第12匙 昭和四十九年、竹橋にボルツは残った:ボルツ(E03)

 東京メトロ東西線の竹橋駅、その大手町寄りの出口から出て、皇居を背にし、そのまま「千代田通り」を、駿河台下の方に向かって真っ直ぐに進んでゆくと、道はやがて「神田警察通り」と交差するのだが、この通りを左折すると「学士会館」が、神田警察通りの一つ手前の路地を右折すれば「喫茶プペ」が、そして、二つ手前の路地を左折した場合には「ボルツ」が在る。

 

 このように見てゆくと、竹橋駅を起点とした竹橋エリアは、昭和初期建築の学士会館、昭和四十五年創業のプペといったように歴史ある建物や店が多い印象だ。

 そして、この日の夜に書き手が訪れた「ボルツ」もまた、そんなシブい店の一つなのである。


 象や、シク教徒のようなターバンを巻いた男「カレーおじさん」がカレーの辛さに痺れている絵がアイコンとなった「ボルツ」は、「辛さの元祖はボルツです」が店のキャッチコピーになっているように、一九八〇年代の〈第一次激辛ブーム〉を牽引したカレー・チェーンで、創業それ自体は〈一九七四年〉である。

 ブームの頃は、関東に沢山の店舗を展開していたそうなのだが、そんな中、「ボルツ」の親会社である『ショウサンレストラン企画』の社員であった倉田氏が会社を辞めて、フランチャイズして、昭和五十六年、一九八一年の十一月に、竹橋界隈に開店したのがボルツの神田店なのだ。


 それまで、甘口、中辛、辛口、大辛といった区分が、日本カレーのざっくりした辛さの区分だったのだが、カレー・チェーンであるボルツは、辛さを数値化したのだ。つまり、ボルツのカレーの辛さは、数が上がるに従って、辛さが増してゆく仕組みで、こうした数値制は、今や多くのカレー店においても採用されている方式なので、二十一世紀のカレー愛好家には普通の事柄であるように思えるかもしれない。

 だが、昭和四十年・五十年代の人達には、きっと、〈辛さの数値化〉とは画期的方法であったにちがいない。


 竹橋の「ボルツ」では、辛さが上がる程に課金されてゆくシステムになっており、この日の書き手は、竹橋のボルツの来店が〈二〉度目なので、五十円課金して、辛さを「2」にした。表のメニューによると、辛さは三〇倍まで可能なのだが、レヴェル・マックスへの到達は未だ未だ先の話になりそうだ。


 さて、このボルツは、南インドの〈バンガロール〉に現存している「ボルツ」社から、昔ながらの石臼挽きされた香辛料を直輸入しているそうだ。

 そして、バンガロールの「ボルツ」社から直輸入した「十数種の香辛料を独特製法でブレンドしたのがボルツカレー」であるらしい。

 つまるところ、「ボルツ」という日本のカレー・チェーンの名は、南インドのバンガロールの会社「ボルツ」に由来しているのである。ちなみに、食材の一部は、店名の由来である「ボルツ」社から今なお来ているそうだ。


 日本のカレーの多くは、海外の料理を日本風にアレンジしたものが多く、だからこそ、〈何々風〉といった形容語句が付いているカレー店も少なくはない。とゆうことは、「ボルツ」のカレーは〈南インド風〉、あるいは、〈バンガロール風〉とも呼び得るかもしれない。


 その〈南インド・バンガロール風〉の「ボルツのカレー」は、件のガイド・ブックによると、「小麦粉を入れず、ゆっくりと煮込んだ肉と野菜だけのトロ味でサラッとしたシャープな味わい」になっている、との事である。


 事実、「ボルツ」のカレーは、ライスとカレー・ソースが別々の器に入った、いわゆるカレー・ライスなのだが、ポットに入ったカレーは、実にサラサラな汁状で、書き手が注文品にトマトカレーを選んだという事もあってか、酸味が効いて少し酸っぱい印象であった。

 カトラリーも、通常のスプーン以外に、ソースポットから掬ったカレーをライス上に移すための匙、いわゆる「ソースレードル」も備わっていた。

 ライスとカレーを別々に提供する店でも、スプーン一本だけしか置かれていない店も実は少なくはないのだが、ソースレードルとスプーンが備わっているカレー・チェーンは、八十年代には、さぞ珍しかった事であろう。


 やがて、親会社の『日本レストランシステム』(旧・ショウサンレストラン企画)の方針転換によって、カレー・チェーンであったボルツは徐々に数を減らしてゆき、書き手が知る限りにおいて、今(二〇二三年八月現在)、関東に残っている「ボルツ」は、宇都宮の「ミニボルツ」と、東京の竹橋エリアの「ボルツ」の二軒だけになってしまっている。


 来店回数と辛さのレヴェルを合わせるという方針の下、都内に現存する唯一の「ボルツ」を折を見て訪れ、〈カレー力〉を数値化させようなどど企んでいる書き手であった。


〈訪問データ〉

 ボルツ:竹橋エリア

 E03

 八月八日・火・十九時 

 ベーコンとトマトカレー(八五〇)辛さ2(五〇):九〇〇円(現金)

 『北斗の拳』カード:No.15「黒王号」


〈参考資料〉 

 「ボルツ」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2023』、三十八ページ。

〈WEB〉

 「1980年代の激辛ブームを牽引した『○倍カレー」の元祖・ボルツはまだ存在していた」(二〇一九年二月二十七日付)、『メシ通』、二〇二三年八月二十日閲覧。

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