第29話 VS ワイバーン5

 俺が思うに冒険者と兵士の違いは、守るものがあるかどうかだ。

 王や民、国を守るために命を賭ける兵士。

 ひたすらに未知の領域を開拓し、モンスターを討伐する冒険者。

 後者が失うものは自分の命だけ。どのみち最初からベットしているものだ、しくじれば無くなるのは道理。

 ならば命がけで強敵へ挑む事に、躊躇いが少ないのも当たり前なのだろう。

 あのドズの爺さんを動かしたのだ。冒険者というものはどいつもこいつもタガが外れている。


 ――だがきっかけは、やはりお前だった。


 重苦しい声が意識に直接話しかけてくる。


 ――お前があそこで動かなければ、彼らの恐怖は恐怖のまま、きちんと伝播していたのだ。だからこれは、お前が招いたことだ。


 ああわかるぜ、それがわかってたから俺も動いたんだ。

 人間ってヤバいよな。

 怖ぇなら逃げ出せばいいのに、それを精一杯抑え込んで、その反動で勢いつけて向かってくる。

 一人一人は全然弱いのに、たまにこっちが怖くなるくらい、気圧される時があるんだ。

 それは時に勇気と呼ばれるし、たまに蛮勇と呼ばれるし、大体は向こう見ずと馬鹿にされる。

 でもそれが人間の強さだ。不可能を不可能と諦めて挑戦しなければ、僅かに残された可能性を掴み取ることはできない。

 なら、その砂粒みたいな可能性を手にできるのは、人間ていう生き物の、なんていうか特権みたいなもんだろう。


 ――故に、この様か。


 そうだな。

 だからお前は、人間に負けるんだ。


 ――……いいや。いいや。やはりお前だ。何故ならお前がいなければ、その可能性すらも生まれなかった。お前によってもたらされたのだ。


 俺はモンスターだ。

 お前と同じ、人間に倒される側なんだよ。


 ――それでは話が違う。不可能を踏破するのが人というのなら。我を倒す者が人というのなら、お前はモンスターではなく、お前こそが……。


 おっと、それ以上は野暮だぜ。

 さて、賑わってきやがった。

 そろそろお開きにしようや、伝承の落とし子よ。




     ▽




 少しだけ気を失って、復帰したら目の前で不用心に尻尾が揺れてたもんだから、思わず掴んでしまった。

 動きが止まったワイバーンの背中に、どう登ったかコリーとジョーがいた。このまま背負い投げしてやろうかと思ったのに、あんなとこにいたんじゃできないな。


「身体のでかさが違うからなぁ。このままじゃ投げ飛ばされるか」


 さて次の行動をどうするか考えていると、ワイバーンの背中にいるコリーがなにやら叫んでいるのが見えた。


「……そのまま、掴んでろ?」


 コリーは触診しているらしい。たぶんジョーの魔性特攻を使って、ワイバーンの心臓を破壊しようとしているんだろう。

 そういえばジョーの魔性特攻、昇格試験のときはまだ覚えていなかったらしい。あの時そんなスキル使って心臓潰されてたら、さすがに俺も死んでたんじゃないか。

 背中に悪寒を感じながら、俺は徐々に抵抗が強くなっていくワイバーンの尻尾を抱え直した。

 しばらくそうして抑えていると、大口を開けて指示を飛ばしたコリーにジョーが応える。

 あ、血吐いた。ジョーの奴大丈夫か。

 気合いで持ち直したか、崩した体勢をもとに戻したジョーは、その場で数メートルほど跳躍し、投擲の構えに入る。

 ハルバードが光とともに槍へと姿を代え、赤い魔力を纏いながらワイバーンの背中へと投じられた。

 突如、響き渡る咆哮。

 その強烈さがそのまま、受けたダメージの深刻さを物語っている。

 さらにその直後、ワイバーンの真上に赤い魔法陣が浮かび上がった。中心から光条が発生し、外側へと拡大すると、ワイバーンの姿がすっぽりと覆わる。

 おそらく魔法を使う兵士たちが組んだ対軍魔法だ。

 コリーとジョーが慌ててワイバーンの背中から退避した。


「どうでもいいけど、俺いつまで捕まえてないといけないんですかね!」


 魔法は空と地面を焼きながら、ワイバーンに直撃する。


「おおぅぉおおおぅおおぅおおぅおおぉう!!!!」


 俺の目と鼻の先の空間が焼けていく。

 手を放したいけど、今放すと魔法から逃れようとするだろうし。ていうか絶賛抵抗続いてるし。心臓潰して対軍レベルの魔法喰らって、なんでそんな元気なのコイツ。


「オルクス!」


 すっごい遠くからドズの爺さんに呼ばれた。見れば相当傷だらけだし、もやは精根尽き果てた様子のイーディスも隣に控えている。何があった。


「ごめん今取り込み中だから後にしてもらっていいか!」

「ワイバーンの抵抗はまだ続いているな!」

「そうだよ! だから手が離せないんだよ! ちゃんと心臓破壊したのか!?」


 徐々に光が引いていく。

 それなりに弱った形跡はあるが、致命傷を二度も与えて死なないのはどういうわけだ。コリーとジョーは理不尽すぎるワイバーンの耐久力を前に、もはや次の手が思いつかず悔しそうに歯を食いしばっている。

