第5話 幻の島モラフェトピア

 この世界はいわゆる 剣と魔法のファンタジー世界だ。当然のように文明レベルは中世ヨーロッパ程度。生活の中に摩訶不思議な力と、切った張ったの殺し合いが混ざり合っている。

 俺たちのようなモンスターにも人間と同じ実体が存在していて、架空元素やらエーテルやら、訳の分からない素材が主体になっているわけではない。


 冒険者たちはやはりというか、依頼を受けて俺たちを討伐しに来るわけだが、モンスターだって人間と同じ生き物じゃないか、と声を上げる思想の強い奴がこの世界にもいたのは、ちょっとした驚きだ。肉と骨で構成されているのだから、当然傷つげば血が出るし、死ねばそこに死体が残る。そこに忌避感を抱く連中がいるのは、世界が変わっても普遍らしい。


 だがオークに至っては、そんな偏った思想すら届かない。害でしかない醜すぎる生き物は、問答無用で屠殺対象なのだ。

 それに加えてオークの肉は旨いときた。生は臭すぎて食えないが、きちんと臭みを抜いて調理すると絶品の肉になる。

 つまりオークは、他の種族からすると殺さずにはいられない生き物なのだ。


 そんなオークに転生して早五十年。


 俺も例に漏れず数々の人間に襲われ、他種族に目の敵にされ、仲間にさえいじめられる始末。

 そんな人生、もといオーク生のどん底にいた俺の前に現れたのが、このエルドラドだ。


「聖剣?」


 この世界の歴史に詳しいエルドラドは、オークが喋れることに深く興味をもったらしく、俺に聞かれるがままよく答えた。

 その中でふいに飛び出したのが、聖剣という言葉だ。


 エルドラドの話では、聖剣のお伽噺は大陸の色々なところで語り継がれている。時に詩で、時に口伝で、時に文字で。

 そしてそれは完全な作り話ではなく、元となる伝説が存在しているそうだ。


 俺は俄然興味が湧いた。

 仮にだが、みんなから忌み嫌われているオークの俺が、伝説の聖剣を手にしたら面白くないか?

 いや、超面白いだろ!

 俺の人生、もといオーク生に光が差した瞬間だった。


「エルドラ、俺は聖剣を取りに行くぞ!」


 それを聞いたエルドラはとても気の毒そうな顔をしたが、三日過ぎて思い直したのか。


「聖剣を探す。一月後にまた来る」


 それだけを言い残してどこかへ消えた。

 ノリだけで決めた聖剣探索だが、エルドラを待っている間もまるで熱が冷めることなく、俺はその日を待った。


 そして、一ヶ月後。


     ▽


 ザブゥン。

 沼に沈んだ俺の身体は、脂肪の浮力で簡単に浮き上がった。この身体のおかげで、たとえ海に落ちても沈むことはない。


「いやあ悪いなエルドラ、こっちまで来てもらって。早く聞きたかったからさ」

「あの家よりもこの辺りは涼しい。問題ない」


 エルドラは近場の木陰に腰掛ける。俺は掬った水で鬣を洗いながら、続きを聞いた。


「聖剣は、大陸の西側にあるのか」

「正確には、島だな。今回探した聖剣は、ある島で保管されている。いくつかの伝承では、担い手が現れるまで眠っているそうだ」

「ほー、なんだかそれっぽい感じになってきたな」

「お前はたまに不思議な言葉を使うな。こんな話にそれっぽいも何もないと思うが」


 まあまあ、と誤魔化しながら顔を洗う。


「その聖剣がある島は、どんな島なんだ?」

「どこにもない島、と言われている。まず地図に載っていない。載せようにも誰も所在が掴めないからだ」

「おいおい」


 いきなり難関だな、そんなとこ見つけ出せるのかよ。海岸の砂の中から宝石を見つけ出すようなもんだぜ。


「だがその存在は間違いない。実際にその島で生まれた者、暮らした者がいたことは確認されている。彼らはしかし、二度と島には戻れなかったようだが」


 似たような話が、転生する前に住んでいた日本にもあった。神隠しとか、マヨヒガみたいなものは、たぶんこれと同じ類いのことだろう。

 そう思えば、そんな不思議島に聖剣があるというのも頷ける。聖剣なんだからそれくらいの場所に合って欲しいし、むしろしっくりくる。


「モラフェトピア」


 ザブゥン。

 突然沼に水しぶきが上がる。

 いまの声はまさか、と思っていたら、尖った耳と幼い顔がぷかりと水面に浮いてきた。


「停滞する時の島。幻の島。夢幻島。あの島の呼び方はいくつかある、共通してるのがモラフェトピアだ」

「モラフェ、トピア?」


 エルドラの目を見ると、肯定するように首を縦に振った。

 どうやら合っているらしい。


「豚、んなことよりなんで傷がないんだよ」

「は?」

「オレが! 開けた! 腹の穴は何処行ったんだよ!」

「お前オークの回復力知らねえのか。腕がもげても一日で生えてくんだぞ。腹に風穴開いたくらい、半日あれば塞がるに決まってんだろ」

「マジでキショイ」

「それにしても詳しいな、お前。なんでだ?」


 ていうかあんなに嫌がってたのに結局入るのか、こいつ。オークに臭いって言われたのがそんなにショックか。


「なんでもなにも、行ったことがあるからに決まってんだろ」

「な、行ったのか!」

「……」

「ついでに聖剣にも触れた。蹴り飛ばされたがな」


 この発言にはさすがのエルドラも驚いている。もちろん俺も呆気にとられた。あと蹴り飛ばされたってなんだ。

 ルゥフェンはクシクシと髪を梳かすと、さっさと陸に上がってしまう。


「お前無性か、珍しいな」

「どこ見てんだ豚」


 そりゃ目の前に尻向けられりゃ誰だって目が行くだろ。

 それにしても無性の獣人っているんだな。

 なるほどどうりで。ゴブリン以上の繁殖力を持ち、人間の女が攫われた、もしくは襲われたという被害が後を絶たないオークの前で大いびきをかけるわけだ。

 最初は男なのかと思ったが、そもそも性というものがなかったのか。


「東で聞けば西にあるって言うし、西で聞けば東にあると言う。誰もどこにあると確信できない、地上を旅する夢の島。それがモラフェトピアだ。一度訪れたからといって、また行けるとは限らねえ」

「前はどこにあったんだよ。手がかりくらいあるだろ?」


 さあな、とルゥフェンはパタパタと顔を振って水を落す。


「豚、本気で聖剣を取りに行くのか」

「笑うかよ?」

「いいや」


 俺たちに小さな背を向けて、ルゥフェンは家の方へ戻っていく。


「おもしれえと思っただけだ」


 少し呆気にとられた。

 あいつ口は悪いが、面白い奴かも知れない。




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次回予告考えるの辛い! やめたい!

でもやりたいからやる!


次回『冒険者のしおり』

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