第22話 王都襲来

 誰だ! ワイバーンをちっさいドラゴンとか言った奴!

 どう見ても家よりもでかいんだが! どうなってんだ!


「オルクス殿、現実逃避してる暇ありません! そっちに行きました!」


 切羽詰まったイーディスの声に振り返ると、大口を開けたワイバーンがこっちに向かってきていた。

 イーディスは別のワイバーンに細かく連続斬りを当てている。最初は俺の首を切ったように両断しようとしていたのだが、鱗にまるで刃が通らなかったようだ。いまは的を変えて、目や口の中を狙っているらしい。


 俺は向かってくるワイバーンを相手に、棍棒を担いで構える。相変わらず鎧が邪魔で全力では動けないが、特注したおかげで少しは改善されている。

 おかげで使えるようになった技がひとつ。


雷鎚豚頭いかづち


 棍棒でワイバーンの鼻っ面を思いっきり殴りつける。長い首が直角に折れ曲がり、頭が地面にめり込んだ。

 鱗が自慢のようだが、薄いところを狙ってやればちっとは効くだろ。


「イーディス、顎の下を狙え! たぶんそこが比較的薄い」

「承知!」


 一旦後退して距離を取ったイーディスを、ワイバーンが追いかける。俺と戦った時のように、地面に着地した瞬間に強く踏み込み、ワイバーンの懐に滑り込んでいく。

 身体を反転して、ワイバーンの顎を狙う。


犬型・虎落笛いぬのかた・もがりぶえ


 突き出された刀がワイバーンの喉元に突き刺さる。その切っ先が頭蓋の内側にまで突き刺さったあと、刀はさらに下へと振り抜かれる。

 ワイバーンの口が縦に裂け、おびただしい血を吐きながら倒れた。


「えげつねえ技」

「私の流派は一刀両断が原則ですから、確実に仕留めなければ意味がないのです」


 このあたりは一掃できた。

 どうも人が多い場所を目指している感じがあったから、おそらく天文台前の広場の方がすごいことになってそうだ。


「広場に行きましょう」


 俺が言い出す前にイーディスが判断して走り出す。俺も後を追いかけながら、王家の軍隊はもう出張ってるのだろうか、と考える。

 ギルドの冒険者はあの通りほぼ出張ってる。最高戦力のイングレントは遠征中だ。この状況で大量のワイバーンの出現はかなりまずい。

 軍の練度は未知数だが、下手をするとかなりのダメージを負いかねない。


 最悪、王都陥落なんてシナリオもありえるのでは。

 そんな想像をしながら広場に出ると、待っていたのは意外な光景だった。


「住民の避難を優先しろ! 急いで城へ誘導するんだ!」

「ワイバーン相手に一人で戦うな、必ず三人以上で当たれ!」

「負傷者は後方へ! 焦るな、大した数ではないぞ!」


 住民たちの避難とワイバーンへの対処を見事にこなす、王家の兵士たちの姿があった。その中にはよく街で目にする警備隊の兵士の姿もある。

 負傷者も中にはいるが、後方で控えている治癒術士たちが回復を施しているようだ。

 冒険者の俺たちよりもよほど動けているじゃないか。さすがは王家の軍隊。


「ぐ、うわぁああ!」


 ワイバーンと戦っていた兵士の一人が悲鳴を上げる。三人で対処していたようだが、翼で横薙ぎにされた拍子に二人が吹き飛ばされ、追い詰められたようだ。


「行きます!」


 イーディスの決断は相変わらず早かった。そして足も速かった。

 一呼吸の内に広場を横断し、兵士と彼に大口を開けて迫るワイバーンの間に滑り込むと、後ろ回し蹴りで兵士を吹き飛ばした。

 自分はしっかり地面に身体を寝かせて、迫ってくる口から逃れている。

 そして身体を起こしながら、下から喉元を目がけて刀を突き出し、そして振り下ろす。

 身体の動かし方がほんとに綺麗だ。生物として羨ましいぜ。


「すみません、蹴ってしまって。大丈夫ですか?」

「げほっ。いえ、ありがとうございます」


 蹴り飛ばした兵士に手を差し伸べるイーディス。

 さてそれじゃあ、俺も近場のから叩いていくか。丁度空から避難していく住民に襲いかかりそうな個体がいる。俺は近くの建物の壁を利用して跳躍し、ワイバーンの頭を目がけて棍棒を振り下ろす。


「イカヅチ」


 地面に叩き付けたワイバーンの上に着地して、その足で苦戦してそうな個体に向かう。勢いそのままに一体、二体。三体と倒した当たりで鎧が少し軋んだ気がして、思わず後退した。

 やべぇ、もうガタが来始めてるのか。あんまり続くようだとマズいかも知れん。

 とはいえすぐ終わるとも思えないし、どうしよう。


「すげえあの鎧の人。一気に四体も倒しちまった」

「あっちの少女もだ。あんな細い剣でワイバーンを倒すなんて」

「きっとAランクの冒険者だ。頼りになるな」


 頼ってくれるのは嬉しいけど、なんかどんどん数が増えてってる気がするんだが。手に負えなくなるんじゃないか。


「鎧のお方!」


 一人の兵士が俺に駆け寄ってくる。


「相当の実力者と見込んで、折り入ってお願いしたい!」

「内容によるからとりあえず言ってくれ」

「実は、先行したはずの騎士団が、いつまでも前線から戻って来ないんだ」

「え、先陣ってここじゃないのか?」

「我々は後詰めで、住民の避難を優先して行っていた。だが翼を持つワイバーンだけが、騎士団の上を通ってここまで来てしまっている」

「待て、その言い方だと、飛べない奴もいるみたいな言い方だぞ」

「奴らはコロラド山から来ているはずだ。あの山にはワイバーンの他にも、翼を持たない地竜が棲んでいる。物見の話ではそいつらの姿も確認していて、先行した騎士団が食い止めているんだ!」


 マジかよ。ってことはワイバーンは先遣隊で、後から来る地竜が本命っぽくないか。だってただの兵士より騎士の方が強いだろうし、そいつらが未だに戻ってこないってことは、ここと同じように苦戦してるって事だろ。


「見ての通り、ここワイバーンは小さすぎる、、、、、。住民の避難があと少しで終われば、まだ我々でもここは死守できるはずだ。あちらの剣士も連れて、前衛に向かってくれ!」

「……イーディス、聞こえたな!」

「はい、先陣を切ります!」


 いや、早い早い! 相談しようと思って声かけたのに、勝手に決めちゃったよこの子。

 イーディスがワイバーンの群れに正面から向かっていく。あんなことされたら、さすがに一緒に行くしかないよな。


「前衛は任せろ。ここは頼むぞ!」

「ありがとう! 向こうには騎士団長がいるはずだ! 指示を仰いでくれ!」


 俺は控えめに走り始める。なるべくなら何体か潰しながら向かおう。

 地竜か。王家の騎士団とやらもまた力は未知数だが、王家が抱える最高戦力には違いないはずだ。そいつらを手こずらせるモンスターとは、一体どれほど強いのか。


「いよいよとなれば、冒険者辞めなきゃいけないかもな」


 鎧が軋む音を確かめながら、俺は小さく呟いた。


__________________________


次回『騎士団長ヘルシング』

 

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