第10話 聞いてないです、ギルド長

 騙された、と思ったときには、この鎧に身体を押し込まれていた。

 当然防御のためではない。俺の身体を隅々まで覆い、俺がオークであるという事実を包み隠すためのものだ。

 なんのためにか。しつこいようだから手短に言うが、それは俺がオークだからだ。


「凄かったですオルクスさん!」

「今日が初クエストだって聞いてたから大丈夫かと心配したが、強くてびっくりしたぜ」

「いやー、あはは」


 この鎧を取ったら、この賞賛の声もピタリと止むに違いない。それならまだしも、冒険者なんだから襲いかかられるのかもな。

 俺は彼らの賛辞を適当にあしらいながら、窓口でクエストの完了報告をした。俺以外の連中はその場で報奨金を渡されるが、俺だけは貰えなかった。さっそくイジメだろうか。


「オルクスさんはこのまま二階のギルド長室へ行ってください。そこで手続きがあるそうです。報奨金もそこで貰えますよ」

「へー、そうなんすねー」


 パーティメンバーに別れを告げて、俺はさっさと二階に上がる。吹き抜けの廊下を一番奥へと進み、突き当たりの部屋がギルド長室。

 俺を騙したイングレント・クリスティの部屋だ。

 扉を開けるとビームが飛んできた。


「おおおっ!」


 眉間目がけて飛んできたもんで、死に物狂いで避けた。


「レディの部屋へ入るのに、ノックもなしとはずいぶんな挨拶だね。感心しないぞぉ」

「オークにそんなもの求めんな。でもごめんなさいでした!」

「うん、謝れるのは偉いぞ。私もビームはやりすぎだったと謝罪しよう、ごめんなさい」


 部屋に入って扉を閉める。

 奥のデスクに寄りかかるイングレントと、ソファには相談役のドズの爺さんがいる。相変わらず俺のことは目の敵にしているらしい。


「君が初クエストを無事に終えられて舞い上がってしまったのさ。冒険者としてやっていけそうかい?」


 その質問にはすぐに答えられなかった。

 意外な反応だったのか、ドズの爺さんが片眉を釣り上げて俺を見た。

 俺自身は、まあ大丈夫だろう。鎧で自分の正体を隠しているのも、ずんぐりむっくりのシャイな青年というキャラ設定で、今日だけでもおおよそ感触は掴めた。

 問題だったのは……。


「深刻だろう、我がギルドの現状は」

「いや、なにもそこまでは。まだ一日目だし」

「七日経とうともその印象が変わらないことを断言しよう。君が言わないなら私が言うが、我がギルドの問題点は、Cランク以下の冒険者が弱すぎることだ。モンスターの討伐依頼が多く寄せられる我がギルドにおいて、この現状は致命的と言える」


 人不足ではなく、実力者不足だとイングレントは言っていた。

 たしかに下で張り出されていた依頼は、どれもCランクでは受けられない高ランククエストばかりだったっけ。

 俺が受け持ったクエストは、イングレントから直接斡旋されたもので、ランクも知らなければメンバーだって当日知らされた。知らない人間に囲まれて一晩明かすことのほうが辛かったが、まあ彼らの実力云々については、イングレントの言っていることもわかる。


「だが安心したまえ、オルクス。そしてドズ翁。これを打開する策が私にはある」


 そして聞かされたのは、Cランク以下の冒険者たちの緊急育成プロジェクトの始動。それと同時、Aランク冒険者たちによるスカウト活動の開始。

 その間、王家の軍から人材を派遣してもらい、依頼を外注委託できるようにしたのだとか。それで急場を凌ぎつつ、実力者を補充し、めぼしい人材にはスパルタ教育を施し、適性審査を通過させさっさとBランクに上がってもらう。

 そのプランで実績を出し、組合を通して他のギルドにも共有すれば、大陸の冒険者ランクを底上げすることもできるだろう。

 とのこと。なんとも壮大な計画過ぎて、俺は頭が痛くなってきた。


「なんでそんな考えられんのに、今みたいな現状になってんだ、そもそも」


 すると俺の質問には、意外にもドズの爺さんが答えた。


「ギルド長の椅子はこの一年空席だったのだ」

「え、どういうことだ?」

「私が前ギルド長からこの座を受けて一年。だが任命直後に王家から召集が掛かってしまい、丸々一年長期クエストでギルドを空けていたのさ」


 マジかよ。そんな長期間のクエストっていったいなにするんだ。一年間モンスターと戦い続けたりするのか。しんどすぎるな。


「私は万能だからね。本当なら三日で片付いたのだが、雇い主が無能すぎて敵の術中にはまってしまったのさ。頭にきてその後きっちり二秒で仕留めたが、終わってみれば一年経っていた」


 怖ッ! なにそのモンスター、怖ッ! 

 天涯孤独だから何年経ってても問題ないけど、そういう感じはゾッとくる。

 まあそんな過ぎたことはどうでもいいのさ、とイングレントは晴れやかに言った。


「そういうわけなので、君にもスカウト活動をやってもらうよ」

「え? なんで。俺はEからだろ?」

「君がポンコツEランクなわけないだろ、ふざけすぎだよ。話を聞いてなかったのかい」


 呆れた顔をするイングレント。横からドズの爺さんが寄ってきて、プレートを一枚渡された。


「お前はAランクだ、オルクス。わざわざオークを雇うのだ、我らが賭けた信用分くらいは働いて貰うぞ」

「ちなみにスカウト活動とは別に、ちゃんとAランクの依頼は受けてね。むしろ慣れない内はそっちが本業だから、デカい図体を活かしてバシバシモンスターを討伐してくれたまえ、しくよろ!」


 いやいやいやいや、Aランクとか。

 聞いてないです、ギルド長。


__________________________


伝説は始まった。

この小説もいよいよ十話。

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次回『A級討伐対象』

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