第9話 初クエスト

「冒険者?」


 珍しく朝から外行きの準備をし始めた俺を見て、エルドラが訳を訊ねてきたので、イングレントとのことを話した。


「そうだぜエルドラ。俺は冒険者になるんだ」

「聖剣は取りに行かないのか?」

「エルドラ俺はな、考えたんだよ。いきなり世界を目指すのもいいが、まずはこの世界がどういうものかっていうのを知る必要があるってな。エルドラから教えて貰ってるから知識だけはあるが、俺はまだ自分が生まれたこの世界のことをあまりに知らなすぎる」


 そう、俺は世間知らずのお坊ちゃま。群れがあった丘とこの森のことしか俺は知らない。そんな状態で旅に出るのは、なんていうかもったいない。

 これから旅をする世界に対して、あれやこれやと興味を持った上で、自分の行きたい道で旅をしたい。


「それに、オークが聖剣を手にするのと同じくらい、オークが冒険者やってるってのも面白いだろ」


 エルドラがいつも以上に気の毒そうな表情を浮かべる。これはエルドラが折れかけているときの顔だ。


「そんなわけで、俺は当面毎日王都へ向かう。しっかり冒険者やってくるぜ」

「大丈夫か、オルクス」

「何が?」

「騙されていないか」


 その声にいつもとは違う雰囲気を感じて、もう一度エルドラの顔を見る。

 気の毒そうな表情は変わらず。しかしその奥に、ほんの少しだけ相手を気遣うような色を覗かせていた。

 この男にしては珍しい、感情的な所作だ。


「わかっていると思うが、いかにお前が友好的に接しようとしても、人間はオークをモンスターとしてしか見ない。おそらくはそのギルドの長ですら。それが歴史というものの重みだ」


 オークを排してきた人間の積み上げた歴史。オークを見た事がなくても、その恐怖は脈々と受け継がれている。

 そういう恐怖こそ拭いがたい。オークに対する人間の忌避感はそういう類いのものだ。


「心配してくれてんのか、エルドラさん。うれしいねえ」

「オルクス」

「……ま、大丈夫さ。人に騙されるなんざ慣れてる」


 そうだ慣れている。だからいまさらその結果を怖がるようなことはない。仮に事実騙されたとしても、落胆するだけだ。

 ただいまは、たとえ落胆したとしても、オークが冒険者になれるという夢を見たい。この昂揚に身を任せてみたい。

 剣と魔法の異世界で、冒険者になるのはお約束みたいなもんだ。いままでなにひとつ思い通りにならなかったのだから、このチャンスはものにしたい。


「行ってくるぜエルドラ。土産話楽しみにしててくれ」


 玄関を抜けて森へ踏み出す。

 膝を高く上げ、足を踏みならして王都へ向かう。俺の未来は、いまや希望に満ちている。







 そうしてこの後、俺は騙されることになった。

 





      ▽


 ここは王都の冒険者ギルド、ギルド長室。丁寧に張られた皮のソファに腰掛けたドズは、難しい顔をして頭を抱えていた。


「女狐め」

「はて、敏腕ギルド長と呼んでくれたまえ。喉から手が出るほど欲しい高ランク冒険者をスカウトしてきたのだからね」

「誰がオークを連れてこいと言ったのだ、馬鹿者が!」


 雷のようなドズの怒号を、イングレントはティーカップを傾けながら涼やかに受け流す。


「いくら強くても、あのオークに冒険者などやらせられるものか。王都の住民たちから批判が殺到するに決まっている」

「何故だい。評議会は満場一致で可決したじゃないか」

「呆れ果てて丸投げされたのだろうが。連中の判断基準はあくまで、お前が管理できる程度の力なのかどうかだ。お前が殺されなかった時点で、結果は見えていた話だ」

「そう、それだよドズ翁」


 イングレントは嬉しそうに目を輝かせる。


「並のオークを凌ぐ怪力、回復力。そして異常なまでの生命力。もしも彼が知性を捨て、保身を捨てて勝ちに来ていたら私は殺されていたよ。杖があっても、よくて五分だっただろう。

 だが彼はそれをしなかった。完璧に知性を有しているからだ。追い詰められていながら私の目的を聞き、瞬時にそのメリットを理解して、私が求めていた解答を叩き出した」


「お前を殺さず、さりとてお前に殺されず、十分な実力があると我々に認めさせる。そこまで理解して戦っていたと?」


 馬鹿な、とドズは吐き捨てる。


「そもそもお前はそれを狙っていたのか。奴がそこまで判断して動けると思っていたのか。なんて無茶な奴だ、杖も持たずに向かいおって。万が一殺されていたらどうするつもりだ」


「なんの問題もないだろう。フランでもガルマンでも呼んでくればいい」


 あっけらかんと、自分が死んでも代わりはいくらでもいる、と言ってのけるイングレントに、ドズはわかりやすく大きなため息を吐いた。

 ドズの心労もイングレントには理解できる。だが現状を考えれば、たとえ五分の賭けであってもイングレントはベットしていただろう。ギルドの状況を変えるためには、オルクスのような今までに類を見ない切り札が必要なのだ。


「時代は変わりつつあるのさ、ドズ翁。もはや冒険者は育つのを待つだけではない、私たちが探しに行かなければ。この世界にいるだろうまだ見ぬ強者を。いまがまさに黎明期だ。人であるかどうかなど、この先の時代では些末な問題さ。私はそれを、オルクスと出会って確信したよ」


 そのとき、にわかに階下が騒がしくなる。

 昨日高ランククエストに出ていったパーティが戻ってきたのだろう。


 イングレントはドズを連れて部屋を出る。

 一階の様子が覗ける吹き抜けの廊下から、手すりに寄りかかって階下を見下ろす。

 帰ってきたパーティを讃える冒険者たちの真ん中に、全身に鎧を纏った謎の巨漢がいた。笑えるくらいのスケール感だが、少し頭の弱い冒険者たちはまるで気にしていない。

 ドズは呆れながらぼやいた。


「あんなものいつかバレるぞ」

「いいのさ。いつかバレたとき、積み上げたものが多ければ多いほど、疑念は戦果で洗い流せる」


 ドズは内心で、彼らがお前のようにこざっぱりしていればいいがな、と懸念する。


「それで、奴のランクはどうする」

「心技体、申し分ない。Aランクの冒険者として十分にやっていけるだろう」


 イングレントのその一言で、鎧の巨漢の中身、オルクスの冒険者ランクが確定した。



____________________________


汗をかけないのにフルプレートの鎧は地獄。

自分の体質に殺されかけるオルクス。

頑張って生きろ。


次回『聞いてないですギルド長』


 

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