第30話 帰還、そして日常へ

 多くの勇姿の尽力、そして多くの犠牲を要しながら、見事ワイバーンは討伐された。


 あれからの事を少し話そう。

 一番でかい敵に掛かりっきりでわかっていなかったが、どうやら地竜やら小型のワイバーンが、あの後も何体かは王都へ進入していたらしい。せっかく門を閉じていたのだが、どうやらワイバーンは普通に上空から、地竜は壁をよじ登ったそうだ。

 それは王城に民たちを誘導していた兵士たちと、ドズの爺さんから指示を受けた冒険者たちで食い止めていた。そいつらの暴走もワイバーンが死亡したことをきっかけにピタリと止まり、そしてさっさと踵を返して王都から出ていった。

 おそらく生息地とされるコロラド山に帰って行ったのだろう。


 で、肝心のワイバーンだが。

 戦闘中はみんなあれだけ苦労していた鱗も、堅さは相変わらずだが、本体が死んで魔力が流れなくなると、なぜか簡単に剥がれるようになった。

 半日掛けて丸裸にされたワイバーンが、それから一日掛けて肉、骨、皮、牙、爪、翼、内蔵各種に解体された。みんな仕事が早いな。

 三日も過ぎればあの苛烈な戦闘の跡は影も形も無く、王都の街の復興を待つばかりとなり、誰も彼もがもとの日常へと戻っていった。


 ちなみにだが、これだけ素早く戦後処理ができたのは、優れた支持者がいてこそだ。

 ワイバーンが討伐された直後、怒髪天を衝く勢いで怒り狂ったイングレントが帰還した。

 どうも奴には遠見の手段があるらしく、王都の現状を視た、、瞬間、一も二も無く飛んで帰ってきたらしい。あいつがあんなに取り乱している姿は見た事がない。

 瀕死の状態でコリーの治療を受けていたドズに一喝されて我に返ると、すぐにテキパキと冒険者たちに指示を飛ばした。


 一方兵士たちだが、こっちの方が驚く結果になった。

 俺は知らなかったのだが、どうやら騎士団長のヘルシングは竜の息吹ブレスの直撃を受けていたらしい。誰もが消し炭にされて死んだと思われていたのだが、なんと退魔スキルをフルブーストさせて生き残ったのだそうだ。

