第一章 悪魔の存在証明 第二話 あいつはやっぱり悪魔だったよ

意識がはっきりしたのは六歳の頃。それまで何となく感情のまま、周りに言われるまま、自由に生きていたような気がする。そんなある朝、まるで晴れることのなかった目の前の靄が急に消えて無くなり、前世の記憶と今生の記憶がかっちりと組みあがった。


そして前世の最後の瞬間、悪魔との契約を思い出したのだった。


しかし、最初に浮かんだことは。


――この世界は本当にオーバーロードの世界なのか? 


という疑問であった。


オーバーロードの世界といってどんなイメージを思い浮かべるだろうか。王道ファンタジー色が強い中世ヨーロッパのような広大な冒険の舞台。残酷なモンスターが蔓延り、神秘的な魔法、多種多様な異種族が生き、良くも悪くも陰謀と戦闘の絶えない世界。そんな世界にゲームのキャラクターの性能を身に着けた存在が、所属するギルドのNPCたちと転移し騒動を起こす。


しかし、この世界はどうだ。


まず大きな屋敷に複数の使用人……のようなアンドロイド。なぜなら顔や手足は普通の人間に見えるが、首の後ろに攻殻機動隊にある電脳へのコネクタのようなものがあり。そして腰あたりにあるコネクタで充電している姿も見たことがあったのだ。


屋敷のそこかしこにおかれた観賞用フェイクグリーン……のような有害物質や二酸化炭素を処理する謎植物?家電があった。


綺麗な空と思って見上げれば投影画像だった。


六歳といえば小学校に入学したばかりなのだが、実際の教育は家庭で行われており、数学でいえば方程式どころか高等数学あたりまで履修している。なにより教育方法は、アンドロイドによる個別教育や睡眠学習に加え、ナノマシンと外部学習装置を使った脳への知識インストールを駆使している。


極めつけは、いわゆる歴史の授業で学んだ世界状況。


二〇七〇年 VITAS流行

VITAS(ウィルス性有毒アレルギー症候群)発見。しかしその時には空気感染で全世界に拡散。世界人口の三割が犠牲となる。


二一〇〇年 日本名称:環太平洋地震、世界での名称:世界同時多発地震

これについて言及はさけよう。ただ一言、日本を含め大規模な地震と津波によって大きな災害にみまわれた


二一〇二年 セレテック判決

 一定規模以上の企業は自衛と治安のために私戦力の保有が認められる。


二一〇四年 シアワセ判決

企業敷地内での治外法権が認められる。


どこがオーバーロードの世界? むしろシャドウランじゃないかと突っ込みを入れたくなったが、私の住むこの場所は複数のメガコーポの闇が蠢く東京アーコロジー。

そう。


――東京アーコロジーである。


オーバーロードの主人公モモンガの中の人である鈴木悟が、生きる世界として語られた場所。


アーコロジー外部は環境汚染が進み、人工心肺によるろ過機能がなければ生活さえ困難となるレベルの世界。アーコロジー内に住めぬ労働階級の人類はそれこそ働き蟻であり最終消費者であることを位置づけられた生活を送っているのだ。

なにより、最近になってデッカーどものサイバーデッキを利用したフルダイブ機能を簡略化および制限。そして汎用化したフルダイブ技術を使った低価格の娯楽を|うち≪レンラク≫が発売した。


ああ、ある意味でオーバーロードの世界なのかもしれない。十数年後にDMMO―RPGユグドラシルが開発されるかもしれないのだから。


「多々良様。次の課題は半年後。レンラク本社育成委員会での発表となります。それに伴い、シニアディレクター級の情報へのアクセスが許可されます。同時に秘密情報管理規定も適用されます」


あんまりな事実につい現実逃避していたら、教師兼サポート兼護衛アンドロイド「静」が、淡々と次の課題について説明してくれていた。


「これで完全監視対象か~」

「創業一族でいらっしゃる姉木多々良様は、将来レンラク・コンピュータ・システムズの幹部となられるお方。護衛のためにも常時監視や警備は必然かと。さて課題ですが、アクセス権を利用し新商品または何らかの改善提案となります。もっとも数年は形式的なものであり、内容よりも視点、試行錯誤が評価されます」


2112年。レンラク・コンピュータ・システムズの創業一族 姉木多々良(六歳)。これが今の立場である。つまり、デストピアの運営候補(メガコーポの幹部候補)ということである。


きっとアインズ様やウルベルトさんに恨まれるんだろうな。


やっぱあいつは悪魔だよ。



***



さてこの世界においても六歳になれば小学校に入学する。


主人公こと鈴木悟の話では、アーコロジー最下層および外部では小学校に通うことさえ経済的負担となるのだそうだ。しかし少しでもまともな職につくためにはと親は苦労して……と語られている。そして鈴木悟の母親も過労で亡くなったとされている。


対するアーコロジー上層部における学校教育は少し事情が違う。


そもそもアーコロジー内の学校に通うということは、ごく一部の例外を除き、高い納税を可能とする企業、数こそ少ないが政府に所属する家族であることが条件となる。よって将来の幹部候補との親交が主目的となる。その意味ではレンラク本社がある千葉アーコロジーでは、レンラクおよび子会社の子弟による親交がメインなる。


