第14話 商業ギルド
王都は星見の国とも呼ばれており、かつて神々がまだ地上にいたとされる頃から、大陸でもっとも空に近い土地とされていた。
中心部には世界で一番高い塔、オリオン天文台が設置され、宙に広がる星の海を観測している。
その塔の一階と二階の部分にあるのが、ギルド出張所。俺たちが所属している冒険者ギルドは、いわゆる本部みたいなもので、関係者のみ立ち入りが許される場所。対してこの出張所は、仕事を依頼しにくる人たち向けの窓口。日々の依頼はここで集められて、各々のギルドへ引き合いに出される。
「で、問題の窓口はっと」
イングレントから受け取ったスペアの鎧で身を隠し、出張所の中央広場から窓口の名前を確認する。
文字認識の魔法は結局かからなかったから、イングレントに書いてもらった文字と同じ案内を探す。
「あった、商業ギルド」
出張所にはモンスター討伐や薬草採集などのクエストを依頼できる冒険者ギルド、他の国や離れた場所へ人や荷物を送り届ける運送ギルド、物の売り買い全般をまとめて一括で依頼できる商業ギルドがある。
俺はイングレントに言われて、俺専用の鎧を作って貰うことにした。鎧を着たまま全力に近い力を出せるように加工すれば、行動により自由度が生まれるとのこと。
窓口に歩み寄ると、受付は忙しそうに手を動かしていたが、俺を見ると軽く一礼して迎え入れてくれた。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
「鎧の製造を依頼したい。腕のいい職人を紹介してもらえないだろうか」
「承知しました。ちなみに鎧というのは、今お召しになっているようなフルプレートメイルでしょうか?」
「ああ。肌が弱くてな、なるべく日の光を浴びたくないんだ。全身くまなく覆ってくれ」
「わかりました。ご要望をお纏めでしたらお預かりいたします」
イングレントから渡された、文字がびっしりと書かれた要望書を渡す。俺の身体のサイズや必要な耐久度、素材まで事細かに書かれている。
「クリスティ様のご紹介ですね。ではご請求もこちらにあるとおり、冒険者ギルドに宛てさせていただきます。数日中に納期を書状にてお送りいたしますので、ご確認ください。ご注文ありがとうございました」
深々と頭を下げる受付に会釈してその場を離れる。思っていたより呆気なく終わってしまった。
今日はAランクのクエストも出払っていたし、残っているのはパーティ組まなきゃならないクエストばかりだから、鎧が出来上がっていない今の俺では参加できない。
となると、午後から暇になってしまった。
一度ギルドには報告に戻るが、そのあとはどうしようか。
本当は王都の街を探検したいのだが、リスクを避けるためには人混みはなるべく歩きたくない。とはいえ王都は何処に行っても人だらけだ。下手に歩き回って一瞬でも鎧の中を見られたら騒ぎになるし。
今度イングレントに相談してみよう。
オリオン天文台から出て、まっすぐにギルドへ向かう。大通りには出店があって賑わっているが、そんなところは通れないので、暗い裏通りを抜けていく。
途中で女を襲おうとしていた男を伸したり、人攫いに捕まりそうになっていた牛乳売りの幼女を助けたり、その子を警備兵の元へ肩車して送ってやったり、などをした。
「そんなわけでふん縛ってるから、強姦魔と人攫いはそっちで回収してくれ。あとこの子は大通りにある牛乳屋の子どもだ。うちのギルドにも顔を出してくれる、送り届けてやってくれ」
「いつもすまないな、オルクスさん」
「困ったときはなんとやら、だ」
な? と言うと、牛乳売りの少女はそばかすだらけの顔でにかっと笑う。
「巡回の情報が漏れてるんじゃないか?」
「ああ、たぶんこのあと尋問にかけられる。気が滅入るが、これも民の安全のためだ。仕方ない」
王家のお膝元でも、裏通りでは姑息な犯罪が隠れている。光が強ければ闇も深くなるのは道理だが、それをそっくり解決するにはあと数世紀足りない。
駐屯所の警備兵と牛乳売りの少女に別れを告げ、俺は再度ギルドへ向かう。
集会場の中は賑わっていて、午前中にクエストを終えた冒険者たちが酒を囲んでいるらしい。入ってきた俺に気づいた数人に声を掛けられたが、報告があると言って断った。
酒は好きだし飲みたいが、鎧のままでは飲めない。ここで酒を飲む日が来るのだろうか。いつか俺もクエスト終わりにそのまま一杯流し込んでみたい。
二階へ上がりギルド長室の前まで行き、ビームを警戒しながら慎重に扉を二回叩く。
「入れ」
それはイングレントではなく、覇気のある男の声だった。嗄れかたを考えるに、おそらくドズの爺様だろう。
扉を開けて中に入ると、爺様がいつもの定位置に座っていた。
「何してんだ、爺様よ」
「イングレントを待っている。奴め、時間にルーズなのは昔から変わらん」
「そういえば、爺様も冒険者だったんだよな。イングレントと一緒にパーティを組んでたって聞いたぜ。やっぱりAランクだったのか?」
爺様が鬱陶しそうに鼻に皺を寄せる。
そう邪険にしないでよ、とも思うが、ここ数日で爺様の性格もなんとなくわかってきた。
この人間はルールに厳しいだけで、実は人情味のある性格をしている。慇懃無礼な態度を取らなければ、相手がオークであろうと会話はしてくれるのだ。
「儂はBランクの剣士職だった。奴と一緒だったのは、剣術を教えていた一年間だけだ。魔法使いの小娘が剣を振りたいと言ってきたときは、耳を疑ったがな」
「へえ、じゃあ爺様はイングレントの師匠ってことか」
「そんな聞こえのいいものではないぞ。体よく利用されただけだ。儂が剣術を教えている一年間で、あっという間にCからAランクになりよった」
口ではそんなことを言うが、声の調子はどこか誇らしそうにも聞こえる。
なるほど、ただのパーティではなく師弟だったのか。どうりでどこか甘いわけだ。弟子が可愛くて仕方ないんだな、この爺様は。
「あれは万能の天才だ。魔法に取り憑かれてはいるが、何をやらせても人並み以上に結果を出す。王都の冒険者ギルドの長を任されたのも、それが要因だろうな」
「褒めるねぇ。でも、イングレントも失敗する事はあるぜ。この前俺に文字認識の魔法をかけようとしたが、できなくて相当落ち込んでた」
ドズの爺様はムッと眉根を曇らせた。
なんだ、弟子を悪く言われて怒ったか。
「なにを言っているんだお前。人間の作った支援魔法がモンスターに効くわけがないだろう」
「え、そうなの?」
「モンスターは人間の天敵だ。昔、神々がまだ地上に御座したとされる時代に、人間の傲慢を諫めるために生み出されたのがお前たちだ。身体の構造も構成されている素材も何もかも違う。支援魔法も回復魔法も、人間用に調整された魔法が効く道理はない」
言われてみればたしかにそうだ。そもそもどういう理屈で支援が可能なのかもわからないが、単純にダメージを与えればいいだけの攻撃魔法と同じな訳がない。
……あれでも、そんなことイングレントならわかっていそうなことだ。むしろわかっていないとおかしい。
「おおかた、奴にからかわれたのだろう。文字の読み書きすらできないと聞いたが、みっともないから早く憶えるのだぞ」
辛辣な言葉に喉が詰まる。
ぐうの音もでないとは、まさにこのことだった。
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冒険者編は後半へ突入していきます。
今はもうしばらく、嵐の前の静けさ。
次回『アイアムスパルタ』
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