第28話 VS ワイバーン4

 一度目の竜討伐は、輝かしいものではなかった。

 自分たちの力を過信したまま挑み、高すぎるその壁を乗り越えることができず、結果這々の体で逃げ帰った。

 その失敗を省みて、次こそはと心に決めた。

 だが、周りはそうではなかったらしい。

 次こそ勝つのは俺たちだ! そう意気込んでいたのは若きドズだけで、パーティメンバーたちは竜の名を聞くだけで青い顔をした。


 ――その名前は二度と聞きたくない。


 当時のリーダーはそう言ってパーティを抜けた。やがて一人、また一人と消えていき、パーティは解散して、二度と集まる事はなかった。

 ドズの竜討伐はそうして終わった。

 それから数十年が過ぎ、冒険者も引退した男の下舞い降りた絶好のチャンス。

 これが夢にまで見た、二度目の竜討伐だ。


「老い先短い我が人生。この機を逃せば、死んでも死に切れん。

 我が夢の続き、堪能させてもらおう」


 魔法の弾幕の中をドズは駆け抜ける。

 冒険者たちはドズの命令通りに行動し、兵士たちも魔法詠唱と囮役に分かれて動いていた。

 ワイバーンは首を大きく振って弾幕を払っている。いよいよ鬱陶しいと思ったのか、身体の向きを変えはじめた。

 足は地響きを鳴らし、長い尻尾が地上をなぎ払おうと迫ってくる。その先にはドズの姿がある。


陰陽剣舞つるぎのまい


 ドズがスキルを発動させる。魔力が体表を覆い、青いオーラを放つ。

 迫り来る尻尾がそのオーラに触れた瞬間、ドズの身体がもっとも無駄のない回避行動を取る。老人の動きとは思えない滑らかな動きだ。

 魔力のオーラは二刀に移動して留まると、ドズはその剣でワイバーンの尻尾に斬りかかった。


「ふむ、さすがワイバーン。たった一度のカウンターでこれほどの威力とは」


 ドズのふた振りでワイバーンの尻尾に深々と傷が入った。

 回避した攻撃の威力を倍にして返すカウンタースキル、陰陽剣舞つるぎのまい

 ステラに分類される継承可能なスキルだが、ワイバーンの一撃を回避したとなれば相当な威力となる。量産型のスキルも使い方によって化ける。だがこれほど上手く使いこなすには、ドズのような場数と経験値数か、もしくは卓越した才能が必要不可欠だろう。


「ドズ殿、何ですか今のスキルは! 詳細を! 詳細を教えてください!」

「そんな乗り出したら落ちる! めちゃくちゃだよ君は!」

「なにやっとるんだあいつら」


 ここまで大きな戦場が初めてなのだろう。疲労と興奮で昂ぶっているらしく、イーディスにしては人が変わったようにテンションが高い。

 逆にコリーはいつもの突拍子のなさがなくなり、イーディスの諫め役に回っている。……いや、あれはどちらかというと、イーディスに気を配りすぎて思うように動けていないのだ。


「オルクスも言っておったが、イーディスの運用は少し難しいのぅ。


 二人とも、そこからワイバーンを攻撃できるか!」


「攻撃が! まるで! 通りません!」

「だからスキルを覚えろとあれほどいったろうに。

 ――コリー!」

「っと、こいつ超速再生を持ってるんですよ。半端な攻撃じゃ、ダメージを即座に回復されますー」

「そんなことはわかっとる。儂が斬った尻尾がもう治っとるからな。

 だが魔性特攻なら効き目がある。弱点を見つけて打ち込めば。ジョーがその辺にいるはずだ」

「えー、私あいつ嫌い」

「知らん。気張れ」

「ドズ殿はどうされるのですか?」

「どうするもなにも、お前たちもやっておったのだろう。

 儂はただひたすらに、この身体が動き限り斬り続けるだけじゃ」

「なるほど、では私もお供します。

 コリー、ジョーとの連携は頼みましたよ」

「え、ヤなんだけど。お願い、ひとりにしないで」

「気張ってください」


 イーディスはコリーにサムズアップして、颯爽とワイバーンの背中から下りた。

 一人になったコリーはがっくりと肩を落とす。


「ま、まあドズの爺様と一緒なら、イーディスちゃんも大丈夫でしょ。

 ――それじゃあ、いっちょ本気になってやりますか。竜退治」


 瓶底メガネを直し、暴れ続けるワイバーンの背中でやる気を高める。

 目の前に広がる剣山のようなワイバーンの鱗。これを進むのは大変だが、治癒に長けたコリーであれば難なく進める。

 だがこの鱗のせいで、触診ができても攻撃を叩き込めないのが現状だ。イーディスの刀による突きですら、鱗に届く前に手が切れて止まってしまう。

 だがドズの言うとおり、彼であれば貫けるだろう。

 コリーは苦虫を噛みつぶすように歯を食いしばる。背に腹は代えられんと、せめて一度で届くように声を張り上げる。


「――ジョー・レーン!!!」

「呼んだか、俺の愛しい女よ!」


 呼び終わるよりも早く、ジョーはワイバーンの背中まで登ってきた。

 ジョー・レーンはコリーと同様、大迷宮を攻略してAランクへと昇格した冒険者だ。

 職業は戦士。あらゆる敵、あらゆる戦場に対処する適応力と、多様なスキルを習得する柔軟性。携える武器も様々だが、ジョーは斧と鈎を拵えた矛、ハルバードを主武器としている。

