第26話 VS ワイバーン2
なんてことだ。
ヘルシングは声にならない言葉を心中で呟いた。
それは時間にして僅か数分の出来事。
実力を持った頼もしい冒険者と思っていた人物がモンスター、しかもオークだった。理路整然と人のように喋っていた彼が、オークだった。
そしてそのオークが、空を飛翔するワイバーンを、
「これは現実なのか?」
もはや何から驚けばいいのかわからない。
城壁の上の兵士など、驚愕の余り顎が外れている者もいた。
「あっ!」
誰かが叫んだ。
それと同時、地面に沈んだワイバーンが眼光鋭く落ちてくるオークを睨んだ。
マズいッ、とヘルシングは咄嗟に次の展開を察する。歴戦の騎士であるヘルシングだからこそ、誰も目で追えないワイバーンの動きを捉えていた。
ワイバーンは自らの尻尾を鞭のようにしならせて、まだ空中にいた無防備なオルクスを叩き落とした。
隕石でも落下したかのような衝撃音が響き渡る。
城壁の方で悲鳴が上がる。まるで自分が攻撃を受けたかのように、いずれ我が身に降りかかる力の一端を受けて、皆の心に生まれた恐怖心が吹き上がってしまった。
「し、死んだのか。死んでしまったのか!」
まるで虫を叩き潰すように。そんなに簡単に死んでしまったのか。あのワイバーンを棍棒で地上へ墜とすような存在が、そんな簡単に死んでしまったのか。
ワイバーンはオークを叩き付けた場所へ歩み寄っていく。きっとその中では悍ましい状態の死体が転がっている。いや、あんな攻撃を食らって姿形を保てる筈がない。
なんて理不尽だろう。
いや違う、この一瞬が異常だったのだ。
だって当たり前の事だ。
王都の城壁よりも高く、人が五十人いても囲えないほどの巨体。それをちょっと人より大きいだけ、少し力が強いだけのモンスターが打倒できるわけがない。ましてや、さらに小さな人間が……。
「いや、違う」
そうだ。違うはずだ。
彼はヘルシングに約束した。ワイバーンを必ず地上へ墜とす、と。
そして見事にそれをやり遂げた。
人の天敵であるモンスターが、人間との約束を守ったのだ。拘束力など何もないただの口約束で、およそ人間には達成できない成果を叩きだした。
見ろ、不可能と思っていたことがすでにふたつも起こっている。
「これは奇跡だ。一人の男が起こした奇跡。この機を」
ヘルシングは高らかに剣を掲げる。その切っ先にはこの王都を襲う災害、竜種。その打倒を胸に、彼は災厄の戦場に立つ。
「逃してなるものか!」
その高らかな宣言と同時、彼の傍らに二人の少女が現れる。
一人は確信を胸に。
自分の直感に間違いがなく、あの男こそ他ならぬ、自分が一番倒したい相手であった。
ならば殺させてはならない。まだ生死を判ぜぬなら、ここで剣を振るう意味がある。
奴が倒せなかった敵を倒し、己が力を証明するためにも。
一人は使命を胸に。
手にはその者の在り方を表れる。少女はこの街で、自らの審美眼を満足させる手に出会った。
ならば殺させてはならない。その人生、その人格、あの手を守るためなら命を賭ける意味がある。
人に言わせれば馬鹿げた使命でも、それが少女の生きる理由なのだから。
「Aランク冒険者、イーディス・デュパン。伝承に名を連ねる者よ、その素っ首を貰い受けに来た!」
「同じくAランク、コリー・ペイシェンス。右に同じ」
「き、君たち」
「私たちだけではありません」
突如湧き立つ声に振り返る。するといつの間にか開門していた王都の門から、大量の騎士、そして兵士たちが飛び出してきていた。
誰も彼も、その顔に僅かながら恐怖を滲ませているが、それを押し退けて勇気を奮い立たせているのがわかる。
その姿を見て、ヘルシングは覚悟を決めた。
騎士団長の彼には多くの部下がいる。守るために戦うという以上、常に死と隣り合わせだ。当然、彼らの命を背負わなければならない。
一人も死なせてはならない。その覚悟を常に持っていた。
だがいま決めた覚悟は、まったく違う。
彼らの命を、そして自らの命さえも、使い捨てる覚悟だった。
「次鋒、頂戴します!」
「ちょっと、だから生き急ぎすぎだってぇ」
先に駆け出していく少女たち。
出遅れたが、ヘルシングは再び剣を掲げる。
どんな犠牲を払っても、必ず打ち倒す。その信念を胸に。
「止まるな兵共! 敵は神話に名を刻む竜種が一体、相手にとって不足無し! 皆、全速で接敵せよ! 必ず倒せ!!!!」
――オオオオオオオオオオオオオォ!!!!
雄叫びは高らかに。もはや隊列や戦術などはない。そもそもワイバーンにそんなものは通用しない。
ただまっすぐに走り、到達し、剣を突き立てるだけ。
「桃人一刀流」
「触心――。骨格診断。
うへぇ、骨ふっと、浸透率ひっく」
イーディスとコリーはそれぞれワイバーンの足下に辿り着くと、それぞれ必殺の構えへと入る。
「
「
二人に続いて、ヘルシングは横合いからワイバーンを狙う。スキルで上空へ飛び上がり、ワイバーンの目線と同じ高さまで昇った。
「我が奥義をくらえ!
ユニークスキル、
魔に属するモンスターに対して絶大の威力を発揮するスキル、ヘルシングが持つ魔性特攻。魔物の頂点に君臨する竜種になら、必ず届く。
いや、届かせてみせる。
その一心で剣を振る。
この場でもっとも力を持った人間たちが、三者三様に攻撃を仕掛けた――。
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次回『VSワイバーン3』
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