 ただし五体満足では無く、右足と左目は神経が焼き切れて炭化してしまい、竜の息吹ブレスの影響もあるのか治療魔法では治せなかったらしい。

 まあ生き残ってるだけでも奇跡みたいなもんだ。ほんとひとつを極めたと言われるだけある、ユニークスキルってすげぇ。

 兵士たちは生還したヘルシングの指示で動き出し、こちらも迅速に働いていた。主に怪我人の救護と現場復旧、そして人の死体保護。


 たったの三日で戦後処理が終わったのは、そういう訳があった。

 いつしか傷は癒えて、やがてすべて日常に帰って行くだろう。失われたものもある。それらが元に戻る事はないが、生きる者たちはそこにばかり目を向けられない。

 それらは過去のものだが、生きていれば今があり、そして未来があるのだ。

 さて、俺はといえば……。




     ▽




 久々に帰ってきたような気がするな、この家。

 森にある我が家は、ワイバーンとの戦闘を忘れさせてくれそうな静けさを保ってくれている。

 ベッドに五体投地して俺は呟く。


「俺はここで木になりたい」

「……」


 お前は豚だろう、と憐れみの視線を向けてくる、久々の登場エルドラさん。

 ここ数ヶ月の疲れがどっと襲いかかってきている。今まで経験したことがないくらいの倦怠感と疲労感だ。まさに精も根も尽き果てた。

 身体は完全にワイバーンとの戦闘、そして積み重なったあれやこれのダメージとプラスアルファあるが、精神のほうはわかりやすい。

 Aランク冒険者オルクスの正体が、オークであるということが明るみになった。

 忌避されたわけではない。

 排斥されたわけでもない。

 その反応を見る前に、俺はこの森に引きこもってしまった。戦闘前のあの勢いはどこへ消えたのか、俺自身もよくわからない。

 これは言い逃れもできない。

 俺はみんなの反応が怖くて逃げてきたのだ。

 ダサい、情けない。死にたい。俺はあれだけ一大決心をしておきながら、いざとなったら逃げ出すような肝っ玉の小さい男なのだ。


「俺はここで土になりたい」

「……」


 だからお前は豚だろう、とゴミを見るような視線を向けてくるエルドラさん。

 と、そのとき、家の扉がノックされる。

 ノックする時点で人だろうが、この森に訪れる人なんて俺を襲いに来る奴だけだ。

 いまはそんなのを相手にする余力はない。

 どうしたものかと悩んでいると、扉の向こうから声がかかる。


「オルクス殿の家がここと聞いたが、いらっしゃるかな」


 あれ、この声はたしか……。


「私はヘルシング、王家騎士団筆頭を務めている者だ」


 意外な来訪者に、俺は思わず身体を起こした。





     ▽





 森を歩く。

 俺から少し距離を置いて、ヘルシングは付いてきていた。右足の代わりに杖をつき、左目は布を巻いて隠している。

 忘れかけていた、激しい戦闘の跡。

 そして後ろには騎士を三人連れている。俺に対して、ほんの少し警戒しているのがわかった。

 そしてヘルシング本人は何の武装も用意していない。丸腰で森を通るために、後ろの三人を連れてきたのだろう。

 これは、信用されていると思っていいのだろうか。

 前にイングレントと戦った、少し開けた場所に出る。せっかくなので伐採された木の株は引っこ抜いてしまい、鎚を耕して適当に何種類かの種を撒いておいた。

 木がないおかげで日当たりがよくなったらし、雨になれば直接降り込むだろう。いつか何かしらが育って、森の雰囲気が少し変わってくれると面白い。

 何個かだけ残した切り株にヘルシングを座らせる。騎士たちにも勧めたが、座る様子がない。仕方なく俺も腰掛けた。

 切り株に俺のケツは乗らないから、地面に直接。


「生きててよかったよ、お互いな」


 ヘルシングは無言だった。何も言わずに、ただ俺の姿を視界に収めている。

 その視線に悪意はなく、正しくあるがままを映そうとしている。俺はそんなヘルシングの姿勢に、まあまあ好感を持てた。

 風が心地いい。しばらく戦いっぱなしで、慣れない人に囲まれた生活には、少し辟易していたのかもしれない。

 あくまでも自然体でいた俺に、ヘルシングがようやく口を開く。


「やはり、オークなのだな」

「お、ようやく喋ったか。

 ああ、俺はオークだ。どっからどう見てもな」

「謀っているわけではないのだな。致し方ない理由があるわけでも」

「俺が呪いかなんかでオークの姿になってるって? 悪いが、記憶に無いな」

「……そうか」

「討伐するか?」

「そうだな。お前は王家にも名の知れるA級討伐対象、血塗れ豚頭クリムゾン・オーク。そして今や竜殺しまで成し遂げた、災害級に手が届くモンスターだ。本来であれば、騎士としてお前の存在は許しがたい」


 本来であれば、とヘルシングはそう言った。

 それはたぶん、この男なりの誠意の見せ方なのだろう。

 友好を築こうとは、口が裂けても言えない。人間を護る者として、人類の天敵たるモンスターと仲良くなどできない。


「近いうち、討伐隊が向けられるだろう。俺とここにいる三人も、当然その隊に入る。だがそれは今日ではない。それに私は……俺は今、非番だからな」


 そう言ってヘルシングが立ち上がる。

 その背中を見て、三人の騎士がおもむろに鎧を外しはじめた。


「オークのオルクス。真にお前の存在は奇怪そのものだ。今まで目にしたオークと同様に、醜悪な姿と言わざるを得ない」


 ひでぇ。


「だがその行いは、俺の知っているどの人間よりも立派で、お前の勇気は俺たちの心を奮い立たせた。

 お前はあの場にいた誰よりも英雄だった。この先誰が否定したとしても、あの場で共に戦った我らが証人だ」


 騎士たちが武装を解除し、一般人と同じ見た目になる。そうして深々と頭を下げた。


「共に戦えた事、誇りであります!」


 三人が声を張り上げる。俺はビックリして肩を揺らした。

 ヘルシングは肩越しに彼らを見ながら言った。


「彼らは志願してここに来た。是非とも今の礼を、直接君に伝えたいと言ってな。あまり多いと目立つため、三人だけ連れてきたのだ。

 お前はオークだ。それだけで非難する者は多い。実際に今王都では、お前を排斥する声も上がっている。だからせめて、我らの感謝を受け取って欲しい。我らの尊敬の念を認めて欲しい。我らが生きているのは、王や民が無事に生きているのは、間違いなくお前のおかげなのだから」


 その言葉には、少しだけ救われた気がした。

 これはきっと、イングレントに言われてもダメだっただろう。

 会ったばかりの人間で、立場を押して伝えてくれた言葉だからこそ、こんなにも響いてくるのだろう。


 やっぱり、街に戻ってみよう。

 どうなるかわからないが、それがいましなければいけないケジメである気がした。


_________________________


いよいよ一章も大詰め。


次回『旅立ち』

 

 

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