第6話 冒険者のしおり1

「近ごろモンスター討伐の依頼数が激増しているな」

「多いだけじゃないわよ。軒並みランク数が上がってるし、大陸の中央の方じゃ新種が見つかったって話よ」

「一時期より冒険者の人たちも減っちゃったし。大丈夫かしら、そのうち魔王とか出てきたりしないわよね」


 ここは王都にある冒険者ギルドの受付所。

 王都近隣の人々や依頼を受け、依頼内容に応じてランクと報酬金額を設定し、難易度に適した冒険者へ仕事を斡旋する窓口。


 普段であれば仕事を求める冒険者たちで賑わっていなければいけないのだが、どういうわけかいまは閑古鳥が鳴いている。

 口を動かす暇があるなら手を動かせ、なんて言われる前に手を動かし続け、なんならあと二本くらい追加で手が欲しいと嘆くような壮絶な現場のはずである。


 冒険者はいるのだ。荒れくれ共に酒を売りつけてやれと適当に併設された酒屋の周りは、いまも屈強な戦士風の男たちや、杖や短剣を携えた女たちが屯っている。

 だが彼らの表情はどこかと暗く、背中がどんよりと重たそうだ。迫り上がってくる不安をかき消すために、酒を飲んでいるようにすら見える。

 そして、それはほとんど事実だろう。


「くそ、今日もDランクの仕事が出てなかった。いったいどうなってんだ」

「冒険者ランクはCなのに、Cランクの依頼が受けられないのっておかしくないか」

「ホントよね。、Cを受けたければBランクの冒険者を一人以上付けろったって、あたしらの上はバンバン仕事に出てるじゃない」

「最近B以上の冒険者なんてぜんぜん見なくなっちゃったわね」


 彼らは自らの冒険者ランクが低く、ギルドから出された依頼を受けられない者たちだ。それだけ依頼のランクアベレージが上がっているということである。

 依頼を受けられなければ、当然報酬も得られない。困るのは冒険者だけでなく、彼らが依頼を達成することで仲介料を受け取っているギルドもだ。しかも依頼が達成されなければ、依頼者が抱えている問題がいつまでも解決できない。

 高ランクの依頼ばかりが増え、いたずらに宙ぶらりんになっている冒険者が増えていく。誰にとってもよくない悪循環だ。


「依頼ランクの査定基準、見直す案が出てるって」


 受付の誰かがぼそりと言った。


「え、ってことは大陸規模で同じことが起こってるってこと?」

「そこまではないわよ。でもほら、王都のお膝元のギルドがこんな感じだから、ね」


 ギルドは国毎にその自治体が運営しているものだが、王都のギルドだけは王家の介入がしばしばある。だからこのギルドで働いていると、王家の騎士やら召使いがギルド長を訊ねてくるのを時折見かけることがあった。


「でもギルド長は反対してるみたいよ。それでは冒険者の質と、ギルドの信用を下げるだけだ、って」

「当然だろ。依頼の途中に人が死ぬ事だってあるんだ。ランクの基準を下げれば、適正ランクじゃない人が依頼を受ける。危険が増えるだけだ」

「でもじゃあ、ギルド長どうするつもりなんだろう」


 そんな心配をする彼らの頭上では、まさにいまその話が繰り広げられていた。




     ▽




「ではどうするつもりだ。いつまでも対処せねば、いたずらにギルドの不利益を増やすだけだぞ」


 ギルド長室にて、男は強い口調で言った。ギルドの相談役である彼の言葉は厳しいが、それは相手の事を思いやってのものである。

 それだけ、いまのギルド長の立場は危うかったからだ。


「イングレント、また王宮へ喚び出されたいか?」


 その言葉にギルド長が勢いよく振り返る。

 後頭部で結った赤いポニーテールの毛先が、弧を描いてなびいた。


「絶対嫌だね。意地悪な事を言うなよ、ドズ翁」

「すぐに何らかの答えを出さねば同じ事だ。大陸に五人しかいない特Aランク冒険者という肩書きだけで、お前をその椅子に座らせているわけではない。それを忘れるなよ」


 彼女の名はイングレント。若干二十八という異例の若さで、王都直下の冒険者ギルドの長になった傑物だ。

 冒険者のランクは通常A~Eまでしかないのだが、王家からの依頼を受けることを許された冒険者のみが特級ランクに昇格する。

 王家は直属の騎士団を抱えており、軍隊も所持している。そんな彼らでさえ対処におえないと判断された時のみ、特級冒険者は駆り出されるのである。

 その信頼は絶大と言ってもいい。


「わかっているとも、ドズ翁。私なりに、すでに考えているのさ」

「ならばそれを聞かせてみろ」

「それは難しいね」

「なぜだ」

「だってドズ翁、絶対反対するし」

「わしが反対するのなら、誰も納得しやせんぞ」

「そうだろう。だからまずは実績を作っているのさ」


 なにを言って、とドズの口が止まる。

 二人の付き合いは長く、彼女が冒険者としてバリバリ働いている頃から知った仲だった。イングラントという女が何に興味を持ち、どんな思考をしているのかなど手に取るようにわかる。


「貴様、二月前に血塗れ豚頭クリムゾン・オークの調査を行っていたな。あれからまったく報告がなかったが、まさか調査を続けているのではあるまいな」


「あらま、さすがドズ翁。目の付け所がいい」


 この女ッ、とドズが立ち上がる。


「このところ森でオークに襲われた冒険者が後を絶たない」

「オークの姿を報告した者には銀貨一枚、一度でも剣を交えたのなら追加で銀貨一枚。森に行くついでに見てきておくれと言ったら、みんな素直に聞いてくれたよ」

「なぜそんなことを」

「最初は興味だけだったよ。だが奴の調査から帰ってきた冒険者たちは、誰もオークから攻撃を受けていなかった。動く者を見れば攻撃せずにはいられないあのオークがだ。調査していく内、奴には人並みの知性がある可能性が出てきたんだ」

「馬鹿な、オークに知性なぞ」


 ドズが言い切る前に、イングレントは記録用の水晶を取り出した。見てみろと促されたその中には、尻餅をつく冒険者へ歩み寄っていくオークがいる。

 そして次の瞬間、信じられないものが聞こえた。


『ところでいい茶葉が入ったんだが、茶でもシバいてくか、人間ども』


 ドズは呆気にとられてそれを聞いた。

 そこにイングレントが追い打ちを掛ける。


「このオークはまたも冒険者たちを見逃した。しかも意図的に逃がしたようにさえも見える」

「お、お前は、このオークをどうするつもりだ」

「決まっているさ、ドズ。私はこいつを利用したい」


 なんだと、とドズはあんぐり口を開ける。

 次の言葉が予想できたからか、もはや声すらもでなかった。


「こいつには、このギルドで冒険者になってもらう」


____________________________


主人公、まさかまさかの出番無し。


次回『冒険者のしおり2』

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