第09匙 昭和四十六年、上野とアキバの〈カレーの市民〉:カレーの市民アルバ(C04)
月曜日の黄昏時に書き手が向かったのは、中央通りと交差している蔵前橋通りを左折し、信号の三つ手前の路地、すなわち、正面に「AKIBAカルチャーズZONE」の看板が見える、「秋葉原ジャンク通り」に面している〈加賀カレー〉の店、「アルバ」であった。
店のホームページを参照すると、「アルバカレー」の誕生は、一九七一年、昭和四十六年八月で、なんと、半世紀以上の歴史を誇り、その生誕地は、石川県の小松市であるそうだ。
その「アルバ」のカレーは、先割れスプーンに銀色のステンレス皿、その皿の上に、ご飯とカレー、さらにキャベツの千切りが載った、いわゆる〈金沢カレー〉のスタイルである。
金沢カレーと同じ形式である理由は、アルバカレーの創業者である今度孝(こんど・たかし)氏の兄君が、「チャンピオンカレー」の創業者である「田中吉和」氏の下で修行をしていたからであるようだ。
だが、そのような繋がりがあるにもかかわらず、店の前に「加賀カレー」の旗を掲げている事によって、アルバの発祥が、同じ石川でも、金沢ではなく、小松である事を主張しているように、書き手には感じられた。
そして、〈小松〉という場所だけではなく、「アルバ」の独自性はルーにあって、その「小松の工場で作っているルーはタマネギをたくさん使」っており、塩分は少なめなのだが、「野菜と牛肉をじっくり6時間以上煮込」む事によって出るうまみをカレーに活かしている、との事である。そして、このアルバのルーはヨーロッパ風で、シチューがベースになっているらしい。
このようにアルバのルーが欧風なのは、「アルバ」の創業者の今度氏が、「デンマークのコペンハーゲンを中心に、スペイン、イタリア、ドイツなど」欧州各国で、二年間の西洋料理の修行をした、その成果であるようだ。
さらに、欧風の加賀カレーという店の特徴は、「アルバ」という店名によっても表わされている。
というのも、〈アルバ〉とはスペイン語で〈日の出〉を意味する語で、欧州を回っていた、今度氏がスペインのサンタンデールを訪れた時に、この語に出会った事が命名の切っ掛けであるそうだ。
この「アルバ」は、その店名の前に「カレーの市民」という語が付いて、正式名称は「カレーの市民アルバ」となっているのだが、書き手は、これを、〈カレーを愛する者たち〉程度の意味で捉えていたのだが、どうもそれだけではないようだ。
「カレーの市民アルバ」の最寄りの駅である地下鉄末広町駅から銀座線で二駅、上野公園内にある「国立西洋美術館」(以下、「西美」と略記)の庭には、フランスの彫刻家オーギュスト・ロダン作のブロンズ像がある。
その作品名は、なんと、「カレーの市民」なのだ。
「カレーの市民」は一八八八年に完成したのだが、一九五三年に鋳造された物が、一九五九年に「西美」に設置されたのである。
彫刻「カレーの市民」は、イギリス海峡沿岸のフランスの港町〈カレー〉が、百年戦争時代の十四世紀半ばに、一年に渡ってイギリス軍に包囲されていた〈カレー包囲戦〉を題材にしている。
彫刻における〈エディション〉とは、原形たる同一の石膏像からブロンズに鋳造された物の事で、フランスの法律では〈エディション〉の数は十二と決められており、それ以上は作れない事になっている。
とまれ、「カレーの市民」のエディションは全部で十二で、それぞれ、フランスのカレーとパリ、デンマーク、ベルギー、イギリス、スイス、アメリカは、フィラデルフィア、ワシントン、カリフォルニア、およびニューヨーク、日本と韓国に在る。
さて、「カレーの市民アルバ」の石川の小松での創業が半世紀前、可能性として、このカレー店の創業者の今度氏が、上野の「西美」で、彫刻「カレーの市民」を観た可能性もゼロではないようにも思えるのだが、氏が、欧州修行時代にデンマークのコペンハーゲンを中心に修行していた事をここに思い出したい。
ロダンの「カレーの市民」の二つ目のエディションは、一九〇三年に、コペンハーゲンのニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館に置かれたのだ。
資料が無く、インタビューした分けではないので、憶測になってしまうのだが、今度氏が欧州修行時代に、コペンハーゲンで「カレーの市民」を肉眼で観た可能性もゼロではなく、これが、店名の由来になっているのかもしれない。
上野と末広町は近接しているので、今度、「カレーの市民アルバ」を訪れる時には、まず上野の「西美」で「カレーの市民」を観て、その彫刻の意味について考えを巡らせた後で、秋葉原の「カレーの市民アルバ」でカレーを喰らいながら、店名である「カレーの市民」の意味を〈考える人〉にでもなろうか、と企んでいる書き手である。
〈訪問データ〉
カレーの市民アルバ秋葉原本店:アキバエリア
C04
八月七日・月・十九時二十分
アルバカレー(小盛):五〇〇円(現金)
『北斗の拳』カード:No.11「シン」
〈参考資料〉
「カレーの市民アルバ秋葉原本店」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2023』、二十八ページ。
〈WEB〉
「アルバとは?」、『カレーの市民アルバ』、二〇二三年八月十六日閲覧。
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