第25話 VS ワイバーン1

「その棍棒、ちょっとおかしいよね」


 イングレントがまじまじと覗き込んでくる。


「君の馬鹿力でぶっ叩いて、なんで傷ひとつ付かないの? 物理的におかしくない?」

「さあ。生まれたばっかの俺が枕代わりに使ってたものだし。そういえば今まで一度も壊れた事はないな」

「というか、これ棍棒って呼べるものかい? どっちかというと、刃を潰した剣みたいな」

「? 棍棒と何が違うんだよ。

 そういえば一回だけ、島産みとかいう巨人と戦ったことがあったな。俺は傷だらけなのに、こいつは戦い終わっても綺麗なもんだったぜ」


 イングレントはひどく呆れた顔で言った。


「島産みって、精霊種を宿した大岩の巨人の事を言っているのかい? 物理攻撃がほぼ通らないから、魔法使いが百人で対城術式を組んでようやく倒せるっていう、あの島産みのこと?」

「ああ、たしかに信じられんくらい堅かったな」


 イングレントがまじまじと覗き込んでくる。


「やっぱりその棍棒、ちょっとおかしいよね」





     ▽





「じゃあ最初の挨拶だ、舌噛むなよ。

 雷鎚豚頭いかづち


 ワイバーンの鼻先に一撃を叩き付ける。堅固な鱗との衝突で火花が散り、衝撃に遅れて轟音が響き渡った。


 ――ギィエッ!!!


 短い悲鳴を上げたワイバーンが、殴られた勢いで少し下降する。だがまだ落ちるには至らない。

 それはそうだ、まだ本命は叩いていない。

 出会い頭の一撃が鼻っ面だったのは、頭の位置を下げたかったからだ。

 こいつらも人間やオークと変わらず、頭に重いダメージが入れば行動不能になる。それはこいつの子どもで散々試したから間違いない。


「てめえが落ちるまで、その平てえ頭にしこたまぶち込んでやるよ」


 ジロッと黄色い眼光が俺を捉える。向こうからすれば豆粒みたいに小さい奴に一撃食らったんだ、そりゃ腹も立つだろう。

 だが小さいからって甘く見たお前の落ち度だ。甘んじて喰らっときな。

 今度は全力だ。

 たまげてちびるなよ。


雷鎚豚頭いかづち!!!!」


 ――ギャァアアア!!!


 インパクトの直前、ワイバーンの頭がグゥッと伸びてくる。打点をずらした上、こいつ頭突きで反撃してきやがった。

 バチィッと火花が飛ぶ。

 くそ、一度勢いを殺されたら押し込めないか。それなら……。


「土足で失礼するぜ」


 俺はワイバーンの頭の上に着地する。すぐに察したワイバーンが首を振ろうとするが、俺はその前に高々と足を上げて、相撲取りの四股のように思いっきり踏んづけた。


地均豚頭しんきゃく


 地上で使えば地表がめくれ上がり、地面が陥没する地均豚頭しんきゃく雷鎚豚頭いかづちと違って内部破壊を目的とした一撃だ。


 ――ギャァアアァア!!!


 無事、効いてるらしい。

 ワイバーンは身体をグラつかせてまた少し下降する。俺はその直前に跳躍して、頭までの距離を作る。


「さあもう一度だ。頭が揺れてるお前に、もう一度合わせられるかな。

 雷鎚豚頭いかづち!!!」


 ――ギィエエアア!!!


 今度こそぶち当てた。

 だがしぶとい。まだ落ちてくれない。

 正直、本気出してこれだけ連続で攻撃すると、さすがに腕が言う事聞かなくなってくる。少し休まないと、このあと仕留めるのができなくなりそうだ。

 だが後先を考えてここで手を抜けば、ワイバーンは自分の領域から悠々と戦い続けるだろう。俺は空から繰り出されるブレスに手も足も出ず、骨の髄まで黒焦げになって死ぬ。

 それはごめんだ。

 俺は腹を決めて、棍棒を構え直す。

 その動きを見たワイバーンは、黄色い眼球を剥き出しにして俺を見る。

 待て!

 考え直せ!

 まるでそう言われているような気がして、俺は腹の奥から笑いがこみ上げてきた。

 こいつは焦っている。俺を危険だと見なしている。

 なら俺が思っているより、相当にダメージが入っているようだ。


「言ったろ、しこたまぶち込むってな」


 肩に担いだ棍棒に力を込める。

 どんなに堅い物を何度叩こうが、傷ひとつ付かなかった俺の相棒。俺とお前で、あの竜種を焦らしたぞ。

 こんな小気味のいい事はないな。


「じゃあそろそろ次のステージに行こうぜ。

 墜ちろ――雷鎚豚頭いかづち!!!」


 渾身の力で棍棒を振り下ろす。

 衝突で火花が立ち、堅い鱗が叩き割れた。遅れて響いた凄まじいその轟音は、久々に聞いた気持ちのいい雷鳴だった。


 ――ギャァアァアァアアア!!!!


 ワイバーンは悲鳴を上げながら、今度こそ身体を錐揉みさせて墜ちていく。

 俺は心の中でガッツポーズした。

 島産みと比べればまだ攻撃は通る。あれと違って機敏に動くし、下手をすると飛ばれるが、打撃が効くなら勝ち筋がある。


「とはいえ、利き腕がイったのはマズいな」


 右腕は最後の一撃で筋が破裂したから、ここから半日は雷鎚豚頭いかづちが使えなくなる。回復なんて待ってたら王都が滅ぶし、このまま戦うしかない。


「っ!」


 地上に墜ちたワイバーンは、二、三回頭を振った後、黄色い眼球を炯々と光らせて俺を睨んだ。

 次の瞬間、俺の視界がフッと暗くなり。


 ――気づいたとき、俺は地面にできたクレーターの中央で倒れていた。


 体中がとんでもなく痛い。そんなに長くはないが、たぶん気絶していた。

 尻尾だ。まだ着地する前に尻尾で吹っ飛ばされたんだ。

 向こうは完全に俺を敵と見なしたらしい。

 すぐに起き上がることができない俺の上に影が降りる。

 俺の上で、ワイバーンが大口を開けて威嚇していた。


__________________________________


次回『VSワイバーン2』

 

 

 

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