 精悍で嫌味のない青年だが、コリーは彼の事が苦手だった。


「美しい俺のペイシェンス。お前が助けを呼ぶなら、俺はたとえワイバーンの胃の中であれ駆けつけよう」


 なぜって、初めて顔を合わせた瞬間にプロポーズされ、それ以来何度断ってもこういう態度を取られるから。

 苦手というか、鬱陶しい。


「勝手に殺すなよ」

「お前が死ぬくらいなら、俺が代わりに死のう。万が一間に合わないのなら、俺もその後を追おう。それがお前の美しさに対する礼儀だ」

「うっとい」


 正直最初の頃は、美しいと言われるのも嬉しかった。そして彼が本気で言っているのも伝わってくる。

 だが残念。彼にも彼なりの美意識があるように、コリーにも譲れない価値観がある。


 ――コイツの手、なんか嫌なんだよなぁ。


 いわゆる生理的に受け付けない。

 顔も性格もいいのだが、コリーの審美眼はこの男を認めない。故に何度迫られても駄目なものは駄目。

 だから彼の想いは絶対に報われない。

 そして最近わかったことだが、どうやらこの男、コリーの事情がわかって上で諦めていないらしい。

 それはそれで鬱陶しいと思うコリーであった。


「癪だが君の力が必要なのは確かだ。私が言う場所を全力で攻撃してくれ」

「ああ、任せろ! コリー、初めての共同作業だな」

「キショイ」


 コリーが手の傷も厭わずに、剣山の中に手を突き入れる。

 触診を始める。局部的な弱点を見るのではなく、ワイバーンの身体全体へ範囲を広げた。

 やるなら心臓コアだ。

 コリーが全神経を集中して診断を続けていると、それを感じ取ったのか、ワイバーンが今までに増して暴れはじめた。


「コリー、続けろ。何があっても俺が守る!」

「そればっかりは信じてるよ」


 その時、ワイバーンの尻尾が自身の背中に向けて打ち込まれた。僅かに二人がいた場所を外れたが、何度も来られたら必ず当たる。


「こりゃあ、マズいかな」

「いや、続けろコリー。

 俺の美しい女コリーの能力を恐れるとは、大した危機感知だ。だがそれだけ奴の命に近づいているということだ」

「俺の美しい女と書いてコリーと呼ぶな! 名誉毀損で訴えるぞ!」


 尻尾が戻ってくる。

 今度は間違いなく直撃コースだ。

 ジョーはハルバードを掲げ、スキルを発動する。


金剛鎧こんごうがい!」


 発動した瞬間に尻尾が襲いかかる。

 愛する女には絶対届かせてなるものかと、ジョーは一人でその衝撃を受け止める。


「ぐ、うぅう!!」


 だが、ワイバーンの攻撃はコリーに届かない。

 ジョーはたった一人で、ワイバーンの攻撃を正面から食い止めた。


「無事だな、コリー」

「人の心配してるんじゃないよ、馬鹿! 君いま内臓がぐしゃぐしゃになってるだろ!」

「かもな。だが手を休めるなよ。お前が心臓位置を突き止め、俺がそこを突かなければ、奴の攻撃は止まらんぞ」

「っ、くそ!」


 これだけの巨体をそんな短時間で診断できない。

 コリーの触診は微力な魔力を流し込み、魔力の流れを認識することで、流れの淀みや弱い部分を感じ取る。

 診断する身体が大きければ、それだけ魔力が浸透するのに時間がかかる。

 間違いなくそれが終わるまでに、あと二回は尻尾の攻撃が来る。一撃で瀕死の状態まで追い込まれたジョーが、その回数防ぎきるのは物理的に不可能だ。

 だがジョーは引かないだろう。

 愛する女が死ぬと判っていて、みすみす保身に走れるような男ではない。それはコリーが一番よく知っている。


「駄目だ、ジョー。一旦引こう。間に合わない」


 この男を助けるには、一度ワイバーンの背中から下りて治療を施すしかない。触診中では治癒魔法がかけられないのだ。

 だがジョーは首を振った。

 その態度に腹を立たせるコリーだった、どうも意地を張っているわけでもないと、彼の顔を見て感じ取った。

 ……そういえば、尻尾の攻撃はいつ来るのだろうか。もうとっくに来てもおかしくないのに。


「安心して続けろ俺の美しい女コリー

 戦っているのは、俺たちだけではないぞ」


 ジョーの目線の先。

 コリーは目を剥いて驚いた。

 何故なら彼は、すでに死んだと思っていたからだ。


 一体のオークが、ワイバーンの尻尾を掴んでいた。


_______________________


 次回『VSワイバーン5』

 

 

 

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