第27話 VS ワイバーン3

 三人の技は、それぞれの道の極地であった。

 白銀の光は堅い鱗を貫き、鉄の刃は筋を断ち、不滅の拳は骨を砕いた。


 ――ギャァァァアアアアア!!!!


 だがそのどれもが、ワイバーンの脅威にはならなかった。

 叩き付けられたオルクスから視線を外し、ようやっと羽虫の存在に気づいたワイバーン。恐るべき再生スピードで即座にダメージを回復し、長い首と尻尾を使って突風を巻き起こす。

 ヘルシングはそれで飛ばされ、足下にいたイーディスとコリーは踏み潰されないよう逃げ回るのに精一杯だった。


「巨大な敵の足下はすこぶる危険ですね」

「当たり前の事言ってないで! やばいからコレ、普通に死ぬんですけど!」


 自分の攻撃がまったく通らないことに愕然としながら、コリーは目に涙を浮かべながら走り続ける。

 イメージ通り彼女の打撃は骨まで届いた。足の骨を砕いてやれば、この巨体を支える事はできないはず、と考えたが……甘かった。

 上位のモンスターは魔力を有している。魔力があるということはスキルを覚えられるということで、自己再生のようなスキルを持っていることもある。

 さすが竜種と言ったところか、与えたダメージや傷は、人では到底追いつけない魔力出力で再生された。

 コリーのスキルは、人体解剖を学ぶ過程で手に入れた、生物を効率よく破壊する術である。破壊した瞬間、立ち所に再生されては為す術がない。


「足が駄目なら、次は背中とかどうですかね。脊柱とかあるし」

「イーディスちゃん?」


 忙しなく動き続けるワイバーンの足を避けながら、イーディスは一瞬の溜めを見極めて、その足にしがみついた。


「イーディスちゃん!?」

「デカすぎて動きが鈍いですね。不意の動きにさえ気をつけていれば、割と登れそうです」

「生き急ぐにもほどがあるって、イーディスちゃん!」

「何してるんですか、コリーさん。行きますよ」

「……君が行くってんなら行くけどさー」


 二人が命がけのクライミングを始めたころ、王都から追いかけて来た兵士たちが、風の煽りを抜けて接敵していた。

 魔法が使える者たちが一カ所に集まり、詠唱を始めている。威力の弱い魔法では鱗を通せないと判断し、最初から対軍級の術式を組んでいた。

 ワイバーンの意識をそちらに向けないよう、武器を持った者たちが攻撃をしかける。その先頭を走るのはヘルシングだ。


「地上に釘付けにしろ! 死んでも飛ばさせるな! その間に私が翼を斬る!」

「団長ォ、我々のことは気にせず行ってください!」

「術式が組み上がるまで保たせてみせます!」

「任せたぞ!」


 ヘルシングがスキルを使ってワイバーンの後方へ飛翔する。


 ――その瞬間、ヘルシングの首筋に悪寒が走った。


 ワイバーンの視線がヘルシングを捉えている。おそらく最初の一撃で、自分に傷を付けられる存在としてマークされていた。

 風を使った上昇もすでに三度目。空中で無防備になるタイミングがあることはすでに見抜かれていた。


「団長!」

 ワイバーンの長い首が一回り太くなる。

 溜めている、、、、、

 腹の底で魔力の渦を作り、無制限な回転は灼熱を生み出す。極限まで溜め込んだ炎の渦は、やがてすべてを焼き尽くす業火となる。

 竜の息吹ブレス

 ドラゴンであれば、その威力は一撃で国を滅ぼす。ワイバーンのものであっても、直撃すれば人間など塵ひとつ残らない。


「ただではやられん! 白銀剣士しろがねのけんし!」


 ヘルシングは自らの死を予期した。

 だが彼の掲げた信念は諦める事を許さない。スキルを発動させ、せめて最期まで戦い続けることを善しとした。

 ワイバーンの口から火が漏れ出る。地獄の釜が開くように、竜の息吹ブレスが解放された。

 空気を焼く熱風が渦を巻き、赤き赫灼が視界を焼く。

 まさに災害。その奔流の前にただ一人身体を曝しながら、しかしてヘルシングの目から戦意の光は消えていない。


「皆、あとは頼んだぞ。

 ――退魔の白銀シルバーズ・レイ!!!」


 銀の閃光が走りだしたその直後、ヘルシングの身体は蛇のような業火に焼き貫かれた。


「団長ォ!」

「ヘルシング団長!」


 悲壮な絶叫が戦場に響き渡る。

 あり得ない現実、想像したくなかった現実。それが火と光によって生み出された強烈な光景とともに飛び込んでくる。

 兵士の中に膝を折る者さえ現れた。魔法使いは詠唱を止め、すでに諦観に支配された者もいる。

 このまま踏み潰されるのを待つしか無いのか。

 誰もがそう思ったその時。


「――魔弾掃射! 撃て!」


 兵士たちの後方から魔術攻撃が飛ぶ。どれも低級で威力は心許ないが、凄まじい数だった。

 ワイバーンにとっては花火よりチンケな攻撃だったが、物理的に視界を潰されては怯みもする。その隙を突いて、ひとつの影が飛び出していく。

 彼は猛禽のような笑みを浮かべた青年だった。獲物を見つけた肉食獣のように、ただまっすぐにワイバーンへと向かっていく。

 その姿を呆然と見送った兵士の隣に、一人の老人が立つ。


「ジョーの奴め。また一人で駆け出しおったか」

「あ、あなたたちは?」

「儂はドズ、冒険者ギルドの相談役だ。


 今は一線から引いた身ではあるが、この災厄の時、そうも言っておられんからな」

 ドズはふた振りの長刀を携え、一歩前に出る。


「Bランクに満たない者は魔法で弾幕を張れ! ワイバーンに反撃の隙を与えるな!

 魔法が使えない者は、倒れた者、怪我した者の支援!

 Bランク以上の者は自由に攻撃せよ!

 皆、英雄の死を無駄にするな!」


 冒険者たちから雄叫びが上がり、続けざまに弾幕攻撃が繰り出される。直後に散開する高ランク実力者たち。

 それを見届けて、ドズは唖然としている兵士、騎士たちに向き合った。


「よくぞ戦った! だが諦めるにはちと早いぞ、ワイバーンの右翼を見よ!」


 その言葉に兵士たちが反応し、ドズが剣で指し示したワイバーンの右翼を見る。

 ヘルシングが竜の息吹ブレスで焼き貫かれる直前に放った白銀の閃光。その一撃は見事、ワイバーンの飛翔能力を奪っていた。

 ワイバーンの右翼は、ほんの少しの筋と鱗を残してだらりと垂れ下がっていた。退魔の影響により、傷が再生する様子もない。


「オォ!」


 兵士たちの中に、わずか闘志が戻る。


「貴殿らの団長は己が使命を全うした!

 次は貴殿らの番であろう。英雄の意志を継ぎ、立ち上がって敵を倒せ! 

 微力ではあるが、我らも手を貸そうぞ!」


 ドズのその言葉で、兵士たちは目に覇気を取り戻した。


 ――オオオオオオオオオオオオオォォ!!!!


 一人一人が勝利を信じて、命を賭して約束を守り抜いた男の生き様を胸に、兵士は駆け出す。

 その背中を見送りながら、ドズは静かにワイバーンを睨む。


「やれやれ、儂もジョーのことは言えんか。これほど血湧き肉躍るのは何年ぶりか。

 二度目の竜討伐。今度こそ果たして見せようぞ」


________________________________


次回『VS ワイバーン4』

 

 

 

 

 

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