第24話 正体見たり

 地竜の個人討伐数が十二体に上る頃、さすがのイーディスも疲労を感じ始めていた。


「イーディスちゃん、疲れ始めてるね。回復かけようか?」


 いつの間にか戦中に姿を現したコリー・ペイシェンスが、イーディスに声を掛ける。


「いりません」


 そう答えようとしたが、誰かが仕留め切れてなかった地竜の足に引っかけられた。

 体勢を崩しかけ、その瞬間飛び出してきた地竜に横合いから襲いかかられる。

 油断。

 ぞわりと背中を駆け上がる悪寒。

 人の頭なんて丸呑みに出来そうな地竜の口、鋭い牙がイーディスに迫る。


「っ、しま……ッ」


 咄嗟に刀を盾にして防ぐ。そのまま組み伏せられて、イーディスの身体は地面に抑えつけられる。

 体格も桁違いだし、力勝負では勝てない。そういうスキルでも備えていれば別だが、イーディスは特殊なスキル構成をしていて、ひとつのスキルしか覚えていないのだ。


 ――スキルには二種類ある。

 ひとつの動きや効果をスキル名という呪文に落とし込んだ『ステラスキル』。

 ふたつめはそのステラスキルのオリジナルでもあり、独力でスキルへと昇華した個人の技術『ユニークスキル』だ。


 ユニークスキルは少々特殊だが、ステラと呼ばれるスキルなら魔力さえあれば誰でも覚えられる。

 先刻騎士団長のヘルシングが使っていたシリウスステラも、その継承可能なスキルの一種だ。

 ギルドでもいくつか管理しているはずだから、イーディスも覚えようと思えば覚えられたはずだ。

 だが自らのスキルを誇りに思っているイーディスは、あえてそれ以外のスキルを覚えるのを意識的に避けていた。


 ユニークスキル、流派・桃人一刀流。

 イーディスが身につけた流派の総和だが、剣の技であるが故に決して万能ではない。

 要するに思い上がっていたわけだが、Aランク昇格試験の際、さすがに自分の未熟さに思い至った時にステラスキルを覚えようとはしたのだ。


 だがこの手に残ったあの時の感触が、その決断を鈍らせた。

 手足を折られ、肺を破られながら振り抜いたあの一刀。肉と骨を先ながら、皮一枚で討ち漏らした。

 あの感触が、まだこの手に残っている。

 再戦の可能性がなければ諦めていただろう。

 だがイーディスは、あの鎧の下について気づきかけている。いや、そうであって欲しいとさえ、本人は気づかずとも無意識で感じている。


 もう一度あの首に刃を突き立てたい。

 次はウィンプの支援魔法もなしだ。

 純粋にフラットな状態で戦ってみたい。

 それでようやく、本当の自分の実力が知れる。

 イーディスは今、自分の立ち位置に悩んでいる。イングレント直々の説得により、Aランクの昇級は甘んじて受けたが、本当は自分にその実力があると納得できていない。

 だからこそ、求められる思いに応えるために、イーディスは自分の力を認めなければいけない。

 その納得のために、あの戦いの決着がつくまでは、純粋に自分が信じる剣だけを高め続ける。


 その選択を後悔するな。

 壁は斬り捨てろ。

 邪魔だ。

 気炎を立たせる。

 堅い鱗が何だ、刃が通らないからなんだ。そんな弱音、あのオークが許してくれるか。


「――どけ、うすのろッ」


 イーディスは倒れた状態から刀を上へずらし、地竜の腹を足で蹴り上げた。

 地竜は体勢を崩して転げている。イーディスは即座に起き上がり、刀を構える。

 狙うは首。ワイバーンと同様に、堅い鱗で覆われた首。いままでは刃の通る喉元を狙っていたが、それでは駄目だ。

 あんな鱗一枚も断ち切れないから、首の皮一枚に届かない。

 斬る。

 絶対に斬る。


「ユニークスキル、桃人一刀流。

 人型・鬼首狩人ひとのかた・おにこうべ!」


 肩に担いだ刀を右から左へ、横に薙ぐ。

 変則的な動きや、体勢が悪い状態からでも首が狙えるような技が多い桃人一刀流。その中で、人型は人体の構造上もっとも力を出せる状態、すなわち両足でしっかりと地面を踏み、腰を落して体幹と骨を安定させる構え。

