第21話 嵐の前

「コロラド山に棲むワイバーンの動向調査。Aランク三名以上であたるべし、か」


 コロラド山といえば、大陸の中央よりにあるどデカい火山だ。頂上付近には雲がかかり、火口の中はワイバーンの住処になっているらしい。

 ドラゴンの系譜に連なるモンスターで、ドラゴンに比べればサイズは小さく、群れで生活しているらしい。

 繁殖期になるとただでさえ強い警戒心に拍車がかかり、非情に危険なんだとか。山の麓を通りかかっただけでも、ブレスで丸焦げにされる商人が後を絶たない。

 そして今は絶賛繁殖期。一番気が立っている時にわざわざちょっかいかけに行けとか、一体何のつもりなんだか、この依頼主は。


「おそらく、竜王誕生の兆しが出たのでしょう」


 声を掛けてきたのはイーディスだ。


「竜王?」

「竜種にとって、我々人間でいう神のような存在です。存在自体が竜種全体に影響を与える。具体的に言うと、竜王が生きているだけで、世界中の竜種の魔力が上昇します」

「なにそれすごい」

「ですが竜王誕生の瞬間は、急激に上昇する魔力を制御できず、暴走する竜種が必ず現れます。おそらく、コロラド山に棲むワイバーンにその様子がないか、調査したいのではないでしょうか」


 それははた迷惑な事だ。

 俺は抱えていたズタ袋を窓口のお姉さんに渡す。想像を絶する量だったのか、目をひん剥いて驚いている。

 このあいだAランクに昇格したイーディスと二人で討伐に繰り出したもんだから、いつもよりも量は多めだ。

 本当は出張所にある換金所に持って行ったほうが高く売れるしスムーズなのだが、わざわざ天文台まで行くのが面倒だし、仲介料でギルドにも金が入るし、悪い事ばかりではない。


「竜王とやらが生まれるのは阻止できないのか?」

「不可能でしょうね。竜王は転生個体ですから、どの竜に生まれ変わるのかがわからなければ、対処のしようがありません」

「そうかそりゃ大変だ。繁殖期の竜種に近づくなんざ、自殺行為だからな」


 換金が終わるまで、俺たちは空いているテーブル席で待つ事にした。イーディスは俺の向かいに座り、給仕に注がれた水を美味そうに呷っている。


「竜王の誕生って、結構知られていることなのか?」

「大陸の人たちでも、竜種の生活圏に近い人たちは知っていると思います。実は海の向こうにも、ナーガと呼ばれる竜に連なる魔物が統治する蛇の国があるのです。私はその国で竜王のことを聞きました」


 モンスターが統治する国があるのか。

 まあまるで知恵のないオークみたいな魔物のほうが希だし、低級モンスターでもなければ国を築くことだってできるのか。

 大陸にもモンスターが作った国なんてあるのだろうか。王都の周りは結構見て回ったし、そろそろ西のほうにも足を伸ばしたいところだ。

 イングレントも何かそう言う仕事を斡旋してくれないだろうか。


 あ、そういえばイングレントは、一ヶ月ほど長期の出張に出ている。このあいだのAランク昇格プログラムを行った際に、彼女と同じ特Aランク冒険者仲間に借りを作ったとか何とかで、そいつの手伝いをしているらしい。

 ランク問わず、イングレントのプログラムで昇格した連中も、順調にクエストをこなしているようだ。今のところ無茶をして死者が出たという話は聞かないし、経過は良好と言ったところだろう。

 イングレントがこのタイミングでギルドを開けたのも、そう判断してのことかもしれない。


「オルクス殿は、どうして冒険者になったのですか?」

 藪から棒に、イーディスはそんなことを聞いてきた。

「面白そうだったから」

「え、それだけですか?」

「まあ、イングレントに誘われたからってのもあるが。ずっと毎日腐ったような生活してて、面白い事してえなぁ、と思ってたからな」

「はあ。けどまあ、それだけ強ければ、それでもいいのでしょうね。なにせオルクス殿は最初からAランクでしたし」

「なんか、がっかりさせたか?」


 ふるふる、とイーディスが首を横に振る。


「ただ気になってはいます。オルクス殿がどうしてそんなに強いのか。戦い方を見ていると、失礼ですが技や型があるようには思えません。あるのは人並み外れた怪力。まるで……」


 イーディスが言葉を止めた瞬間、部屋の温度が僅かに下がったような気がした。

 視線が交差している。鎧で隠れて見えないはずの俺の目を、彼女の目は確実に捉えている。

 首筋のあたりに、ざわざわとした違和感を覚えた。


「まるで、オークのような」

「はは、何言ってんだよ。オークはひでえな」


 イーディスは目を逸らし、黙り込んでしまった。

 おそらく、確信には至っていない。だが間違いなく疑念は持たれている。

 きっかけなど考えるまでもなく、イーディスのAランク昇格試験だ。

 俺の首を両断しかけた最後の一撃。倒れ伏したイーディスの意識はすでにないと思い込んで、俺は間抜けにも話しかけてしまった。


 ――見事だった、イーディス。

 ――……いま、なんて。


 やっべー! と思ったときには、イングレントが使い魔から遠隔でイーディスを眠らせてくれていた。

 オークが喋っている事。自分の名前を知っている事。敵であるはずの自分を讃えるようなことを言った事。

 後は、鎧で姿の一切を隠した怪しさ満点のAランク冒険者が、実はあのオークととても体格が酷似しているのではないか、と思い至ればあとは芋づる式に繋がっていくことだろう。

 あの日からイーディスの顔を見る度にヒヤヒヤしていたが、やはりここまで疑いを持たれてしまったか。

 ……さて、どうするべきか。


「なあイーディス、ちょっと話が――」


 その時、突如けたたましい警報がギルド内に響き渡った。




     …




 ギルドの外、王都中にもその警報は響いていた。

 警戒を促すものは間違いないが、あまりに聞き慣れないその警報の意味はこうだ。


 ――全てを捨てて逃げろ。


 その理由は空にあった。

 高く昇る太陽を背に、十数の影が王都へ向けて飛来している。

 最初にその影に気づいた者は、鳥の群れかと勘違いした。だがあまりに巨大なその影を目で追ううち、その正体に思い当たる。

 額から滲み出る汗と、引いていく血の気を止める事ができない。

 真っ青な顔で彼は叫ぶ。

 天より飛来したそのモンスターの名を。


「みんな逃げろ! ワイバーンの群れだ!」




__________________________




次回『王都襲来』


 

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