第17話 頑張れBランク

 王都からしばらく移動し、俺たち一行は森の中へと入った。

 探索するからと適当に言って、俺とBランク二人で二手に分かれることに。いざという時は信煙弾を打ち上げて、自分たちの居場所を知らせるようにした。すべてイングレントの指示通り。

 俺は二人から離れ、鎧を脱ぎ捨て、機を窺う。


 ――そう、二人が戦うオークというのは俺のこと。


 つまり俺が二人を襲い、どう動くかを見て、上から使い魔で覗いているイングレントとドズの爺さん、そして外部の試験官が一人、彼らが合否を判断する。

 そうしてしばらく。

 森の中で爆音が響く。


「ぎゃああああああああ!」


 そして悲鳴。

 木々は倒れ、立ち上がった土煙の中から人影が現れる。イーディスが涙と鼻水を垂れ流すウィンプの襟首を掴み、俺という爆心地から逃れる為に跳躍したのだ。


「叫ぶな、舌を噛む! 走れウィンプ!」


 イーディスに言われるまでもなく、地面に放り出されたウィンプは即座に立ち上がり、魔法使いらしからぬ快速で駆け出した。

 イーディスもその後を追っていく。


「なんですか! なんなんですか、今の!」

「土煙に隠れて少ししか見えませんでしたが、見上げる程の巨体でした。たぶんあれが、血塗れ豚頭クリムゾン・オークですね」


 ホント冷静な奴だな、イーディス。

 土煙を振り払って姿を見せる。今の俺は鎧を全て脱ぎ捨てていて、どこからどうみてもオークだとわかる。

 イーディスはやはりという顔をして、ウィンプは顎が外れそうなほど口を開けて愕然としている。


「そんな、今はオルクスさんがいないのに」

「だから襲ってきたのでしょう。オルクス殿がいなければ、私たちなど容易く殺せるから」


 そう言いながらポケットから信煙弾を取り出した。赤い煙が空へと立ち上る。木々の頭よりも高く登り、二人の居場所を知らせていた。

 オルクスに向けたんだろうが、残念ながらオルクスは、今お前たちを襲っている最中だから、助けにはいけないんだな。

 俺は二人を追って走り始める。


「オークでも多少の知恵があるようです」

「ひぃぃ、来たぁ!」

「ウィンプ、支援魔法をかけてください。ひとまず距離を取りましょう。体勢を立て直します」


 悲鳴を上げて取り乱しながらも、ウィンプは手際よく自分とイーディスに支援魔法をかけた。二人の走る速度が上昇し、あっというまに木々の影に隠れて見えなくなってしまう。

 たぶんあれば認識阻害の結界も重ねているな。あれだけ頼りなく見えても、さすがにBランクなだけはある。


「さて、こっからだが」


 第二フェーズに突入だ。これから忙しくなる。主に早き替えで。





     ▽





「オルクスさん、気づいたでしょうか?」


 ウィンプが不安そうに呟く。

 その口をイーディスが手で塞いだ。


「もが」

「近づいて来ています。こちらに向かって、まっすぐ」


 手が外れると、ウィンプはさらに声を小さくして訊ねる。


「どうしてそんなことが。僕の魔力感知には引っかからないのに」

「オークは微弱な魔力しか持ちませんから。私は気配を感知しているので、なにかが動いたり音を出せば感じ取れるのです」

「さ、さすがは剣士。でも前衛職は姿の見えない相手を索敵するのは苦手のはずなのに」

「私は普通の剣士とは違いますから。――しっ」


 イーディスが制止の合図を出したと同時、ウィンプにも草木を擦りながら近づいてくる何者かの気配を感じ取った。

 探りながら動いているのか、歩みが襲い。

 イーディスがゆっくりと腰の刀に手を添えたのを見て、ウィンプもグッと杖を握りしめる。

 慎重に動きを感じ取る。


 ――あと二歩。


 二歩こちらへ踏み込んだとき、一息に首をはねる。イーディスは静かに覚悟を決め、足に力を込める。

 そのとき。


「二人とも、そこにいるのか?」

「っ、オルクスさん!」


 声がした途端、イーディスが制止する間もなく、ウィンプが即座に反応して立ち上がる。


「信煙弾が見えた。大分逃げたな、探すのに苦労したぞ」

「お、オルクスさん、凄い血じゃないですか!」


 それを聞いてようやくイーディスは立ち上がる。見ればオルクスは、顔を覆っている鎧の下から大量の血を垂れ流していた。

 鎧の内側の様子がどれだけ酷い事になっているか、それだけで知れてしまいそうだ。


「オルクス殿!」

「おう、イーディス。二人とも無事でよかった」

「……オークにやられたのですか?」

「ああ、信煙弾の真下まで行ったときに、奇襲されてな。なんとか反撃したが、仕留めきれなかった」

