第36匙 カレーを食べ〈ながら〉の読書:喫茶センター(B11)

 十一月三日の文化の日に最終日を迎えた第六十三回『神田古本まつり』、その古書祭に約一か月先立つ十月最初の木曜日の午前中、書き手は、神保町の古本街を独歩していた。

 その日の書き手の向かい先こそが「神保町ブックセンター」であった。


 この本屋は、二〇一八年にオープンした岩波書店の施設で、それゆえに、店内の本棚には『岩波書店』の本がずらっと並べ置かれている。しかし、単なる出版社専門の書店ではなく、本棚以外にも、電源が取れるコワーキング・スペース、さらには、喫茶スペースさえもが備え付けられており、ここは、いわば、書店を軸とした複合施設になっているのだ。

 その喫茶スペースでは、購入していない本の持ち込みは、当然、不可なのだが、翻って考えてみると、未購入品でなければ問題ない、という話で、例えば、買ったばかりの本を読みながらの飲食が可能という事である。

 そして、その飲食スペース「喫茶センター」で提供しているメニューの中には、「センターカレー」という名称のライスカレーもあって、それゆえに、神保町ブックセンターは、今回も「神田カレー街食べ歩きスタンプラリー」に参加している次第なのだ。


 さて思えば、本が置かれている飲食店は決して珍しくはない。例えば、書き手の家の近所にある、カレー・チェーン『CoCo壱』には、かなり多くの漫画本が置かれていて、ここでは、カレーを食べながらの読書が可能になっている。

 だが反対に、その逆の、飲食ができる本屋は未だ珍しいように思われる。そして、このようなタイプの本屋こそを〈ブックカフェ〉と呼び得るのではなかろうか。


 さて、さらに着目したい〈ブックカフェ〉の特徴は、書店が入っている同じ建物に、例えば、スタバなどのカフェが存在していて、つまり、外に出ずに建物内を移動すれば、買ったばかりの本を直ぐ読める、といった点ではない。

 つまるところ、〈ブックカフェ〉と呼ぶにたる施設は、あたかも本屋と喫茶コーナーが混然一体となっているかのような空間で、こういったタイプの施設は、神保町に何軒か認められ、これは、やはり、日本屈指の古本街である神保町が誕生せしめた、ある種の特異点であるようにさえ思われる。


 そもそも論な話なのだが、スプーンという掬う事に使われるカトラリーは、挟むために使われる箸よりも、使用は圧倒的に簡単である。そして、同じように、匙を使って食す料理でも、スープは汁が飛び跳ねる場合が多い。だが、粘度が高いジャパニーズ・ライスカレーは、スープに比べれば、皿の外側に食べ物が〈オービー〉してしまう可能性は低い。

 それゆえに、〈ながら読書〉をする場合、カレーと本の相性はバツグンなのだ。だから、神保町ブックセンターも、メニューにカレーを存在させているのであろう。


 だがしかし、である。

 たしかに、皿の外に出難い飲食物とはいえども、〈ながら食事〉の際に、カレーが本を汚損させる可能性はゼロではない。そして、実際に、カレーを本の上に飛散させてしまった場合、それは、「あぁ悲惨」という以外に表現しようのない状況であろう。


 カレー・ラヴァーであり、同時に、ビブリオフィール(書籍愛好家)でもある書き手は、注文品が提供されるまでの待ち時間や、食後に本を手に取る事はあっても、実は、原則、〈食べ〉ながらの読書はしないし、また、水気から守るために、飲食物を、本から遠い場所に置くようにさえしているのである。


〈訪問データ〉

 喫茶センター:神保町古本街

 B11

 十月五日・木・十一時

 センターカレー:八〇〇円(QR)

 北斗の〈券〉:NO.20 ヒューイ&シュレン〈三枚目〉


〈参考資料〉 

 「喫茶センター(神保町ブックセンター内)」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2023』、五十七ページ。

〈WEB〉

 「CONCEPT」「CAFE」、『神保町ブックセンター』、二〇二三年十一月二日閲覧。

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