第肆章 本とカレーの木曜日

匙休め14 神保町の古本まつり 

 武道館や靖国神社を背にして、「靖国通り」の右歩道、「すずらん通り」と接している側は、神保町交差点から駿河台下交差点の間の約五〇〇メートルに、専門古本店が軒を連ねている、日本屈指の〈古本街〉になっている。


 この神保町の〈古本街〉において、十月二十七日の金曜から十一月三日・金曜日までの八日間に渡って催されるのが、今年、二〇二三年に第六十三回目を迎えた「東京名物 神田古本まつり」で、その参加店は約一二〇店舗、出品点数は約百万冊である。

 この時期には、「神田古本まつり」に併せて、神保町で古本関連のイヴェントが催され、例えば、『ビブリア古書堂の事件手帖』の著者の〈三上延〉氏と、脚本家〈倉田英之〉氏の二人による「神保町放談」のトークライブなども行われたりしているのだが、祭のメインとなっているのは、古本街の歩道にワゴンが並べ置かれ、そこで展開される「青空掘り出し市」で、ここにおいて、古本のバーゲンセールが催される。


 例えば、夏のお盆の時期に京都で催される「下鴨納涼古本まつり」は、普段は本屋が存在しない、下鴨神社に隣接した「糺の森」に、この期間のみ京都中の古本屋が集まって、仮店舗を設けるので、京都の夏の古本まつりは、お盆の時期の糺の森でしか体験できない、という特別感がある。

 これに対して、神保町の「神田古本まつり」に関しては、この街には、そもそも実店舗が存在しているので、神保町に来さえすれば、古本まつりの時期ではなくとも、実は、いつでも好きな時に古本屋巡りをする事ができる。


 だがしかし、だ。


 神保町に来て店舗に入れば、いつでも古本巡りができるにもかかわらず、白と赤、二色の提灯が掲げられ、歩道に白いワゴンが並び置かれる、それだけで、普段とは違った、祭としての〈ハレ〉の意識が、いやが上にも参加者の興奮度を高めるのは実に不思議な感覚である。


 書き手は、神田カレースタンプラリーに参加中で、かなりの高頻度で神保町に足を運んでいるのだが、古本まつり開催の前日に当たる、二十六日の木曜日にもこの街を訪れた。そして、九段下から神保町に向かって歩きながら、翌日の開催を前に、提灯やワゴンを忙しなく準備する関係者の様子を、期待感を込めた目で眺めやったのであった。

 そして、その数日後、まさに古本まつり開催中の三十一日の火曜日にも、再び神保町を訪れた。


 実はその時、降り悪く、小雨がパラついてきたのだ。

 その時の雨量は、傘をささずに済ませる事ができる程度だったのだが、しかし、小雨とはいえども、本にとって水は天敵だ。

 だからであろう、雨が降り出した時の、ワゴン前の書店員の対応は実に素早かった。

 ワゴン店の中には、ワゴン一面の古本の上にビニールシートを掛けて、一時閉店した店もあったのだが、別の店の中には、透明や青いビニールシートを屋根代わりにして、雨から本を守りつつ、営業を続行している、そんな商魂逞しい店も認められた。


 書き手は、開催前の訪問時とは違って、今度は、逆方向から、つまり、神保町デルタゾーンに近接した駿河台下付近から、九段下方面に向かって、ガヴィアルがある神保町交差点まで、しばしの間、ワゴンを流し見していったのだが、この散策の際に思ったのは、今年、二〇二三年は既に、スタンプラリーに参加している幾つかの〈ブックカフェ〉でカレーを食し、スタンプをもらってしまったのだが、来年以降は、「古本まつり」の開催期間中に、この祭で出会った掘り出し物の古本を片手に、ブックカフェを始めとする、古本街に位置するカレー提供店に足を踏み入れ、カレーが提供されるまでの待ち時間を、戦利品をパラパラ捲りながら過ごすのも悪くはなかろう、という事であった。


〈参考資料〉

〈WEB〉

 「第63回東京名物 神田古本まつり」、『JIMBOU』、二〇二三年十一月一日閲覧。

 「第36回 下鴨納涼古本まつり」、『京都古書研究会』、二〇二三年十一月一日閲覧。



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