「っ、申し訳ありません。信煙弾は私が上げました。確実に奴を撒いてから打ち上げるべきでした」

「馬鹿言え、それじゃ信煙弾の意味がない。煙の真下が危険地帯なのは承知の上、そこで奇襲を受けたなら俺のミスだ」 

「でも、Aランク冒険者でも倒せないなんて。噂通り、血塗れ豚頭クリムゾン・オークはやっぱり知性が……」


 オルクスはガハッと血を吐いて膝を折る。

 二人は咄嗟に支えようとするが、オルクスの身体は巨体過ぎて支えきれない。そのまま膝を突いて、木に寄りかかるように倒れてしまった。


「くそ、何てザマだ。スマン二人とも、試験どころじゃなくなっちまった」

「馬鹿なのですか、あなたは。この状況で試験などどうでもいいです。早く治療しなければ。ウィンプ、あなた回復魔法は?」

「ぼ、僕は治癒系統は得意じゃないんです。針と糸の魔法を応用した縫合ができるくらいです、すみません」


 魔法使いが治癒まで網羅していたら治癒術士ヒーラーはいらない。魔力を流して自己治癒を高めたり、血を止めるくらいはできても、根本治療にはならない。

 イーディスは眉を曇らせる。


「森を出るしかありません」

「無茶です! オークはとても鼻が利きますし、ここは奴のテリトリーです。動けば必ず居場所を特定されます。それに」

「二人じゃ俺を抱えて移動は無理、だな。遠慮はいらねえ、置いてきな」

「オルクス殿!」

「俺は大丈夫だ。動けなきゃ動けないでやりようはある。だが夜を明かせる保障はないから、夜明けまでに救助が欲しいところだな」


 この森は時間が読みにくいが、おそらくもうすぐ日が沈み始める。臭いを辿れるオークを相手に、夜行動を起こすのは自殺行為だろう。

 逆に動かないほうがいくらかやり過ごせる可能性がある。だがこのまま夜が明けるのを待っていては、オルクスが死んでしまう。

 やはりイーディスかウィンプか、もしくは二人が森を抜けて、ギルドから救援を連れてくるしかない。


「で、でもオルクスさんがいなかったら、僕たちじゃ血塗れ豚頭クリムゾン・オークに太刀打ちできないですよ! もしも途中で出くわしたら、確実に殺されてしまいます」

「そうだな。だから無理にとは言わん。ここで朝を待ってもいい。予定時間より帰りが遅ければ、ギルド長なら様子を見に人を寄越すだろう」

「うう、でもオルクスさんが死んでしまうかも」

「俺の失態だ。お前たちの意志を無視して、助けを呼んでこいとは言えねえよ」


 ウィンプは頭を抱えて蹲る。命を賭ける選択を前に、恐怖と理性を戦わせながら選びあぐねている。

 その横でイーディスは、一人静かにダンジョンでのことを思い出していた。そして以前に何度も立ちはだかった、選択の瞬間を。


 こういうとき、イーディスは深く精神を鎮めていく。

 自らの心を暴き立てる。積み上げられた全てを捨てる。

 そうして初めて、選択することができる。

 それは理性ではなく、本能でもない。

 根拠となるのは自分の在り方。

 何を理想としているか。

 譲れない物は何なのか。

 判断するに足る、信念を己が持っているのか。

 そしていつも思い出す。

 イーディス・デュパンには、たとえ死んでも守りたい物があったはずなのだ、と。

 イーディスは静かに立ち上がる。


「行くのか、イーディス」

「はい。必ず救援を呼んできます」

「死ぬかもしれんぞ」

「構いません。ここにいても、全員が助かる保障がない。ならばギルドに救援を求めるのが、もっとも助かる可能性が高いでしょう」


 イーディスはそう言い切って、唖然と彼女を見上げるウィンプを見る。


「ほん、ホントに、行くつもりですか、イーディスさん」

「あなたまで巻き込むつもりはありません。私に支援魔法を掛けられるだけ掛けてください。あとは私が何とかします」

「なんとかって、なんの根拠があって言ってるんですか。死んじゃいますよ。ううん、相手はオークです。死ぬより酷い目に合わされるかも」


 イーディスはゆっくりと首を振る。

 その選択は曲げないのではなく、曲げられないのである。

 自らの中に通した一本の筋。

 それがイーディスを死地へ向かわせる。


「冒険者ですから」


 イーディスの微笑みに、ウィンプは言葉を失う。

 鎧の奥に光るオルクスの目は、なにか眩しい物を見るように、僅かに細められた。



________________________________________


自ら死地へ飛び込むイーディス。

それは勇気か蛮勇か。


次回『理想のために』

 

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