そして東京アーコロジーでは別の意味合いも含まれるのだが。それはさておき、最 終的に大学・大学院まで教育を受けることもできる。しかし一部の強烈なコネのあるもの以外は、小学生後半から学校生活の四分の一程度をインターンで過ごすこととなる。そして大半のものは小学校のうちに所属する企業が決まる。その後、所属企業の教育方針によって最終学歴が決まるのだ。


また国家所属の公務員を目指すのであれば、中学校卒までに資格の取得が求められる。資格自体は十歳から受けられるため、最初はインターンで企業に所属しつつ資格取得を目指すというのが一般的な流れだったりする。


ゆえに、前世の感覚でいえば、都内にあるような体育館内蔵の校舎で行われる小学校の教育レベルは、前世の教育とは一線を画すものとなっている。

たとえば多々良のように企業があらかた教育を施されるものもいるため、同じ教室でのみんなといっしょに授業というものが学力差によって成り立たないのだ。よって共同で行われる授業はごく一部となり、徹底した個性を伸ばす少人数授業となる。


「おはよう。多々良君」

「おはよう。友梨佳(ゆりか)さん」


教室に入って挨拶をしてきた女子。三浜友梨佳(みはま ゆりか)は、黒のセミロングに愛嬌のある笑顔が特徴の女の子だ。ただし別の側面でみればメガコーポの一つ、三浜コンピュータ技術の令嬢。現最高経営責任者 三浜敏郎(としろう)のはとこにあたるらしい。三浜の本拠地である京都アーコロジーではなく、緩衝地帯のここにいるのだから、どこまで本当かわかったものではないが。


「今日の発表レポートの出来は?」

「今回は無難」

「そんなこといっても、またA評価でしょ」


なぜレンラクの創業一族である多々良と彼女が同じ学校に通っているかといえば、東京アーコロジーがレンラク、シアワセ、三浜。そして日本政府の合弁企業にて管理運営されている事に由来する。つまりアーコロジー内の学校もそれぞれの勢力の子弟が入学しているのだ。ゆえに負けられない競争をしつつ、よく言えば企業の枠を超えた友好を育むことができる場である。


「ディベート込みの評価なら」

「大した自信ね。負けないけど」


まったくもって小学生の会話じゃない。アーコロジー外やアーコロジー下層の学校は、前世の記憶に沿った、ほぼ予想通りの小学校生活のようだ。だが、ここは人造にしろ天然物にしろ、将来の企業・国家を支える天才・秀才を育成する教育機関の側面もある。そんな学校の子供たちは総じて大人びているが、そんな中でも彼女は多々良と同じ企業教育を受けているためか、会話がかみ合うのだ。


「おはようございます!」


ひときわ大きな声であいさつし、しっかり礼までして部屋にはいってくるスポーツ刈りの男の子。


「おはよう。満(みつる)君」

「おはよう。田土君」


田土 満(たつち みつる)。多々良にとっては友梨佳とともに数少ない友人であり、初めての男友達でもある。もっとも、満は企業ではなく政府、それも警察畑というもの珍しさを後押ししている。


そして十人ほどの子供があつまると授業がはじまるのだった。



***



企業からの特殊教育を受けていると思わしき友梨佳は別として、他の子供たちは徹底した詰め込みと反復教育がなされている。前世の記憶にある子供たちの状況と鑑みれば、とんでもなく優秀な子たちだ。


くわえて、それぞれ得意分野は徹底的に伸ばすようカリキュラムが組まれている。


たとえば満は、圧倒的ともいえる天性の反射神経と視野の広さを持っている。本人はいたって生真面目で優しい性格だが、その才能は戦闘者のそれである。先日限界測定として実施されたテストでは反射0.十四秒。それこそコムリンクなどで機械化した相手以外ではまともに戦えないレベルである。


チート主人公かな?


どちらにしろ、この子が大人になった時、外界やエネミーと戦う企業戦士、または政府の戌となり圧倒的な強者となるだろう。


とはいえ


「いたっ!」


健全な成長には運動も必要と、こんな世界の小学校とはいえ週に二回の体育授業がある。


今日は当たってもケガをしないボールを使用したドッチボール。持前の反射神経で軽快にボールを避けていた満だが、さすがに五対一ではどうにもならず。見えすぎる反射神経と視野をつかれフェイント込みのボールの前に負けてしまうのだった。


「多々良君いきなりフェイントなんて!」


と、抗議するもドッチボールが始まってからフェイントを一回も使わなかった多々良が、最後の一回だけ投げるそぶりを見せ、その後全力で投げただけである。そもそも他の子はフェイントすら碌に対応できず、投げてから避けようとする程度。対して満は反射能力が高すぎる弊害で引っかかった典型にすぎない。そしてその辺をあまりわかっていないのが満の小学生らしいところともいえる。


「送球しようか投げようか迷っただけだよ」

「そっか!」


精神年齢では大人と子供の差がある多々良の大人げない言葉に、満は納得する。しかし次のセットを友梨佳と満が組んで五対一と先ほどの逆の体制にされえてしてしまい、最終的に満は多々良にボールをしっかり当てるのだった。


因果応報


何のかんのと、この世界を楽しんでいる。


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