第3話 説教

 ヤンデレに愛されるべく、なるべくは流されやすく自己主張少なめだけれど包容力のあるタイプを目指していた。だから本当はこんな風に、はっきりと意見するのは当初の予定ではなかったのだけれど、でも私と七緒ななおちゃんは恋人でお互いのこれからの円満な関係のためにはしっかりと一度話し合う必要がある。


「七緒ちゃんは、私のことが好きなんだよね? それで、私が他の人に浮気しないか心配で、この部屋に監禁してくれ――したんだよね?」

「は、はい。綺花さんのことを疑うのは悪いと思っているんですが……でも、わたしっ」


 よかった、この前提は問題ないらしい。


「あーうん、大丈夫。一旦反省とかはいらないからね。それでね、本題は監禁のことなんだよ」

「え? 監禁の事って……あっ、お手洗いの場所教えてませんでしたか!? ごめんなさいっわたしっ」

「違う違う! いや、それも大事かもだけど……」


 実際、他が完璧な監禁で数時間放置されるとお手洗いの問題は解決しておいてもらわないと困る。ただ今回は全然完璧どころか穴だらけのお留守番だったから、そんな先の話はいい。だいたい部屋数少ないから適当に探しても直ぐ見つかるし。


「ほら見て、七緒ちゃん、私の両手と両足」

「えっと? 手は白くて細い指が可愛いですし、綺花さんの細い脚も頬ずりしたくなるくらい綺麗ですけど?」

「違うっ! ほら、自由でしょ? 好きに手も足も動かせる。これだと部屋から簡単に出られるよね?」

「……そっ、それはそうかもですけどっ!」


 かもじゃなくて、そうでしかない。

 ハッとなにかに気づいた七緒ちゃんは、視線をちょっと気まずげに逸らした。


「も、もしかして普通なにかしらこう、縛っておくべきでしたか?」

「うん、監禁だったら出られない部屋に閉じ込めるか、せめて縛るくらいしないと……」

「で、でもドアはちゃんと閉めましたよっ!」

「いやっ、鍵とかなんもないよね!? そんな戸締まりの話してないよっ」


 でも大丈夫、みたいな顔されても困る。本当にこの子は何も監禁のことをわかっていないのか。


「でも玄関は鍵しましたよ?」

「内側からなら普通に開けられるよね?」

「…………でもほら、オートロックですから」

「だから内側からは関係ないんだって!!」



 頭が痛くなってきそうだった。しかしせっかくできたヤンデレの恋人だ。見捨てるわけにはいかない。私も彼女の重い愛に応えるよう、ヤンデレをしっかり教えないといけない。……いや、ヤンデレというか監禁?

 ちょっと涙目になっている七緒ちゃんを、慰めるように優しい声を出す。


「急だったからね……賃貸だし、そんな閉じ込めるのにちょうどいい部屋とかドアってないよね? それは仕方ないと思うんだ。でもほら、私の靴を隠しておくとかさ、そしたら私も裸足のまま直ぐに外へ出られないってなるでしょ?」

「靴を、隠す……っ!」


 思いも寄らなかった、と七緒ちゃんが手を叩く。もちろんこれは本来は保険のようなものだ。手脚は縛って、ドアに中から開けられない鍵をかけ、それでも万が一のために靴などを隠しておく。これで少しでも逃げられるまでの時間を稼ぐのである。監禁の基本じゃないか。


「あとさ、ベランダも窓普通に開くよね?」

「でも五階ですよ?」

「外とか隣の部屋に助け呼べるから」

「そ、そんなっ……じゃあベランダの窓も……」


 私は、「うん、やっぱり開かないようにしないとだよね」と頷く。しかし本来なら窓のある部屋に監禁というのがそもそも間違っているのだ。やっぱりベストは地下だ。声も外に届きにくくなるし。


「……わたしの監禁はダメダメだったんですね」

「うん、悪いけど、落第だよ」

「それじゃあ……なんで、綺花さんは出て行かなかったんですか? 帰りたいって言っていたのに」

「へ? あっ……それは……」

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