在したという記憶がある。それほど危険な組成だったら、その時点で見つかったのでは」


 つい前世の知識を元にそれらしいことを言ってしまった多々良だが、静は別の資料を呼び出して説明を続ける。


「正確には問題の大気物質。いまは発見者のマナ・ギルマン博士の名前からマナとされていますが、これが当時は発見されていなかったためと推測されます。加えるならマナ濃度が高いと人体には有害であり、VISTAの培養・伝染媒体でもあります」


 静の言葉にさしもの多々良の顔も大きく歪む。


「マナの上昇は、大気中の粉塵・微生物と反応し地上を覆う霧と化し、その霧がVISTA培養のコロニーとなっております。加えて日照時間の激減など自然環境への影響も大きく、生身の人類では生存不可能なレベルとなっております。逆に適合したのがミュータント。ある程度の知性を持つものはデミ・ヒューマンと呼ばれておりますが、相容れない存在となっております」


 その後、静との問答を通じこの世界のことがわかってきた。

この世界におけるメガ・コーポはただのデストピアの運営者ではないということ。変質する世界で人類が生きるために、残されたリソースでなんとかしているというのが現状なのだ。


「なるほど、だからわが社にあんな計画が存在するのか」


――宇宙空間に浮かぶ発電衛星アマテラスと

  高度七千m以上にて運用する高高度プラットフォーム クレイドル建造計画


 すでに発電衛星アマテラスは一部完成し、宇宙から三十%程度の出力で発電を開始しており、千葉にあるレンラク本社アーコロジーの必要エネルギーを賄っている。大気に加えマナとVISTAの霧を抜いて給電されており、それなりに減衰しているのにこの出力。それが十全に発揮されれば、都市一つをはるか空の上に持ち上げることも可能だろう。


「まったく、本当にとんでもない世界だ」


 今の地上で人間がその体だけで生きていくことはできない。人工心肺がなければその空気で呼吸できず、雨に打たれ放置すれば皮膚はただれる。


 それこそ人類を雲の上に引き上げることができるクレイドルによる移民計画が失敗すれば未来はない。


 または十一、二年後にはユグドラシルがサービス開始され、二一三八年には異世界へ。


 まさしく異世界への逃亡だと、笑い話にもならない。多々良はため息をつきながら、何をすればよいか考えるのだった。



***



「では社会、歴史の授業をはじめます」

教室の子供達は一斉に男性教諭の講義に耳を傾ける。

「九三ページ。前回は二一〇〇年に発生した環太平洋地震、世界では世界同時多発災害のところまで話しましたね。簡単に復習しますと、名前の通り日本を含む太平洋に面する複数の地点でM9クラスの地震が複数回発生しました。その後の津波もあわせて当時全世界で人口の約三十%の人命が失しなわれました」


 教諭は当時の映像や資料を表示しながら簡単に説明する。その内容は酷いの一言で、正直子供に見せるのはトラウマもの。ただし、近代史における転換点であることも事実である。


「では、本日最初のテーマは、災害の影響についてです。図にあるように災害後は復興が最優先とされました。もちろん第二次世界大戦後、大きな災害には国際社会が協力し復興が行われるというスキームもできておりました。そして日本も災害大国であることから、自国の復興のみならず海外協力という形で多くの災害復興支援を行う立場となっていました。では三浜さん。環太平洋地震と従来の違いについて復興という視点から考えられることを述べてください」


「純粋に復興すべき規模が違うと考えられます。従来の災害であれば大規模であっても一地域。ですが環太平洋地震は日本だけでも国土の十%程度。世界で見れば膨大な地域が被災していたため、復興リソースの不足が発生したと予想できます」


 教諭の質問に友梨佳はしっかりと答える。やはりメガ・コーポの一族。多々良と同様にそれこそ脳への直接知識インストールなども含めて教育がされているのだろう。


「よくできました。環太平洋地震と日本では記録されていますが、世界ではヨーロッパ・北米・アフリカ・インド方面もふくめ同時に様々な災害が発生しています。そのため復興はほぼ自国で精一杯。ほとんどの国家が支援を必要しながら、独自でどうにかしなくてはならないという状況となりました。その結果、全世界的食料危機、エネルギー・資源危機、経済危機そして治安悪化が加速度的に進行してしまったのです」


 当時の食料自給率、各種経済指標、治安の評価などが表示される。普通に考えればそれはそうだ、日本において自衛隊という災害救助のプロフェッショナルがいようと、日本全国が被災地となればリソースは不足する。そして日本の被災地を放置して海外支援などできるはずもなかったのだ。そして様々なものにしわ寄せがいく。それが世界規模ではなおさらだ。


「災害復興期における食料危機および治安低下、インフラの崩壊などにより、一つ大きな転機が発生しました。それが後にセレテック判決といわれる事件です」


 セレテック判決

 当時食料を求めるあまり食料輸送車と誤認した暴徒から、実際は劇薬である科学物質輸送車を護衛するためにセレテック社が、私設の警備部隊を投入し暴動鎮圧を行ったのだ。もっとも二一〇〇年代の日本人が食料を求めて暴徒となった? という一点については、少しばかり疑問が残る。確かに襲撃しようとし鎮圧されている映像資料を見る限り黄色人種っぽいが、本当に日本人による暴動だったのか? それこそ企業側の仕込みだったのではないか? そんな風に思えてしまう。


「では姉木君。セレテック判決の影響を簡単予想してみてください」

「セレテック判決は企業における防衛行為を合法とした判例となりました。そして当時エネルギー問題に対処するため小型核施設運営の許可を得たシアワセ・コーポレーションは、施設警備のために、企業施設内に限り治外法権を主張するきっかけとなりました」

「はい。よくできました。二一〇二年のセレテック判決から、二一〇四年のシアワセ判決へと続いていきますね」


 この二つが日本におけるメガ・コーポレーションによる実行支配のきっかけとなる。実際翌年にはいくつもの企業連合が発足し、災害復興のための区画整理という名目で、地域レベルで買収が始まるのだ。そして数年後のアーコロジー建設のきっかけとなったのだ。


 その後も海外の事件など、世界はつながっているといわんばかりに解説されていく。


「では、そろそろ最後になりますが、当時の映像を見てもらったうえで、感想を……。そうですね。田土君」

「はい。当時の人たちの気持ちを代弁することはできませんが、でも当時を乗り越えた人たちの思いが今にもつながっていると考えています。だからこそ、災害復興の時に手を取り合い、助け合ったように、困っている人を助けられるような大人になりたいとおもいます」

「はい。先生も期待していますよ。では少し早いですがこの授業は終わりです」


 この教諭も満の言葉に目をほそめながら頷き、日直に号令の指示をだす。そして礼と共に部屋をでていく。


 もちろん 今の世界で満のコメントは理想でしかないのは教諭もわかっているだろう。だからこそ素直に喜んだのかもしれない。そして、素直にそう考えることができなかった多々良は、自分がどれほどこの世界に染まっているのか嫌になるのだった。

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