第10匙 昭和四十八年、シュロとタルワールの融合:ボンディ神保町本店(E02)

 神保町に在る、一九七三年創業の「欧風カレー ボンディ」は、二〇二三年に創業五十年を迎えている「欧風カレー」の老舗で、そもそもの話、「欧風カレー」という名称それ自体、この店で生まれたものらしい。


 「ボンディ」独自の「オリジナル手づくりソース」はフランス仕込みで、その理由は、創業者の「村田紘一」氏が、フランス帰りだからであろう。

 

 店のホームページによると、氏は、一九六八年の秋から四年ほどフランスに滞在していたそうだ。その遊学中に、村田氏は、友人が経営するレストランで働く機会があって、そこで、フランス料理の基本である〈ソース〉と出会った、との事である。

 そして、フランスで出会った〈ブラウンソース〉をベースに、カレーの要素を加えた結果として完成したものが、ボンディ、オリジナルのカレー・ソースであるらしい。

 さらに、店のサイトには、ボンディのカレー・ソースは、「豊富な乳製品と何種類もの野菜・フルーツをたくみにすり合わせ」た欧州のソースと、「秘蔵のスパイスブレンド」というカレー・エッセンスを掛け合わされた「甘さの中に辛さがある」もので、その辛さの混じった甘さとは、具体的には、「リンゴを主体とし、その他の果物とタマネギなどの野菜をたっぷりのバターで長時間炒め、さらに赤ワインで煮詰め、フルーツと野菜のチャツネと呼ばれるジャムを作り、そこへさらにバター、レッドペッパーなどの辛みを加えて」いる、と書かれていた。


「ボン(Bon)!」


 素晴らしい。

 ホームページの言説からだけでも、「ボンディ」のカレー・ソースの香りが漂ってきそうだ。


 なるほど、「ボンディ(Bondy)」という店名の前半は、英語の〈good〉に相当する、仏語の形容詞〈Bon〉であり、さらに、その形容詞に、形容詞を名詞化する英語の接尾辞〈~ty〉が付いて、店名は、仏語英語混交の〈Bonな事〉という意味のオリジナル単語になっているように思われる。


 さらに今度は、店のロゴを見てみると、「O」という文字が、「( )」、このように、二つの半円が左右からくっ付いたようになっているのだが、そのうち、左の半円の「(」は、『カンヌ国際映画祭』の最高賞で、〈黄金の椰子〉を意味する「パルム・ドール(palme d’or)」に似たデザインになっている。

 ちなみに、フランス語の〈パルム〉、すなわち、シュロの花言葉は、〈勝利、祝賀、不変の勝利〉である。


 さて、もう一方の、右の半円「)」は、大きく曲がった片刃で細身の三日月型の剣になっており、パキスタンやインド、あるいはバングラディシュでは、こういった形状の歪曲した剣は〈タルワール〉と呼ばれている。


 思うに、この、シュロとタルワールの半円の合体は、フランスと南アジアの日本での融合を表わしているのではなかろうか。


 そして、「Bondy」のデザインのロゴの後半部分である「)ndy」は、〈Indy〉とも読めよう。

 「インディ」は、文字通りの〈インド〉の意味以外にも、〈独立〉を意味する〈Independence〉という語の省略形をも表わしているようにも思われる。

 さらに言うと、「インディ」は、〈独立〉の意味から派生して、制作や製作を自己の資金で行い、スポンサーから資金を得ずに金銭的に〈独立〉しているレコード・レーベルの事を指す語でもあるのだ。


 つまり、「B()ndy」のロゴから読み解き得る店名の意味は、まず、〈良い〉という意味のフランス語の形容詞を、英語風に名詞化した〈良き物事〉である。

 そして、「Bon」+「Indy」で、〈良きインド〉、さらには、〈素晴らしき独立〉という意味もあろう。

 加えて、ロゴの〈O〉の文字が「()」と、シュロとタルワールの組み合わせになっている事によって、フランスとインドの日本の神保町での融合までも意味しているように思われる。


 アルファベット表記の店のロゴからだけでも、様々な意味が読み解けるのだが、ロゴに込められた幾つもの意味を半世紀もの間、体現してきたからこそ、神保町を代表するカレー専門店であり続けてきたのであろう。


 書き手は、八月初めの平日の開店前に「神田古書センター」裏の路地に面した「Bondy」の入り口に到着したのだが、その時には既に、階段は、二階に位置する店の開店を待つ数多の客によって、一階の出入り口まで列が為されていたのだが、この事は、まさに店名のロゴの具現化以外の何物でもないのではなかろうか。


〈訪問データ〉

 欧風カレー ボンディ神保町本店:神保町エリア

 E02

 八月八日・火・十一時

 ビーフカレー(小盛):一六〇〇円(現金)

 『北斗の拳』カード:No.12「シュウ」


〈参考資料〉 

 「欧風カレー ボンディ神保町本店」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2023』、二十七ページ。

〈WEB〉

 「TOP」「代表者挨拶」、『欧風カレー ボンディ』、二〇二三年八月十七日閲覧。

 「欧風カレーとは?インドカレーとの違いやおすすめの専門店も紹介」、『ちょいまな』、二〇二三年八月十七日閲覧。

 「元祖・欧風カレー『ボンディ』の魅力を徹底取材!神保町の有名店に行ってみた」、『はらへり』、二〇二三年八月十七日閲覧。

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