 たとえこの技を使っても、地竜の鱗を絶てる見込みはなかった。きっと、これまではそうだった。


「……斬れた」


 振り抜いた刀の先で、真っ二つになった地竜の首が飛んでいく。

 一念鬼神に通じる。

 斬れないものであっても、気迫が勝れば技量を凌駕して結果がついてくる。

 そういうこともあるのかもしれない。


「やるじゃん、イーディスちゃん。このカッタイ鱗を斬るなんて、Aランクでも中々できる人いないよ」

「ありがとうございます。……でも、そんなことより……はやく、回復をもぺ」


 本来の力量以上の技を出したからか、心臓が今にも爆発しそうなくらい早く動いている。

 身体の異常に耐えきれず、断ったはずの回復を求めてしまった。膝を突いた身体が折れて、顔面から地面に沈んだ。


「ありゃ、りょーかい。でもちょっと待ってねー」


 コリーは近づいてきた地竜を避けて、その身体に手を触れた。


「触診――。骨格診断。

 心臓確認。衝撃浸透率、五〇%」


 瓶底メガネをクイッと直す。


「三発だ」


 コリーは地竜の左右から、首の付け根あたりにそれぞれ一発ずつ掌底を打ち、最後に首をもたげたところに下から腹に向けて肘で打ち上げた。


 ――ギャァアアアア!


