第14匙 昭和五十七年、四十一年目の魚介カレーと札かれの話:ガヴィアル神保町店(B05)

 地下鉄の神保町駅の〈A5〉口を出て、すぐ前にある横断歩道を渡った所に在るのが「ガヴィアル」で、入り口の薄緑色の「1982」という数字が示しているように、一九八二年に開業した〈欧風カレー〉の専門店である。

 

 共栄堂、ボンディ、ガヴィアルといえば、〈カレー・ラヴァー〉以外にも知られている、神保町を代表する老舗カレー専門店だろう。


 唯一無二なスマトラカレーの共栄堂を括弧に入れると、神保町の老舗であるボンディとガヴィアルは、共に欧風カレー専門店である。

 例えばもし、知人から、神保町で欧風カレーを食べたいのだが、どちらに行くべきか、と尋ねられたとして、その知人が魚介好きならば、書き手はガヴィアルの方を間違いなく推す。


 いつものガイドブックの「ガヴィアル」のページに、「創業以来、継ぎ足されたソースをベースに28種類の香辛料をブレンドした欧風カレー。ホタテやエビ、アサリなどが入り、それぞれを焼いたときに出るスープが溶け込み、ルーの旨みが具材に染みわたるシーフードカレーがおすすめです」と書かれている事は、書き手が好みをゴリ押ししている分けではない事の証左となろう。


 ただ一概に、魚介系カレーといっても、ガヴィアルには、エビカレー、アサリカレー、ホタテカレーなどのメニューがある。

 だが、迷った時には、エビ、アサリ、ホタテの全てが入った「シーフードカレー」を選べばよいのだ。


 しかして、この日の書き手も、シーフードカレーを中辛で注文したのであった。


 シーフードカレーは、銀色のソース・ポットではなく、白い円形の器に入っていて、レードルで掬ったカレーをライスにかけてスプーンで口に運ぶ前に、書き手は、まずカレーだけを味見してみる事にした。


 !!


 隠し味とか、そういったレヴェルではなく、二十八種類の香辛料に負けず、魚介特有の旨味がハッキリとその存在を主張している、そんな印象であった。


 それは、エビ、アサリ、ホタテという全ての魚介系の具材が使われている、シーフードカレーである事だけが、この魚介の旨味の理由ではないであろう。


 店のホームページにも、「厳選した贅沢な素材を使用し(中略)アサリ・えび・ホタテは、それぞれ焼いたときに出るスープを加えており(中略)素材に合わせて最適な組み合わせや調理法を用いて、美味しさを引き出し」ているとあった。

 つまり、この旨味は、魚介系の具材を入れた、ただそれだけではなく、魚介汁と魚介それ自体がカレーと渾然一体となって、旨味を醸し出しているのだろう。


 加えて、ガヴィアルのカレー・ソースは、「たくさんの玉ねぎを一日かけてボイルし、そこにショウガ・にんじん・セロリ、香辛料を入れバターで、12時間かけて炒め」たものが「味の決め手になるペースト」で、「創業時以来継ぎ足しのソースをベースとして、28種類の香辛料をブレンドして」おり、さらに、「気候や湿度、季節による素材の変化によって日々納得がいくまで調整」さえしているそうなのだ。


 つまるところ、カレーを提供するその日だけのベストの調理が美味さの原因ではなく、四十一年の歴史が染み込んだカレー・ソースこそがガヴィアルの美味さのソースになっているのであろう。


 だからなのかもしれない。

 書き手が訪れた八月九日の夜には、開始九日目にして早くも、いや、火曜日が定休日なので、わずか七日で、『北斗の拳』のカードはカレー・ラヴァー達によって、既に枯らされてしまっていたのであった。


〈訪問データ〉

 欧風カレー ガヴィアル 神保町店:神保町エリア

 B05

 八月九日・水・十九時半

 シーフードカレー・中辛、ライス2/3:一九五〇円(現金)

 『北斗の拳』カード:カード枯れ


〈参考資料〉 

 「欧風カレー ガヴィアル 神保町店」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2023』、二十六ページ。

〈WEB〉

  「ガヴィアルについて」「メニュー」、『ガヴィアル欧風カレーの店 ガヴィアル』、二〇二三年八月二十二日閲覧。




 

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