第二章 狼王の落日
第32話 インタールード
俺ことオークのオルクスは、泥と糞尿の中で生まれた。
オークにとって産湯代わりのハッピーセットは、鼻がひん曲がって踊りながら逃げ出しそうなほど芳醇な香りを漂わせていて、俺は転生初日にして生まれ変わった事に後悔した。
だが不思議なもんで、オークの身体に人の意識が定着してきたものか、三日も過ぎれば臭いなんて気にならなくなっていた。
俺が本当に辛かったのはこの後だ。
オークには言葉が通じない。何を言っても何を伝えようとしても、奴らがそれを汲み取ることはない。まさしく暖簾に腕押し、ぬかに釘状態。
人間時代から諦めの良さに定評があった俺だ、すぐに会話による意思疎通は諦めた。たぶん言葉以外のツールがあるはずだ、と思ったからだ。なにせ俺が生まれたオークの群れは、二百頭以上が集まって暮らしているのだから。なにもなく集まって生活できるはずがない。
そう思っていた時期が俺にもありました。
オークたちを観察し続けて五年。石の上にも三年とは言うが、研究者だったらそれなりの論文が書けそうなほど、誰よりも近くで、誰よりも長くオークを観察した。
結論、こいつらは自分と自分以外のオークの区別が付いていない。
奴らにとって目に映るオークはすべて自分であり、同時に自分であっても他人なのだ。自分と他人の間に境が無く、すべてが混ざり合っている。
意思疎通なんて端っから必要としていないのも当然だ。
俺は愕然とした。そしてオークというものを痛感したことで、俺が置かれている状況も理解できてしまった。
オークがどれだけの時間を生きるのか知らないが、おそらくそれなりに長い時間、俺は生きるのだろう。
そしてその間。
誰も俺を見ない。
誰も俺の声を聞かない。
誰も俺だと認識しない。
俺は二百体のオークに囲まれ、言ってしまえば家族みたいな連中と暮らしながら、いったいどいつが俺の親とも知れぬまま、自分だけが違うのだという孤独に落とされた。
何故なら俺は、自分がオークであり、他のオークとは違う存在だと自覚している。それだけでもすでに、この群れにおいては決定的な孤立だった。
人間も動物も、同じ土地に暮らす生き物は、オークと見れば尻尾を巻いて逃げていく。対話など望むべくもない。
オークにも、オーク以外にも、俺の存在は認められない。この世界に生まれて五年。俺の意志も命も、転生したこの世界でさえ弾き出されてしまった。
ここは、まるで掃き溜めだ。
魂が劣化して蓄積した澱、その集積所。進化から見放された、神々ですら忌み嫌うような冥府の幽谷。ゾンビや幽霊と同じ、その先が無い、停まった存在。
たぶんそれが、オークの正体なのだろう。
▼
失意/暗点
慟哭/暗点
虚無/暗点
無、無、無/暗点
――空白。
▼
そうして俺は、オークを■■■■ことにした。
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