 地竜は断末魔を上げながら倒れる。

 強化した掌底と肘打ちとはいえ、何の変哲も無い打撃で地竜の心臓を破裂させたのだ。治癒術士らしからぬ戦闘技量の高さが覗える。

 コリーの拳と肘は、地竜の鱗に打ち込んだ反動で破壊されたが、すぐに回復をかけて元通りになる。そのあたりも治癒術士らしい戦い方だ。


「お待たせイーディスちゃん。ほい、ヒール」


 体力が回復して動けるようになった頃、騎士団長の下へ向かっていたオルクスが戻ってきた。




     ▽




 なんだコリーのあの技術、すげぇな。

 てかそれよりイーディスだ。まさかあの堅い鱗に刃を通して首を飛ばすとは、もう剣術だけならギルド一だろ。


「素晴らしい冒険者たちだ。驚嘆に値するな」

「まったくだ」


 俺はイーディスたちと合流し、ヘルシングは騎士たちに指示を出しながら、地竜の討伐に戻っていく。


「門は閉められたのですね」

「ああ、まずは地竜と、広場のワイバーンを片付ける。門の外の連中は一旦後回しだ」

「いいのですか、向こうを放っておいて」

「兵士の中から見張り台に人を割くらしい。何かあれば報告が来る」


 俺たちは地竜をあらかた討伐し、イーディスとコリーに広場の方へ先行してもらった。

 最後の一匹をヘルシングが仕留めると、そのまま踵を返して広場の方へと移動する。

 広場ではイーディスが、最後のワイバーンの首を斬り捨てるところだった。


「全体討伐! 残敵無し、全体討伐!」


 周囲から歓声が上がる。

 疲れがどっと湧いてきた。

 途中参加のコリーですら座り込んでいるし、イーディスに至っては顔から倒れ込んでいた。

 あー疲れた。

 鎧の中がまるでサウナだ。

 一刻も早く水浴びしたい。

 イングレントに報告してたんまり報奨金を貰って、しばらく休みをもらおう。

 覚悟しろイングレント。今回に関しては俺は一歩も引かないぞ。

 そう思っていると、見張りの兵士から報告を受けたヘルシングの顔が驚愕に変わった。


「なんだと!」

「なんだ、どうした」

「親が現れた。間もなく王都に現れる」


 なんじゃそりゃ。

 親って何のことだ。


「いま倒したワイバーンは小さすぎるんだ。奴らには親のワイバーンがいたということだ」


 そういやそんなこと兵士が言ってたような気がするが、まさかの親がいるのかこいつら。

 てか小さいっていってもこいつら家くらいあるぞ。親ってどんだけデカいんだよ。そもそもワイバーンって竜種の中じゃ小さいんじゃないのか。


「動けるものは城門へ向かえ! ワイバーンを迎え撃つ!」

「オルクス殿、我々も行きましょう!」

「せめて起き上がってから言えよ、お前」

「コリー殿、ヒールを!」

「はいはい」


 回復したイーディスはすぐに跳び起きた。これはどちらかといえば、コリーの治癒魔術が凄いんだな。

 再度城門まで移動して見張り台まで上る。


「団長殿、あちらです!」


 そう言った兵士が指さした先。太陽に被さるように降りてくる巨大な影。形はワイバーンと同じだが、大きさはその二回りは違う。

 逆に言えば、ドラゴンはアレよりもでかいということだ。

 ドラゴンが相手じゃない事はいいが、それにしたって普通に戦うにはデカすぎる。

 しかも空飛んでるし。向こうが地面に足付けてても、俺の跳躍じゃ鎌首をもたげた奴の頭に届くかわからない。飛ばれたら攻撃が届かないぞ。


「問題ありませんオルクス殿。私が奴の首を断ち切りましょう」

「生き急ぎすぎだって、イーディスちゃん。現実を見よう?」


 俺はイーディスを無視してヘルシングに問いかける。


「どうも歯が立たない雰囲気なんだが、なんか策はあるか?」

「あの大きさなら、きっとブレスを使うだろう。まずは空から落さなければ、まともに戦う事もできん」

「それができなければ?」

「王都が落ちる。竜とはそういうレベルの災害だ。ワイバーンであれ、それは例外ではない」


 なるほど、未曾有の危機ってやつね。

 絶望の表情で困惑している騎士や兵士たち。

 疲労とか恐怖とかが何周かしてハイになっているイーディスと、それを青い顔で宥めるコリー。

 何としてでもワイバーンを止めようと意を決するも、何も策が思いつかないヘルシング。

 たしかにこれは危機的状況だ。

 街に残っているほとんどの戦力が集まっているこの状況で、目の前の敵を打開する術が何もない。

 出せるものをすべて出し尽くして、解決に至らない。

 その絶望感が蔓延している。

 それに思い至ったと同時、ここなのか、と悟った。

 無論、俺一人の力で打倒しうる敵だとは思わない。相手は伝説に名を連ねる竜の系譜だ。オークがいくら本気で動いても、相手になる保証はどこにもない。

 だが、ここで切れる札を切ることに、きっと意味がある。

 俺はオークだ。もとより人と馴れ合える存在ではない。

 同じ方向を向くなんて逆立ちしても本来は不可能だ。それこそ天変地異でも起こらない限り。

 そしてその天変地異レベルの災害が、目の前に現れた。

 希望があるとすれば、この瞬間をおいて他にはない。


「オルクス殿?」


 何かを感じとったのか、イーディスが俺に話しかけてくる。横でもコリーが、分厚いメガネの向こうから怪訝そうな視線を向けてきた。

 俺は自然とその視線に応えることができた。


「楽しかったぜ、お前ら」


 出てきたのが別れ文句っぽくなったのは、ちょっと不吉かな。

 でもまあ、もし俺が負けるなら、こいつらもたぶんただじゃ済まないし。

 ならまあ、頑張ってみましょうかね。


「ヘルシング! さっきの竜巻みたいので、俺をワイバーンの上に飛ばせるか」

「それはできるが、何か策があるのか?」

「何とかするよ。まずは奴を叩き落とすんだろ。それだけは確実にやり遂げる。あとはアドリブだ」


 ヘルシングはアドリブ? と言いながら、見張り台から飛び降りた俺に付いてきてくれた。


「オルクス殿!」

「え、ちょっと、何する気なの?」

「お前らは後詰めだ。俺がし損じたら、後を頼むぜ」


 さて、あとは野となれ山となれだ。

 頭上には冗談みたいな大きさのワイバーン。

 隣にはスキル発動の魔力を溜めているヘルシング。

 後ろには壁の上から俺たちの動向を眺める騎士と兵士。

 そしてイーディスとコリー。

 たぶん、俺が正体を曝せば、誰も手助けに入ってきたりしない。俺は一人であのワイバーンを仕留めなければならないだろう。

 俺だってAランク冒険者であり、A級討伐対象だ。ワイバーンがどの程度かは知らないが、ただで負けるつもりはないぞ。

 久々に初っぱなから全力で行くぜ、トカゲ野郎。


「やってくれ!」

「シリウスステラ、ストライク・ストーム!」


 発生した竜巻によって身体が上昇する。

 吹き荒れる風により、鎧が一部弾け飛ぶ。

 もともとガタが来ていた鎧だ、この竜巻で飛べば剥がれるのはわかっていた。

 次々と鎧が剥がされていく。

 その度に、俺は王都に来てからの事を思い出した。

 鎧で正体を隠し始めたこと。

 初クエストで周りから賞賛されたこと。

 窓口のお姉さんに優しくされた事。

 ドズの爺さんに認められた事。

 後輩が出来た事。

 イングレントと街を歩いた事。

 いつの間にか、この街を守りたいと思えるほどの、思い入れが生まれていた事。

 俺はオルクス、オークのオルクス。

 人の天敵、紛う事無きモンスターだ。

 だが恩を理解し、義を感じる知性がある。

 故に、今は人のために動こう。


「それで恩は返せるか。なあ、イングレント」


 お前が遠征なんて行ってるせいで、正体を明かす事になったぞこのヤロー。

 帰ってきたら文句言ってやるからな。




     ▽




 風は遙か高く、飛来するワイバーンよりも高く彼を運んだ。

 いつも彼の肌を隠していたフルプレートメイルは、跡形もなく風に飛ばされた。

 彼に慣れ親しんだ者も、今日初めて目にした者も、全員が鎧の下の正体に驚愕する。


 キュートな鼻。

 黄金に輝く鬣。

 力強い蹄と牙。

 大きく突き出した腹。

 そして、つぶらな瞳。

 本人はそう豪語して憚らない、およそ人とはかけ離れたその姿。


 彼はオルクス。

 オークのオルクス。


 今この瞬間、王都に迫る災害に対し、単身で喧嘩を売るただ一人の冒険者である。



__________________________


次回『VS ワイバーン』

 

 

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