 すると爺さんが続けた。


「一度目の竜討伐で、儂もここまでは至ったのだ。ここで油断したからこそ、儂らのパーティは討伐を失敗した。

 疑似心臓だ、オルクス! 竜種は心臓が何らかの理由で停止した際、最後の魔力で構成した疑似心臓を作動させるのだ」

「なんだって!? ってことはこいつ、もう一個心臓があるって事か!」


 負けを認めたくせに往生際悪過ぎんだろ。

 竜種のプライドってやつか。それとも意識とは別に、竜王の誕生によって本当に魔力が暴走してるってことなのか。

 なんにせよ、全員切り札は出し尽くしてる。

 コリーとジョーによる心臓破壊。長時間をかけた対軍魔法の直撃。特に後者はそう何度も撃てるものではないだろう。

 もう一度コリーに触診させて、疑似心臓の場所を特定するしかない。だが一度心臓を破壊されたんだ、ワイバーンがそれを許してくれるとは思えない。

 まずいな、こりゃ万事休すか……。

 そう思っていると。


「オルクス殿!」

「っ、イーディス」


 満身創痍だったイーディスが、青い顔をしながら声を張り上げる。覇気のある声だった。


「私とジョーがコリーを護ります。コリーは触診を成功させます。だからオルクス殿、少しでも長くワイバーンを止めてください!」

「ああやるとも、やってやるとも! 何度だって私が心臓を見つけてやる!」

「よく言った俺の美しい女コリー! ならば護るとも、たとえこの身体が肉の一片になろうとも!」


 若いAランク冒険者の三人が決意した。

 俺の視線は自然とドズの爺さんへと向かう。それを受けて、爺さんも仕方ない、といった表情で頷く。

 ああ、若い連中にああまで言われて、俺らがへこたれちゃあいけないよな、爺さん。


「オルクス、ワイバーンを転ばせろ! あとは儂がやる!」

「転ばせるなんてちゃちな事言うな!

 ――そぉぉおおおおおおりゃあああ!!!!」


 俺はワイバーンの尻尾を肩に担いで引っ張る。ワイバーンの身体が浮かび上がり、そのまま俺を中心に弧を描く。

 うおおおお! という周りの絶叫を受けながら、俺は力の限りワイバーンを投げた、、、

 凄まじい轟音と地響きと起こして、ワイバーンは大地に倒れる。その瞬間、ドズの爺さんはその身体に触れてスキルを発動する。


重圧じゅうあつ!」


 ズズン、とワイバーンが地面にめり込んだ。どういうスキルかわからないが、どうやら何らかの力がワイバーンの身体を地中へと押し込んでいるらしい。


「いまだコリー、急げ!!!」

「触診、骨格診断!」


 拮抗はほんの数秒だろう。その間にコリーが触診を終わらせなければ詰む。


「ぐぅ、ふっ」


 爺様の口元から血が滲む。一人でワイバーンを拘束するなんて、あの老体には酷だろう。最悪魔力の消耗に耐えきれずショック死するかもしれない。


「構うものかっ、きら星の如きこの夢を、潰えさせてなるものか」


 ……格好いいぜ、爺さん。

 だがやはり、十秒も抑えてはおけなかった。

 ワイバーンはスキルの拘束を力尽くで破る。反動により魔力暴走を起こして、爺さんの身体のあちこちが弾ける。


「ドズー!」

「コリー!」


 ワイバーンが体勢を直した衝撃で、触診していたコリーと、身動きの取れない爺さんが紙くずのように吹き飛ばされた。

 俺がドズを、イーディスとジョーがコリーを受け止めた。ドズは血反吐を吐きながらコリーに訊ねる。


「心臓は、位置はわかった、のか?」


 コリーが自身とドズに治癒魔法を掛けながら力強く頷く。


「よし。オルクス、いまのではっきりしたが、あのワイバーンにもう魔力は残っておらん。心臓の生成で使い切ったようだ。つまり、超速再生はない」

「! コリー、心臓はどこにある!?」

「両肩を結んだ直線上、その腕一本分だけ下に」

「イーディス、ジョー、一発当てて牽制してくれ!」

「承知!」

「おう!」


 俺は二人と一緒にかけ出し、二人が両脇から、俺は正面に対峙して構える。空気を読んだ冒険者たちが再び弾幕を張った。

 俺は腰を落とし、棍棒を肩に担ぐ。相撲取りのように四股を踏み、コリーが見つけた疑似心臓に狙いを定める。

 二人が攻撃を仕掛け、怯んだ隙に地面を蹴る。


「あばよ、伝承の落とし子。これで本当に最後だ。

 音越豚頭おとごえ!!!!!」


 それは、ただの突進。

 しかしてその影を追える者は無く。

 障害を踏み散らして突き進む。

 さながら一発の弾丸の如く。






     …






 命が炸裂した断末魔は、大陸の果てにまで届く。

 竜殺しの血塗れ豚頭クリムゾン・オーク

 その奇妙で新しい伝説と共に。

 

_________________________


ワイバーン戦、ついに決着。


次回『帰還、そして日常へ』

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