第4話 堕落

 熱弁しすぎた私は、な監禁ぶりを説明してしまい、いつでも逃げ出すことができたと七緒ななおちゃんに教えてしまった。

 そうなると、帰りたいと言っていたはずの私がこの部屋に残っていたのがおかしくなってしまう。


「あ、あのそれは……えっと……」

「もしかして、逃げたらわたしに何をされるかわからなくて、怖かったとか?」

「そ、そうっ! 簡単に逃げられるからって、逃げてそれでお終いじゃないからねっ! 身の安全が確保できてないとっ」

「……ふふっ、なんだよかったです。それじゃあわたし、綺花あやかさんの気持ちに応えないとですね」


 七緒ちゃんは、にっこり笑うとキッチンへ向かった。何をするのかと思えば、包丁を片手に、


「綺花さん、わたし頑張りますから」

「ちょっえっ!? それはいきなり頑張りすぎじゃない!?」


 ヤンデレが好きな私も、この流れで包丁の出番は驚きを隠せない。軽く刺されるくらいなら……まあ、一度くらいいいかなとは思っていたけど、もっと段階を踏んで重い愛を噛みしめたいのに。あんなへなちょこ監禁の次に刺されるなんて、そんなジェットコースターじゃ、せっかくのヤンデレが楽しめないよっ!!


「血は苦手なんですけどね」

「あ、あのねっ、臓器のあるところはダメで、そのほらっ、胸とか女性の場合脂肪が楯になるから実は軽く刺す分にはけっこう安全で……」

「む、胸ですか?」

「傷跡とか目立つかもだけど、でもそれも七緒ちゃんの愛の印って思えば……」


 慌てて早口となる私に、七緒ちゃんがきょとんと首をかしげた。


「胸ってどこら辺のことを言うんですか?」

「おおいっ!! そりゃ平均ちょっと下くたいの胸だけど、そんなこと言われるのは違くないっ!?」

「えっ……その……えらの下あたりですか? すみません、本当にわたし魚を捌くの初めてで」

「えら? 魚?」


 今度は私が不思議そうに聞き返す。七緒ちゃんはエコバッグから、ポリビニールに入った一匹の魚を見せる。丸のままのお魚だ。


「それ、捌くの? 包丁で?」

「はい。……綺花さん、お魚好きって聞きましたので」

「え、うん、ありがとう?」


 そういえば、今回の監禁はそもそも昨日のサークルの飲み会で別の女の子――瀬野せのさんとたまたま魚料理で盛り上がっていたことが原因だった。

 しっかり私の話を盗み聞きしていてくれたのか。それに、苦手な魚料理にも挑戦してくれて。


 ――ぶっちゃけ、ちょっと思っていた以上にポンコツでヤンデレ具合が私の好みかって言うとだいぶ怪しい。だけど……。


 そんな七緒ちゃんだけれど、いや、そんな七緒ちゃんだからこそ、余計に愛おしく思えてきた。

 ずっと恋い焦がれていたヤンデレとは違うけれど、七緒ちゃんがこれだけ可愛らしく見えるのは、もしかしたら本当の恋なのかもしれない。


「七緒ちゃん、ありがとうね。私、七緒ちゃんがどんな子でも本当に――」


 ぎこちない手で包丁を握って、魚に向かう七緒ちゃんの背へ私が気持ちを伝えようとした時だ。

 スマホの着信音が鳴る。私のだ。


 ――いや、これもだよね。私も当たり前すぎて触れないで置いたけど、スマホがあると家族や友達、警察にだってすぐ助けを呼べるわけだから、絶対そのままにしちゃダメだって。


 呆れながら画面を見ると、瀬野さんからのメッセージだった。


『綺花ちゃん、昨日はありがとうっ! あたし、ああいう飲み会は初めてで緊張してたんだけど綺花ちゃんのおかげですっごい楽しかったよ。それでね、サークルの人に聞いたんだけど、綺花ちゃん、七緒さんと付き合っているって本当? 七緒さんって、サークルの子だよね? ちょっとお高くとまった感じでさ、ううん、綺花ちゃんの恋人にこんなこと言っちゃダメだよね。でも綺花ちゃんには、あたしみたいなのとの方が上手くいくんじゃないかなって。えっとさ、あたしじゃダメかな? あはは、ごめんね。突然。でもあたし綺花ちゃんのこと、すごく好きになっちゃったし、絶対七緒さんとか、他の人より綺花ちゃんのこと幸せにできるよ。だってあたし、綺花ちゃんのためならなんだってできるもん。好きだよ、綺花ちゃん。ねえ、七緒さんなんかと別れてさ、あたしと付き合おうよ? ねえ? ダメ? あたしじゃダメ? あたし、綺花ちゃんのこと大好きなのに、ダメなのかな。愛してるのに。綺花ちゃんさ、人当たりよくいつも笑っているけど、本当は人付き合いそこまで好きじゃないよね? あたしはわかるんだ、綺花ちゃんのこと。綺花ちゃんは誰か一人にすっごく愛されたら、他の人とかどうでもよくなっちゃうタイプだよね? でしょ? 好きだよ、好き、大好き。好きで好きでたまらないから、あたしとなら上手くいくでしょ? ね? 付き合おう? 七緒さんに別れようって言えない? だったら、あたしが話付けていいよ? うん、そうしよ、それで七緒さんの前であたしと綺花ちゃんの本当の愛を見せてあげよう。うふふ、楽しみだなぁ、綺花ちゃんっ!』


 鼻血が出るかと思った。


「え、綺花さん、どうしました? お料理はその……もう少し時間かかりそうなのでゆっくりしてもらえると……えっと、ここを切ればいいのかな?」

「う、うん。あの私……七緒ちゃんのこと――」


 魚相手に苦戦する彼女を、私はやっぱり――。



   FIN.


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念願のヤンデレ彼女がポンコツ過ぎて、私はどうしたらいいですか!? 最宮みはや @mihayasaimiya

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